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episode.27



「私の魔力が残っているうちに子を生せば、その子には魔力は遺伝すると思いますか?」


夕刻のサロンには珍しくレイとハルしかおらず、事情を知らない誰かに聞かせる話でも無いのでちょうどいいかと話を持ち出したのだが、それを聞いたレイはこれでもかと眉間に皺を寄せた。


折角の色男なのだから、そんな鬼のような顔をしなくてもいいのに。


どう思います?とハルは小首を傾げる。


「子供が欲しいのか?」


「魔力と言うのは完全に遺伝なので、ならばそれを継いだ私は後世に残す事も義務なのでは無いかと思っていたという話です」


「なるほどな。時に魔女殿は子供ができる仕組みを知っているのか?まさか魔法でちちんぷいぷいと唱えるか?」


レイの口から「ちちんぷいぷい」だなんて言葉が聞けるとは思っていなかったハルはちょっと感動した。


だが馬鹿にしすぎである。


「それぐらいは知っています」


「ほう?」


「………………なんですか。知ってますよ」


前世と今世の記憶を辿っても経験はあるわけが無いが、知識はある。


ただハルはそれを求めていると言うよりは、自分の魔力は遺伝するだろうかと言う結果の方に興味があって尋ねたのだ。


レイは腕組みをしてソファの背もたれに体を預けた。


「どうだろうな。継がれるも継がれないもどちらも可能性はあるだろうが試しようがない。何よりお前に子孫を残そうという心づもりがあったという事が驚きだ」


「…まあ、いずれはと思っていた程度です」


だがこうなっては、能力の継承は望み薄かもしれない。魔力の継承は他の人に頑張ってもらって、何代目かの森の魔女が自分で途切れてしまうのは、死んだ後でご先祖様にごめんねと言おう。


「気持ちが無いのに体を繋ぐのはな」


ふむ。


「気持ちか…。気持ちなら結構前から」


レイの所にあったな、とハルは合わせて考えていた。


「……………は?」


突然「は?」と言われたら、そりゃあ誰だってそちらを向く。


レイと数秒間目が合って、ハルはようやくこちらの世界に戻ってきた。それはもう、目玉が飛び出しそうなほどに目をひん剥いて。


まさか声に出ていたか?出ていたっぽいなと気づいたところで何になるだろう。


かつてこーんなにアホな告白があっただろうか。絶対に無い。


ハルは魔女だが、やはり時間を巻き戻す力は無い。


「い、いや、その…ち、違うんです!」


「違うのか?」


「ちが………ははは」


視線を逸らして下手に笑うのは何かを誤魔化したい時のハルの癖だ。レイも勿論よく知っている。


だがこればかりは誤魔化されてやるわけにはいかなかった。


何しろずっと求めていたものだ。すぐ目の前にあって目を瞑れるはずがない。


「ハル」


「あ!そうだ!あれをやるのを忘れてた!」


逃げようとするハルをレイはすかさず捕まえた。普段から隙の多いハルの動作は見慣れていて捕まえるのはいとも簡単だった。


「何を忘れていたって?」


「ああああ、あれですよ、あれ」


「どれだ」


「あー…だから、その…」


「まさか俺から逃げるための嘘か?」


「まさかまさか!あははっ」


乾いた笑いを浮かべるハルを見て、レイはよいせと立ち上がった。


ハルは未だに隙あらばそこをついて逃げようと目論んでいるのだが、天下の副団長様に隙などあるはずもなく、腕を引かれれば捕らえられた小動物の如く、あららとついて行くしか無かった。


ガチャンバタンとわざとらしく音を立てた扉が閉められると、その扉が二度と開かないようにする為か、レイがそこへドンと手をついた。


ハルはなす術なく扉とレイの間に挟まり、壁ドンだ!と他人事のように思っていた。


だが長く他人事ではいられない。


「何の話だったか…ああそうだな、子供の話だったな」


それはまるでどこかの悪党が攫ったお姫様の弱みを使って金銭でも要求してやろうかケケケッと企み脅しているかのような、それほどに悪い顔だった。


「た、例え話ですよ。可能性の話をしていただけじゃないですか」


「そうだな。俺としても今この時の最優先事項はそれじゃない」


「な、なんでしょう………?」


逸らしていた視線は、レイによって顎を持ち上げられた事により嫌でもレイを映さねばならなかった。


目の前に獲物を見つけて滾る獣のような瞳だった。


「ここまできて、まだ誤魔化すか?言っておくが、この俺を弄ぶのは生涯でお前だけだぞ」


「遊ばれているのはむしろ私の方では…?」


「そうかもな。だが、流石に今夜、お前の気持ちを聞かずにタダで逃す余裕は俺には無い」


「……………」


あのマヌケな告白で許してもらえないものかと、ハルは自分の心臓を押さえる。


「もう、分かっているじゃ、ないですか……」


心臓が口から、もしくはこの皮膚を突き破って外に出てきそうだった。


「明確な言葉を欲するのは贅沢か?」


ハルの恋情がどこにあるかレイはもう分かっているのだ。それでも足りないとハルを求めている。


「……………」


「早くしてくれ、本当に余裕が無いんだ。無理矢理に口を割らせるのは本意じゃない」


「む、無理矢理!?どうやってそんな…」


「………知りたいのか?」


その僅かな沈黙がとてつもなく恐ろしくてハルはブンブンと首を横に振った。罪人にするような拷問が待っているに違いないとハルは身震いした。


そんな拷問は嫌だと意を決する。


「おっ………」


「…」


「お慕い、して、います……………」


レイはハルの囁くようなその告白を全身で感じて逃すまいと、恥じらう細い体を壊さないように抱きしめていた。


このまま寝台に引き摺り込んで、もう一度その言葉を紡がせてやろうかという下世話な思考をなんとか理性で抑え込んでいるが、それがどこまで保つかはレイ自身にも分からなかった。


ハルの今後の僅かな動き次第では、なんとか釣り合わせている天秤がガタンと傾きそうである。


そんな戦いが繰り広げられているとは知らないハルは羞恥と緊張でおかしくなりそうだった。


いや、もう体が悲鳴をあげていた。


「ふ……副団長……………」


「なんだ」


次にハルが紡いだ言葉は


「吐きそう…」


だった。






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