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episode.01



聞いてはいたが状況は悲惨な物だった。


灰を吸えば咳や吐き気を伴い、肌に触れればビリビリと痛むのだという。


ハルにそんな経験は無いのだが、苦しむ人々を前に思わず目を背けそうになった。


数人の魔術師と騎士兵が作り置きしてある回復薬を負傷者に飲ませてあるいているが、数は圧倒的に足りないようだった。


「必要な物はありますか」


ここに案内してくれたオリンドはすっかり回復したようで、若いながらも騎士らしくテキパキしている。


「あ……綺麗なバケツと、薬を入れる瓶とか…」


「オリンド!」


全くもって慣れないこの状況にオロオロしながらもなんとか答えたのだが、オリンドを呼ぶ声でハルの声は遮られてしまった。


声の方向にオリンドとハルは振り向き、オリンドはすかさず「副団長!」と声をかけた。


いたのは金髪の背の高い男だった。顔色は悪いが切長の目に強い意志のような物を感じる。


「副団長!薬は…?」


「俺は後でいい。市民を優先する」


「でも…!」


オリンドの主張を強制的に終わらせるように、男の視線はハルに向いた。金色の双眸がハルを捉えると、睨まれているのかとハルは身を固くした。


「魔術師だな?」


「え、は、はい…」


「協力に感謝する。見ての通り回復薬が圧倒的に足りない。作れるか?」


「…はい……」


「助かる、オリンドを好きに使うといい。オリンド、お前は彼女を手伝え。まだ外に大勢いる」


「了解しました」


それだけ言うと男は別の兵士に呼ばれて踵を返し、ハル達の前から立ち去ってしまった。


こんな時に相応しくないとは思うが、格好いい人だった。


「あの人も、灰を吸ったんじゃ…」


「恐らくずっと外にいるのでそう思います。でも何を言っても聞かない人なので仕方ありません。……バケツと薬の容器でしたね!すぐに用意します!!」


すぐ戻ってくるだろうがオリンドもどこかへ行ってしまって、ハルは心細く思いながらも、人の波に流されないように、そして魔法を使えるスペースを確保しようと広いホールの端に寄って鞄から筆と紙と筆を出した。


床が汚れるのは仕方ないかとハルは墨を垂らし、明かりを確保するために文字を書いて発光石を作ると、近くにいた魔術師のおじさんに見られていたらしく、「珍しいやり方だなぁ!」と気前よく声をかけられた。


普通とは違う事に嫌悪してる様子は無く、こんな状況なのに感心したように「はっはっ!」と笑っていた。


それにハルが陽気に返事が出来るはずもなく、愛想笑いを浮かべて「どうも」と小さくお辞儀をするのが精一杯だった。


愛想のない態度になってしまったと自己嫌悪しそうになったが、この場合は愛想笑いを浮かべられただけマシだ思った方がいい。


そうこうしているうちにオリンドが戻ってきてくれた。


彼とも出会って数時間だと言うのに、一緒に馬に乗ったせいかなんだかちょっと心強い。


年下に見えるけど。


心強いのでもう一つ頼み事をする事にした。


「あの…オリンドさん」


「はい?」


「か…紙、を…用意出来ないでしょうか。持ってきた分で足りなかったら…大変、なので。あ、紙じゃなくても、文字が書ければ…それで…」


人に何かを頼むなんて、セルロ以外にした事が無い。


なんだか申し訳ない気がしてしどろもどろになってしまったが、オリンドは「分かりました、すぐ戻ります」と言ってどこかへ駆けて行ってしまった。


水を用意して、それを回復薬にする。投与は帰ってきたオリンドに任せた方が手際が良いだろう。


淡々と紙に文字をしたためる様子を、魔術師はチラチラと横目で、軽度の負傷者はマジマジと見ていた。


幸い、集中していたハルはその視線には気づかない。


気づいていたらきっと緊張して魔法は使えないポンコツと化していたに違いない。


【回復】と書かれた紙が貼り付けられた小瓶が20ほど並んだところでオリンドは戻ってきた。


「おわ、凄いな……。あ、遅くなりましたハル殿!」


「!?」


完全に自分の世界に入り込んでいたハルは驚いた拍子に身を縮めたが、オリンドが帰ってきたと知ってすぐに力が抜けた。


「回復薬です。…それと、肌の炎症が酷い人がいたら、外から直接魔法をかけた方が早いので教えてほしいです」


「分かりました!」


その後はひたすらに回復薬を作った。魔術師でありながら詠唱を全くせず、黙々と文字を書くその空間は異質な雰囲気を醸し出していた。


あとはオリンドが呼びに来たらそこへ駆け回り、忙しなく慌ただしく過ごし、事態の収集ががついたのは朝日が登る頃だった。


「大変助かりました、ハル殿」


「はい…いえ……よかったです」


一度に大量の魔法を使った魔術師はハルに限らずとも流石に疲れ果てていた。


やっと落ち着いたかと皆がそれぞれに息をついていたその時だった。


「回復薬は残ってないか!?副団長が倒れた!!」


慌てた騎士兵の言葉に、団員だけで無く、彼の事を知る人々がざわめく。


そして幸か不幸か、ハルのポケットには余った回復薬が3つほど入っていた。


「薬ならここに……」


「!!あんた魔術師か!ちょっと来てくれ!」


「えっ?うわっ…!!」


どうぞ持ってって下さいって言うつもりが、騎士兵に腕を引かれ、ハルは転ばないようについて行くので精一杯だった。


何せ普段は引きこもりの魔女だ。自分でもびっくりするほど体力はない上に今は魔力消費も激しくてヘロヘロだ。


何とか転んで引きずられるのは避けられたのだが、安心する間も無く倒れたと言う副団長の元へと連れられた。


「こ、れ………」


「薬を飲んで無かったんだ!何ともないみたいに動き回ってたから皆てっきり飲んだのかと」


唇は青く呼吸は浅い。服を着ているのに肌も爛れているのはきっと体の内側から炎症が起きているからだろう。


きっと肺も相当ダメージを受けている。


ハルは魔女だ。医者ではない。


この状態からの生存確率なんて分からないけれど、それでも間近に死を見ているようで手が震えた。


無理矢理に口を開けて、回復薬を流し込んでもそれは嚥下される事なくダラダラと流れ落ちた。


「飲み込まないと…薬は………」


残る回復薬は2本、これだけの症状ならば2本分飲ませたい。つまり、1本も無駄にできない。


騎士兵が徐々に集まってきて、この状況を固唾を飲んで見守っていた。


ハルがおもむろに残りの回復薬を自身の口に含ませた時、周囲はざわつき、そして次の瞬間には全員が息を飲んだ。


飲まないなら飲ませるしかない。


ハルは口移しで副団長の口に薬を流し込む。


お願い………飲んで……………。


呼吸の音さえもうるさいと言わんばかりの沈黙が数秒間続いて、そして、彼の喉仏がコクッと動いた。






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