episode.02
カレン騎士団副団長、名をレイ・ダルベルトと言う。
レイが目覚めた時、そこは北の砦門の仮眠室だった。
昨夜は大規模な灰息の被害が出て騎士団が派遣され対応に当たった。
ある程度の目処が立ったと感じたところから記憶がない。
まさか倒れたのか?とレイは自身の手のひらをじっと見つめた。
痛くも痒くもない………回復薬を飲まされたか…。
気だるさは残るものの休んでばかりも居られないと、レイは着替えて仮眠室を出た。
「副団長!起き上がって平気ですか!?」
「オリンドか。体は問題ない、世話をかけたようですまなかった」
「いえ、僕は何も」
「状況を報告してくれ」
「はい!現在騎士団員がーーー」
オリンドの報告を受けて、レイは一先ず胸を撫で下ろした。
あれだけの広域での被害にも関わらず、死者が出なかった。回復薬の生成が間に合っておらず、軽い体調不良を訴える人は多いと言うが、命に関わる程では無い。
現在、騎士団員と街の人々とで降り積もった灰の後処理中だと言う。
「俺もすぐに向かう。灰を吸わないように気をつけてくれ」
「了解しました」
レイは一旦オリンドを見送って、自身の身支度を整えると既に動いている団員と合流し、作業は夕方まで続いた。
夕飯は炊事係の手間を省くため、決められた場所と時間でまとまってとるのがここのルールだ。
今日は体を労ってか、粥や魚など、食べやすく消化に良いものばかりが卓に並んだ。
「それにしても副団長が倒れたって聞いて驚きましたよ!」
「ヒヤヒヤしました!」
「………すまなかったな」
「てっきりどこかのタイミングで薬飲んだと思ってて」
「本当、あの子がいてくれて助かったよな!」
「俺らは魔力ないから魔法使えないもんなー」
「んにしてもすげー魔法だった」
食事をしつつ、団員達の話に耳を傾けていたのだが、彼らが誰の話をしているのか、レイには心当たりが無かった。
「誰の事だ?」
「名前は知らないですけど、確かオリンドが連れてきた…」
「女の魔術師です」
「そうそう!あの子が口移しで副団長に薬を…!!!」
「ちょっと羨ましかったよな、アレ」
レイの粥を掬う手がピタリと止まる。
「…なんだって?」
「え、あっ…面白がってないですよ!副団長、自力で薬飲めないし、あの時は一刻を争う事態だったので…」
「……………」
オリンドが連れてきた魔術師…。確か髪が長くてオドオドした少女だった気がする。
「その子、魔法使うのに一切詠唱しないんですよ!代わりに使うのは筆と紙なんだそうです」
「そういや薬飲ませた後、副団長の服ひっぺ剥がして筆で何かしてたな」
「……………」
話を聞けば聞くほど、レイとしては良くない方に事態が進んでいく。
倒れただけでも笑いものだと言うのに、少女に口移しで薬を飲まされ、服を脱がされたなど………。
副団長がこの有様では騎士団の名が廃る。
それに緊急事態とは言え、嫁入り前の娘にそんな事までさせてしまっていたとは。
「オリンド」
「はい?」
食事を終えて別卓で仲間と談笑していたオリンドを呼ぶと、すぐにこちらに来て空いている椅子に腰掛けた。
レイの執務室に呼びつけても良かったのだが、あそこに呼ばれるのは緊張すると以前話しているのを耳にしたのでここで話す事にした。
皆がいる場所での話とあって、オリンドもあまり警戒していないようだ。
「お前が連れてきた魔術師の事なんだが」
「ああ、森の魔女、ハル殿ですね」
「彼女は今どこに?」
「どこって…森に送って行きましたけど………?」
森に住む魔女…聞いた事があるな。そもそも騎士団はこの辺りに住む魔術師の情報をある程度知っている。
住んでる場所を知っておけば、今回のような緊急事態の際に協力依頼の要請が迅速に出来るためだ。
だからレイも、森に1人、魔術師が住んでいると言うことは頭の片隅には入っている。
「なぜ彼女を連れてきた?」
「………………だめでしたか?」
「いや、ただの興味だ」
「街の魔術師さん達が揃って回復薬が足りない、作るにも人手が足りなくて間に合わないと仰っていたので、近隣に住む魔術師さんにも手を貸してもらえないかと思いまして。魔術師一覧から見当を付けて手分けしてそちらに向かい、僕は偶然、森の魔女に当たったと言う流れで…」
なるほど。一時、数名の騎士がこの場を離れるリスクはあれど、結果的に良い判断だったと言える。
「そうか、良い判断だ。今後も頼むぞ」
「っ!はいっ!!」
オリンドらしいはつらつとした返事を聞き届けると、レイは席を立ち、執務室に戻ってきた。
壁一面の本棚から、とある一冊の本を取り出し、パラパラとページを捲る。
魔術師No.3320 ハル・ニコロディ
魔法発動の際、詠唱不要の特異体質だが、詠唱に代わって筆で文字を書く事で魔法発動が可能。
発動方法以外に目立った特性は無く、過激な思考も無いものと見受けられる。
母:キャサリン・ニコロディ(没)
父:不明
「……………」
ふう、と小さくため息をついたレイは執務椅子に深く腰掛けた。
魔術師は特別な力を持つ事から、テロ等の対策として定期的に然るべき各所へ現状報告が成される。
「…好みの菓子でも書いていれば良かったんだがな」
そんな事が書いてあるはずがない。
レイは独り言を自嘲するように笑った。