episode.20
森の大樹の根元に、森の魔女ハルの作業小屋がある。
客の依頼を受け、薬を作り、受け渡すための小さな小屋だ。
そこには現在、リディオの他にタリムとリリアンと言う龍人族…ドラゴンが住み着いている。
森の魔女ハルは時に、ドラゴン使いと呼ばれる事も多くなってきていた。
とは言えハルはリディオらに頼まれた時にサラサラと筆を動かすだけで、彼らを使っているというつもりはない。
「やあハル、久しぶりだね。驚いたよ、街で色んな噂を聞いてね。彼には道の途中で会って、目的地が一緒だったから話しながら来たんだ。いや本当に驚いたよ」
「……………」
セルソがやってきた。リディオと肩を組んでやってきた。口が達者な男である。
今回は何を売りにどこまで行っていたのか、少々肌が日に焼けている。
「24時間営業をやめたんだってね?どこに転がり込んだかも聞いたよ。まあ、女の子が1人で住む家にしては、この家は無用心だし、良かったんじゃないかい?」
「………」
「はあ、まさか妹に先を越されるとはね。考えてもいなかった。でも祝福するよ、今日は悪いけど祝いの品は持ち合わせていないから次回にね。ああそうだ。言っておくけど、俺は結婚出来ないんじゃなくてまだしないだけだからね。そこのところ、間違われちゃ困るよ。」
「…………」
ハルが何も言わずとも出会い頭はいつもこの調子だ。おしゃべりおばけなのだ。
「いずれ遅くならないうちに挨拶に行かないとね。流石に忙しいかな、何せあのカレン騎士団の副団長殿だもんね」
「はあ」
ハルは曖昧な返事をして、セルソを家の中に案内したのだが、普段はずかずかと入ってくるのに、今日ばかりは「おっと」と言って足踏みした。
「これはこれは、こちらにいらしてましたか、副団長殿」
「ああ、だが客では無い。気遣いは不要だ」
「妹が世話をかけているとの事で、今後ともよろしくお願いします。こんな奴ですけど、追い出さないで貰えると私としても気兼ねなく商売が出来るのですが」
「ああ。心配には及ばないだろう」
「そうですか!それは良かった!!」
どうやったら毎度毎度そんなに高いテンションを保てるのか疑問だ。レイにも付き合わせてしまって申し訳ないのだが、セルソの興味がそちらに向いてしまっている以上、ハルにはどうしようもなかった。
せめて早く帰ってもらおうと、適当に、セルソに持たせてやる品を見繕った。
「あれ、ハル」
セルソに呼ばれてハルは何気なく振り返る。
セルソは引きずるほどに長いハルのローブをベロンと捲り上げていた。
もちろん中にきちんと服を着ているので問題は無いのだが、よく知った仲とは言え女性に対してそれはちょっと失礼では無いかと思う。
「なに?」
服は一応定期的に洗っている。と言うか、レイのお屋敷にはお手伝いさんがいて、頼まずとも定期的に洗われている。
「そういえば、せっかく新しい服を贈ったのに、着ているところを見ていないな」
「………着たよ」
一度だけ。
あれ以来気恥ずかしくて着ていない。レイの屋敷にも持って行かず、丁寧にこの部屋の洋服ダンスにしまってある。
「って言うかセルソにはいつもローブ姿しか見せて無いよ。」
「やだなあ!それは俺以外の誰に何を見せているって話だい?」
「〜〜〜っ!!お客さんにはローブしか見せてないって話!!!」
なんて事を言うのかとハルはセルソをぐいぐいと外に追い出した。「あはは、冗談だよ」と笑っているセルソだが、絶対に許さん。
「邪魔して悪かったね」
「…別に邪魔じゃ無いけど」
「仲良くね。あまり迷惑をかけないように」
「分かってる」
来る時は陽気に戯けて、帰り際は実の兄であるかのようにハルを心配して帰る。セルソはそう言う人だ。
「何か困った事は?」
「ない」
「欲しいものは?」
「ない」
「そうだ!男がちょっとだけムラッとする艶やかな紅と香りをプレゼントしようか?」
「いらない」
「お前はもう少し、色気を足さないとだめだと思うんだけどな。俺のタイプじゃないね」
知らんがな。
「いらないよ、似合わないし。」
「身に着けていれば似合うようになるものだよ」
セルソはハルの首元に手を伸ばすと、シャランとその細い首元を飾り立てた。
小さな星型のチャームがついたネックレスだった。
「今日は持ち合わせがこれしか無い」
身に着けていれば似合うようになる……本当だろうかと疑わしくはあるが、これは主張が少ないので着けていてもいいかと思えた。
「ありがと」
「誰からの贈り物かと問われたら、巨乳好きな兄からだと答えるんだよ」
「ああ、天国の兄から」
セルソが結婚出来ない理由は、そう言うところではないかと思う。
ヒラヒラと手を振りながらセルソは普段よりも格段に短い滞在時間で帰っていった。
余計な話をせずに帰っていったおしゃべりおばけに一安心して室内に戻ったハルには、また別の問題が降りかかる。
「新しい服とは?」
テーブルに肘をついた副団長様が、まさかそこに食いつくとは思っていなかった。




