episode.22
頭のどこかで分かろうとして、それでも分かっていなかった。
求婚とは、好きな人にするものである。
当たり前だが当たり前ではない。
どうしても頭がそれを否定するのだ。レイが自分の事を好きだなどということはないと。
だって意識すると、今こうして肘をついて何でもないみたいな顔でこちらを見ているだけのレイの視線だけでドキドキする。
「みっ…見ないでください!」
「はあ?」
こんな呆れたような顔だって、ハルを好きなレイの顔だと思うともうどうしようもなく居た堪れない。
レイのため息すら色っぽい。
「ハル」
「ひっ!はいっ!!」
「……………帰るか」
何を言われるかと身構えていたハルだったが、一気に体の力が抜けた気がした。
「帰………」
流石の流石に怒りも通り越して呆れさせてしまっただろうか。
素っ気なくされるとそれはそれで気がかりだ。
「あ、の………」
「なんだ?」
「怒らせてしまった…でしょうか?」
おかしな事を聞いたかもしれない。レイは最初から弁当の件で怒っていた。
「そう見えるか?」
見えるかと聞かれて、ハルはようやく背けていた視線をレイに向けたが、見たところでよく分からず、見たせいでまた顔に熱が集まった。
「見え…るような、見えないような…?」
「そうか。じゃあそうだな…怒っている事にしようか」
「そ、それは…困ります」
「許して欲しいか?」
「………ええ、はい」
なんだか上から目線で完全に主導権を握られているが致し方ない。というかレイと一緒にいて、一度でもハルが主導権を握った事があるだろうか。
目を泳がせながらもハルはチラチラとレイの顔を盗み見ていた。
許しを乞うハルを背の高いレイは不敵な笑みを浮かべて見下ろしながら言う。
「なら、屋敷ではそのローブを脱いで過ごせ」
「はい!?」
何という条件か。このローブを脱ぐなど。しかも今日は外で薬草を集めるのに汗をかいたから、この家に残していた新しい服に着替えたのだった。
「ロッ…ローブを脱いだら裸も同然です!!」
「馬鹿を言うな。服を着ているだろう」
「ふ、服だけじゃとても………裸じゃないですか」
「じゃあ俺は今裸か?」
「!?そんなわけないでしょう!!!!!」
もう破茶滅茶だ。自分が何を言っていて、レイに何を言われているのかもよく分からなくなってきた。
レイがなぜこんな事を言い出したのか、それは先日のセルソとハルの会話に原因はある。
「新しい服を贈ったのに」というセルソに対してハルは「客にはローブ姿しか見せない」と言っていた。
レイは客では無い。ならば見たって良いはずだと。
何より、ハルと長年の付き合いがあるセルソにすら見せないというその姿を見たかった。
「セルソがお前に贈ったという服はそんなに卑猥な服なのか?」
それはそれで興味はあるが、そんな事を冗談でも言えばこの魔女は卒倒しそうだ。
「ひわ………ただのワンピースです!」
「ならば問題ないじゃないか」
「………問題あるんです〜」
何が問題で蹲っているのか、レイには全く分からない。ローブは言ってしまえば羽織だ。肌寒い朝に着ていた上着を気温の上昇と共に脱ぐ事と変わらない。
でなければ、医者や学者が仕事終わりに白衣を脱ぐのと同義だ。
「魔女はローブを脱いではいけないなんて制約は無いはずだ。むしろ、街の魔術師は着ていない者も多い」
今時、魔女だからと言って真っ黒なローブに身を包んでいるのはハルか、ハルの4倍ほど長く生きたベテランか、そんな所だろう。
「だって…だって、だってぇー」
「なんだ」
「私みたいな陰気な魔女が可愛い洋服を着ていたら変じゃないですか、変でしょう?」
「変かどうか見てやるから見せてみろ。」
レイは立ち上がるとハルに数歩近づいたのだが、その分ハルが後ろに下がるので2人の距離は縮まらなかった。
「な、ん…ですか」
「自分で脱げないなら手伝おうかと思って」
「!?!?へ、変態!!」
「男はみんな変態に決まっているだろう。それにお前だって俺の服をはだけさせたことがあるじゃないか」
「あああ、あれはそうするしかなかったから!」
「俺は肌を見せたのに、お前が見せないのは不公平ではないか?」
「何の話ですか!?ローブの話ですよね!?」
「そうだ」
悪いとは思うが、こんな風に困らせて慌てさせるのも、ハルが相手であれば嫌では無くむしろ愛おしいとすら思う。
甘い声でべったりと張り付いてくるのとも、無垢なフリをして近づいてくるそれとも全然違う。
もしも万が一、これがハルの計算だと言うのなら、それを知ってもハマってやっても良い。
ジリジリと詰め寄られて、脱がされるくらいなら自分で、とやっと観念したようだ。
「き、今日は最初はこれじゃないやつを着てて…」
「ああ」
「あ、汗をかいたから、それで…たまたまあったやつに着替えただけで……」
「ああ」
「だからその、似合わないのは重々承知しているんですがこれしか無かったから…」
「はやくしろ」
最後の力で抵抗をして、本当に観念して、ハルは苦虫を噛み潰したような顔でようやくローブをはだけた。
羞恥で顔から火が出そうだ。もう良いだろうかとレイを盗み見るとバッチリ目があってしまって、咄嗟にまたローブを羽織った。
もう早く帰ろうと背を向けたままじたばたしたのだが、レイの吐息がすぐそばで聞こえてハルは動きを止めた。
「なんだ、似合うじゃないか。流石長年お前を見てきただけあると言うべきか、センスが良いな。セルソが贈ったものだろう?」
「まあ…はい………」
どこでそう思ったかはわからないが大正解だった。




