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episode.25



ハルが出した答えは、レイとリディオと長老様だけに伝えられた。


恐らくあの場にいた数名は、明確にハルの答えを聞かされずともおよそ分かってはいるだろうが、何も言って来なかった。


何も聞いてこないと言う事が、ハルの結論を知っていると言っているようなものだが、それでも頑なに何も言ってこなかった。


ハルは平穏な日々を過ごしている。


次にいつ純龍が攻め入ってくるか分からないし、それまでハルに出来る事は無い。


リディオや、場合によってはタリムやリリアンにも力を与える事になると想定しても、ハルが魔力を完全に失うまでには10年近くの猶予があるのでは無いかと考えられている。


10年後の未来など、魔力があっても無くても想像出来ないのだから想像しない事にしている。


と言いつつ考えてしまって眠れない夜もある。


魔力を失うとは、ハルを織りなす核を失うと同義のような気がして恐ろしくなるのだ。


ハルは何か温かい飲み物でも貰えないかと月明かりの中、自室を出た。


廊下は夜の静けさを纏っていたが、サロンにはまだ明かりが点いていた。


ベニートか誰かが残っているのだろうかと、ハルはそろそろとそちらに近づいた。


「ですから坊ちゃん、あのお方との将来をお考えでしたら、しっかり式をあげなければ、旦那様や奥様、世間にも示しがつきませんよ」


「ハルの事か、そうだな。だが式をあげるつもりは無い」


「坊ちゃん」


「ああ、考えている。俺も大人だ、そう心配されるような事は無い」


「っ………」


息が、詰まる。


どうやって息をするんだっけ?どうしてこんなに胸が痛むんだろう?


声の主はレイとベニートである事は間違いなく、レイの言葉を聞いたハルの胸には何かが突き刺さったように痛みがはしり、ハルを苦しめた。


ハルはますます喉が渇いていたが、2人に声をかける勇気など無く、静かに踵を返した。



⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎


時間はハルの気分など考慮してくれない。


曇るハルの心とは裏腹に空は晴天で、ハルは早朝からレイの屋敷を抜け出し森の大樹の上に木登りをして朝を過ごしていた。


式をあげるつもりはない………。


結婚を世間に示すつもりが無いということか、そもそも結婚する気が無い、もしくは無くなったということか。


レイの考えが手にとるように分かるようだった。


いずれ魔力を失い、魔女でいられなくなるハルをそばに置いておいたところで何になると言うだろう。


「私と、式をあげるつもりは無い………」


ぽつりと呟かれた言葉は、誰の耳にも届く事は無い。


そもそも何を期待していたのか。自分にはレイの隣など相応しい場所では無いと最初から分かっていたはずなのに、いつから自惚れていただろう。


胸の痛みは自分の立場をきちんと理解していなかった事への罰だ。


近いうちに屋敷を出るようにと言われるかもしれないな。


そしたらまたここに戻って来て細々と暮らせばいいだけだと言うのに、ハルは深いため息を漏らした。


「そうなったらもう、副団長とは…」


2度と会う事は無いだろうか。


元来の森の魔女ハルは街と人混みを嫌い、森の中に引きこもる辺鄙な魔女だ。


たまに街に出て偶然ばったり、なんて事が起こる可能性は何%だろうか。


「俺がなんだって?」


「!?」


幹の上でうずくまっていたハルは突然の訪問者に驚き、顔を上げた拍子にバランスを崩して落ちそうになった。


落下だけはなんとか防いだものの、表情を誤魔化すまでの余裕は無かった。


「ふ、副団長…何して………」


まだ髪も整えられていないレイが、下ろされた前髪の隙間からハルを見上げていた。


「お前がいなくなったと聞いて、慌ててここへ来たんだ。ここに居なかったら当てが無かったから良かった」


「私を探したんですか?」


「朝食より前にあの屋敷を出る事はなかっただろう、今まで」


怒っているとは少し違うように見えるが、それでも穏やかな状況でない事は確かだった。


それにハルはまだ、レイにどんな顔をして会えばいいのか答えが出ていない。


「…考え事か?」


「………」


時に無言は肯定を表すとハルも知っている。だが、息を吸うのが精一杯で、言葉を発する事が出来なかった。


レイはそんなハルの様子を見ると視線を外して大樹に寄りかかった。


これで、ハルからもレイからも、お互いがどんな顔をしているのかは見えなくなった。


「魔法の事か?」


「い、いえそれは…答えを覆すつもりはありません」


「違うのか」


見当が外れたとレイは素直に態度に表し、そしてそうでなければ他に何に悩んでいるのか、レイには心当たりが無かった。


「どうした?俺には言えないか?」


言えないというよりは、言いたく無かった。


知らないふりをしていれば、レイが出て行けと言うまでにはまだ猶予があるような気がした。


だが浸れば浸るほど、抜け出すのが大変な事は目に見えている。傷つく未来しか残っていないと言うのなら、なるべく浅く済ませた方が身のためだ。


ハルは器用に、ストンと地上に降り立ったが、レイには背を向けた。


真っ直ぐに目を見て言い切る自信は無かった。


それでも言わねばならないと、ハルは大きく息を吸った。


「この家に、戻ろうかと考えています」


意外だったのか、レイの返答は数秒だけ遅れた。


「………屋敷は不便か?」


「いえ、そうでは無いですが…」


私がいる事が迷惑なのはそちらではないですか?とは言葉にはならなかった。


言葉にしなかったのだから、レイに伝わるはずも無い。


「では、俺と結婚するつもりは無いと言う事か」


再びグサリと胸に刃が刺さったようだった。


結婚するつもりが無いのはどちらだ。レイの方では無いか。


昨夜はっきりと、式をあげるつもりは無いと言っていたのを間違いなく聞いたのだ。


ハルはもう、心が痛くて冷静ではいられなかった。



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