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episode.26



「結婚するつもりがないのはどちらですか」


ハルの冷たい声を聞いたレイは僅かに身を固めた。


返答が遅れたのは、ハルの声が震えていたせいだ。


「…どういうことだ」


「………」


答えに詰まっているのか、それとも答えるつもりが無いのか、ハルからの言葉は無く、ならばとレイはハルの真正面へと移動した。


「ハル」


「っ!!!」


顔を覗き込めば、ハルはガッチリと奥歯を噛んで口を無一文に縛り、目には涙を溜めていたが今にも泣き出しそうと言うよりはレイを睨みつけていると言った方が正しかった。


こんな顔をする事もあるのかと、レイはまたハルの新たな一面を知った。


「俺にはお前との結婚の意思がある」


「うっ…嘘は結構です」


「本当だ。何度もそう言ったはずだ」


「でも昨日、私と式をあげるつもりはないと話しているのを聞きました」


そこまで言われて、レイはやっと心当たりに思いたった。


昨夜のベニートとの話を聞いていたのかと。


「最初からそのつもりが無かったのか、それとも魔力を失う私に価値を見出せなくなったのかは知りませんけど、それならそうだと言ってください。いつまで嘘をつくつもりだったのですか。もし私があなたの本心に気づかずにこのままあそこに居座ったら、どうするつもりだったんですか。私はあなたに、どちらかが死ぬまで、好きだと嘘を吐かせ続けるのですか」


そんな嘘を、吐き続けるのだろうか。


ダムが決壊したかのように、ハルは心に思い留めていた事や思考が言葉となり涙となり止まらずに溢れた。


「私はあなたに、なんて残酷な事を…」


なんて酷い事をさせてしまうところだっただろう。


そんなハルをレイは抱きしめずにはいられなかった。


ハルは勘違いをしている。レイはその事に気づいていたが、それよりも嬉しいような焦れったいような、そんな感情が優っていた。


例えばレイがハルを好きだと言う気持ちがハルの言い分の通りに嘘だったとして、ハルはなんと言ったか。


私はあなたに、好きだと嘘を吐かせ続けるのかと言ったのだ。


自分はレイになんて酷い事をさせているのか、と。


嘘を吐いているレイを責めず、嘘を吐かせている自分を責めたのだ。レイを酷い男だと涙しているのではなく、自分のために嘘をついているレイを憐れに思って泣いているのだ。全てはレイの為に。こんなに優しい人間が他にいるだろうか。


こんなに自分の事を思って、案じてくれる女が、他にいるだろうか。


「結婚してほしい、ハル」


紛れもない本心でハルに伝えると、腕の中の小さな魔女はカチッと全身に力を込めた。


「だからそれはっ…!」


「お前の聞いていた話には語弊がある」


「………」


ハルが黙ったのは話を聞いてくれると言う事のようで、レイもひとまずは安心した。


「式を挙げるつもりは無いと言ったのは事実だ」


「だから私はーー」


「最後まで話を聞け。確かに事実だが言葉が足りない。俺は、今すぐには式を挙げるつもりは無いと話していたんだ」


ハルは何が違うのか考えているようだったが、レイとしては全然違う。


「いつかお前の気持ちが、本当に俺のものになったら、式はその時に挙げるつもりだという話をしていたんだ」


レイはこれまでの行動が強引だっただけに、それに抗えなかったハルに結婚まで強制したくなかった。


「え?」


ヒュンと涙はどこかへ引っ込んで行ってしまった。


「何年かかるかと覚悟していたが、そうだな。そんなに遠くないような気もするな」


ハルを見下ろすレイはいつに無く得意げな顔をしていて、ハルはただ純粋にその顔に見惚れて思考を奪われていた。


「だって私は…いずれ魔女では……」


「魔女ではなくなるか。それがなんだ?」


「ま…魔法が使えなかったら、私は副団長や騎士団のお役には立てなく…」


「俺はお前が魔女だから、結婚を申し込んでいると?」


「だってそれ以外に理由が……」


「本当に酷い事を言う女だな、お前は」


はあー、と盛大なため息をつくレイだが、一体いつハルが本当に酷い事と言われるまでの事を言ったと言うのだろう。


「酷いことなんて何も」


「この辺り一帯に女の魔術師は何人いると思う?お前の言い分では、俺はその中なら誰でもいいみたいじゃないか。俺の結婚は仕事の為の政略結婚か?」


「そ、ういうつもりじゃ…」


「なあ?酷いだろう。俺はお前を選んだと言うのに、ここまで来て他所を当たれと?悪女め」


ハルは悪女じゃない。魔女だ。だが何も言えなかった。今日は息が詰まってばかりで、心に何度も矢を受けて、心底体に悪い。


それでも尚、トドメを刺すかのようにレイの低くて色っぽい声が降ってくるのだ。


「俺に愛想を尽かしたので無いなら、出て行くなんて言うな」


「だ、だってそれは、私がいたら、迷惑かと思って…」


「誤解は解けたろう」


「でも…」


「まだ何かあるのか」


レイは子供のわがままを聞いているかのような態度で小さな吐息を漏らした。


「信じたら、今度こそ本当に、もう、元には………」


か細いハルの言葉は、レイが鼻でフンと笑ったせいでどこかへ飛ばされてしまった。


「何を今更。もう無理じゃないか?俺は無理だ」


「わっ…!」


ひょいと軽々しく抱き抱えられたハルは突然の事に驚いて、反射的にレイにしがみついていた。


「朝食がまだだな。ちょうどいいから、またあのスープを作るか」


こんな時、レイの話題の変え方はあからさますぎてわざとらしいのだが、ハルはそれも嫌じゃないと思っていた。








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