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episode.21



「ハル様」


「………はい?」


レイと違ってハルの朝は気まぐれだ。昼まで寝てるなんて事はまず無いのだが、今日はレイよりも遅い1日の始まりだった。


というか今日はレイが早すぎる日だ。早番だ。


レイに遅れる事数時間、活動を開始したハルはレイの屋敷の従者、ベニートに声をかけられた。


「主人より言伝を預かっておりまして、その……」


「?」


「弁当を届けるようにと」


「はあ」


「申し訳ございません。私が伺うように申したのですが、どうしても、ハル様に届けさせるようにとの事でして」


「分かりました」


パシリに使われたと言うわけだな。


ベニートから丁寧に包まれた弁当を、これまた丁寧に2人分「お一つはハル様が」と言って手渡された。


恐らくレイの仕業だろう。自分が見ていない時でもきちんと食事を取らせようという魂胆が見え見えだ。


「ありがとうございます。副団長は私を配達員として雇ったと言う事ですかね」


「まさかそんな事は!こんな老ぼれでは無く、ハル様に会う為の理由を作っているのですよ」


「………帰ってきたら会えます」


「足りないのですかな?」


ハルがこの屋敷での生活を始めて数週間が経つ。森の家に住んで、レイが休みの時にあの場に足を運んでいたあの頃に比べたら、今では毎日顔を合わせるのだから足りないなんて事があるのだろうか。


ベニートと別れて北の砦門を目指す。森の家までの通り道だ。


何人か馴染みある騎士とすれ違いながら、ハルはレイの執務室を目指した。


どこにいるか分からない人を探すのはちょっと面倒くさい。執務室に居なかったら机の上にでも弁当を置いていけば届けたと言うことになるだろう。


案の定、レイは外に出ているのか、それとも訓練でもしているのか、執務室には居なかった。


ハルは預かった弁当を机の上に置いて、早々に執務室を後にする。


「あ!本当にいた!!」


ちょうどそこへやって来たのはオリンドだった。


「おはようオリンド」


「おはようございます、ハル殿!実は今、見張り台にリディオが来てまして。ハル殿を迎えに来たと」


「…リディオが?」


「はい、匂いを辿ってきたとかで」


リディオは時折、森の麓まで迎えに来てくれる事がある。そんなに遠い距離では無いのだが、やはり人の足とドラゴンの翼では天と地ほど到着時間に差が出る。


それが今日はここまで来てくれたと言う事か。ハルとリディオと長老様の働きによって、ドラゴンに理解のある人が多いとは言え、流石に街の真ん中に降り立つわけには行かず、見張り台を利用したと言うわけらしい。


オリンドの案内でハルはリディオと合流した。


「あれ?そういえば副団長に何かご用だったんですか?」


「あぁ、うん。でも済んだから大丈夫。」


「そうでしたか。ではお気をつけて!」


「オリンドも。がんばってね」


やっとハルの魔女としての1日が始まる頃には、太陽もすっかり高く上っていた。



⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎⚫︎⚪︎



はやく仕事を始めればその分早く終わる。当たり前だ。


夕刻、仕事終わりに着替えもせず堂々と森の魔女ハルの元を訪れるのはレイだ。


最近は扉をノックする間も無く入ってくる。


「……いらっしゃいませ?」


「おかえりなさいだろう」


「おかえりなさい?」


「…………ああ」


色々違和感を感じるが、ハルは今日の区切りと言うにはまだ半端だったので、取ってきた薬草をごりごりと摺る手を再び動かした。


ハルの作業が終わるまで、レイは黙ったままその様子を見ていた。


気にならないと言えば嘘になるが気にしていないふりをして作業を終わらせたハルはパンパンと手を払ってようやくレイに向いた。


「終わったのか?」


「はい」


「そうか」


「……………?」


帰るか、とか言うと思っていたのだが、レイはそのまま黙りこくっていた。


「怒っ…てます?」


「どうしてそう思う?」


「いつもより静か…というか………」


普段からレイはお喋りというわけでは無い。セルソと並べたらその違いは顕著だ。


が、今日は一段と静かだ。


はぁ、とため息をついたレイがその理由を述べた。


「今日俺は、お前に弁当を持ってくるようにとベニート伝に頼んでいたはずだが」


「え!?執務室に置いておきましたよ!?」


「ああ、置いてあった。この通りな」


レイは弁当袋を掲げてみせた。紛れもなく、ハルが今朝届けたものだ。


「………何か問題でも?」


「分からないか?俺がなぜ、お前に頼んだのか」


……………?


「通り道だから?」


「違う」


ハルが言い終えるのと被せるように否定された。はて、と首を傾げるとレイが口を開く。


「今朝は顔を合わせられなかったから、少しでも顔を見られればと思っていたが、誰もいない執務室に置いていったら意味がないだろう」


「えっ?し、知りませんよそんな事!第一、朝に顔が見られなかったからって、夜になったらちゃんと帰りますし」


「足りん」


「!?!?」


ベニートの「足りないのですかな?」と言う言葉がハルの頭によぎった。


まさかそんなわけないと受け流したのだが、まさかまさか、本当にそんな理由だったなんて。


「い…いや、だって………」


だって…なんだろう。


そんな風に思っているなんて知らなかった?そんなに想われているなんて知らなかった?


「だってそれじゃあ……ふ、副団長が私の事……すっ…好きみたい、じゃないですか……」


好きで好きで、離したくないみたいじゃないか。


天下の副団長様が、女性なんていくらでも選べたはずの副団長様が、こんな陰湿な森の魔女を?


ありえない。死んだら別の世界に転生するくらいありえない。


……………いや、それはあり得るんだった。


そうじゃなくてとにかく!弁当を執務室に置いて帰っただけでこんなにいじけるのはおかしいと言う話だ!!


ああでもないこうでもないとぶつぶつ持論をかますハルにレイが言った。


「お前、俺がお前に求婚した事忘れてないか?」


「わ、忘れて、は…無いですけど…」


レイはため息混じりに続けた。


「いくら世間離れしていたお前でも、これは常識だから言わなくても良いと思っていたが……求婚っていうのは好きな奴にするものだぞ」


ハルはこれでもかと目を見開いた。それはもう、目玉が落ちそうなくらいで、瞬きも忘れていた。


「すきな………?」


「そうだ。好きでもない女の家に足繁く通う奴なんていない」


ハルの心臓はもう、いつ止まってもおかしくない程に高鳴って収まりそうになかった。





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