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episode.24



大事な話がありますと神妙な面持ちでリディオに呼び出され、ハルはこの日、騎士団が使う談話室に来ていた。


呼び出されたのはハルだけでは無く、レイの他にも騎士団の幹部が数名と、長老様まで集められていた。


「大事な話、だったな?」


レイが切り出し、重々しく停滞していた空気がほんの僅かに動き出す。


『人間は土地に線引きをして、ここからここまでは誰の領土だと定義しますよね。それによって争いを防ぐ反面、それによって起こる争いも無いとは言えないはずです』


レイや長老様であればこの時点でリディオが何の話をしたいのか分かるのかもしれないが、ハルには分からなかった。


とりあえずリディオの言っている事に「そうだ」と頷ける程度には話についていけている。


『ドラゴン族にも、お互いの領域と言うものが存在します。縄張りと言ってもいいです。古来よりこの地の上空は我々龍人族の領域です。』


「過去にこの地にドラゴンと心を通わせる事のできた人間がいたと言い伝えが残っておる。と言っても最後にその者がこの地にいたのはワシが生まれる前じゃがな。その事と結び付けてもおかしな事では無いじゃろう」


うんうんと頷く周囲に合わせて、ハルも「へえ」と一度だけ頷いた。


『その通りです。しかし近年では新たな主人様の誕生が滞り、我々としても徐々に力を失い…。この地を守護する龍人としての務めが果たせず申し訳なく思っていた所に、主人様が現れました。勢力拡大を目論む純龍はいずれまた近いうちにこの地にやって来ます』


「……また被害が出る、って事?」


人に害をもたらす灰の息を吐くのは純龍族だと言われている。世界には灰息で覆われた大地が広がる、いわゆる砂漠地帯も存在している。


この地に人が住めなくなるという未来を考えると、ハルは体が小さく震えた。


『私達にはこの地とこの地に生きる人々と共存し、主人様に仕える使命があります。また彼らがここを訪れた時、地上に被害は出さないと約束します。ただそれには、主人様の協力が必要不可欠なのです』


「前回のようにハルがお前達に力を与えなければいけないというわけか」


『その通りです』


「それなら私は全然、そんな事で街を守れるなら」


リディオに出会ったあの日、体は勝手に動いていた。


ハルが散々壁や机に書いていた落書きが、彼らに力を与えるための呪文のようなものだったのだと、自分でもあの時初めて知った。


自分の魔法の技能が役に立つのなら、万人の命を救うのなら、いくらでも力を貸そう。


まだまだ弱く至らない魔女だが、それでもハルはもう、引きこもりの魔女ではない。


みんなを集めて大事な話だなんて言うから何かと身構えていたハルにとっては「その程度」と言う内容だった。


恐らくほとんどの者がそうであったのではないかと思う。


ここまでは。


『そんな事などと言わないで下さい、主人様…』


リディオのその表情は険しく、そして今にも泣き出しそうな、そんな顔だった。


ハルもレイも、この場にいるほとんどの人間がリディオの言葉の意味を理解できなかった。


リディオに代わって長老が口を開く。


「お前達に力を与えれば与えただけ、魔術師は力を失う。龍人に与えた魔力は二度とその身には戻らぬ。龍人と手を組めばいずれ、お主は魔女ではいられなくなるじゃろう」


「………!?」


声も出なかった。ハルは母、先代の森の魔女から産まれた魔女だ。産まれてから死ぬまで自分はずっと魔女であるという事を疑わなかった。


もし自分が子を成す時が来たら、その子にも魔力は遺伝し、自分の跡を継いで、また森の魔術師として生きていくのだろうと、そうして繋いでいくのだろうと、そう思っていた。


魔法は今のハルを成形する大きな要因だ。それを無くしたらどうなるだろうか。


抗う術もなくただ引きこもり埋もれて行く、前世の自分に逆戻りだろうか。


そんな自分を、レイは必要とするだろうか。


『主人様…』


心配そうに、申し訳なさそうにリディオに覗き込まれて、頬に涙が伝っていることに気づいた。


「失うと言っても、1度や2度では無くならんじゃろう。灰息の被害はおよそ30年に一度と言われておるが、それは人間とのつながりを無くし、力を失った龍人がこの地への被害を防げなかった時と考えるのが妥当じゃ。何度か積み重ねて、いずれ魔力は底を尽きる」


『長老様の仰る通りです』


談話室がざわざわと騒がしくなっても、ハルは一言も言葉を発する事が出来なかった。


断ると言う選択肢がない選択。一体どうしろと言うのか。


どうすればいいと言うのか。


言葉を失うハルに変わって、レイが切り出した。


「用件は分かった。今日のところはこれで解散とする」


空気を読み、ハルを気遣いつつも集まっていた者がリディオを含めてぞろぞろと談話室を出て行った。


静かになった談話室に、ハルは安堵した。


「大丈夫か?」


「は、い…。すみません…」


「謝罪は不要だ。誰だって動揺する」


レイだけが残った事も、ハルにとっては心強く、安心できる事だった。


「副団長…今日のこの話の事は、他言無用でお願いします」


「お前の答えが出るまで、そのつもりだ」


「いえ…今後ずっと、ずっとです」


選択肢があるようで、一方の選択肢を選ぶ余地は無いのだ。ハルは己の魔法を誰かを傷つけるものにはしないと誓った。それは言い換えれば、誰かを救うものにすると言う事と同義だ。


ならばそうしなければならない。


命が無くなると言われているわけではないのだから、喜んでジョーカーを引いてやろう。


ただ、その事に同情されたく無い。誰かの犠牲の上に成り立っていると誰かが後ろめたく思う必要はない。


可哀想な魔女だと言われたくない。


レイはハルの意図を汲んで、ハルが出した答えさえも見抜いたように「分かった」とだけ呟いた。







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