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episode.18



放心した後、ハルは自分で自分の頬をバチーンと叩いた。


「おい、なにを…!」


「いだい…………」


普段滅多な事では動じないレイだったが、この時ばかりはかなり動揺して、ハルがこれ以上妙な行動を取らないようにと咄嗟に手首を掴んでいた。


一方ハルは頬にジンジンと痛みを感じて涙ぐんでいた。自分でやっておきながら結構痛い。


「何をしているんだお前は」


「ゆ…夢かと思って………」


「夢だったか?」


「違いました」


いっそ夢であって欲しかった。どんなに鈍く疎いハルでも流石に分かる。


「わ、わた…私、今………ききき、求婚されている、のでしょうか?」


「まあそうだな」


「なん!?な、なんででしょう?」


なんでとは何だ、とレイが眉間に皺を寄せている。


だがハルも分からないから聞いたのだ。レイが自分に求婚してくる…そんな未来を誰が予想したであろう。


あの輝かしい副団長の隣に、いつも黒いローブを羽織って森の中に籠っている陰湿な魔女がいるというのがどれだけ違和感のある事か。


何より、求婚して来たと言う事はレイは自分の事を好きだと言う事になる。


「そんなバカな………」


「信じられないか?」


「ありえません」


ハッとある事がハルの頭をよぎった。


「座ってください!」


レイをいつもの椅子に座らせると、脈と熱を測って、瞳孔の開きをチェックして、体が硬直していないか触診した。


若干脈が早い気もするが、健康そうではある。


「なんだ」


レイはハルの気が済むならとされるがままになっていたが、奇行に奇行を重ねるハルの動きが止まってやっと問いかける事が出来た。


「何か、良くない薬を飲まされたのではないかと思って………。催眠とか」


「俺が正気では無いと?」


「はい。正気じゃありません」


良くもまあ、こうもきっぱりと言ってくれたものだ。


レイは正真正銘、正気である。妙な薬の影響などでは無く、自らの意思でハルを口説いていたのだが、なんだか全く色気が無い。


それはそれでハルらしいのだが、とレイは苦笑いを浮かべていた。


今までハルに対して、あまりそういう事を分かりやすく示して来なかった自覚はあるが、こうも頻繁に訪ねてくる男がいれば自分に気があるのではと勘ぐってもいいものを、ハルは全くそういう考えに至っていなかったらしい。


同居の件も、下心だけでそう提案したわけでは無いが、いつまでたっても答えが出ないハルに痺れを切らしてしまった結果、この女にはもっと直接的で分かりやすく言わなければ何も伝わらないのだと知った。


まさか直後に自分で自分をビンタするとは思いもよらなかったが。


ハルがあまりにもおかしな行動ばかりとるので、逆にレイは冷静だった。


「一度寝てみましょうか。なんの薬を盛られたか分からないので解毒のしようがありません」


ハルの中では今のレイは毒を盛られた客という事になっているようだ。


親身であるのはハルの根本にある優しさ故だが、現実逃避が甚だしい。


何よりレイは、毒を盛られた客が来たら誰でもあんなにベタベタ触っているのかと気になった。


そう言えばハルは倒れたレイに薬を飲ませた後、服を捲り上げてまでして魔法をかけていたと聞いたのを思い出す。


初心なふりをして、慣れているのだろうか。


レイの胸には嫉妬めいたものがチクリと刺さった。


「薬は盛られていない。体に異常はなかっただろう?」


「頭が…」


「喧嘩売ってるのか?」


「まさか!!!」


違う違うとハルはぶんぶん頭を振って、詰め寄って来るレイから出来る限り逃げ回っているのだがいかんせん小さな家だ。


追い詰められるのにそう時間はかからなかった。


「俺と結婚する気は無いか、ハル」


「けっ…………」


真っ直ぐにハルを見て、ハルを欲して、ハルを求めているこの色男は、自分の顔の使い方を良く分かっているようで、普段の険しい顔は捨て、切なげにハルを見る。


何しろ相手は森の魔女、ハルだ。


そこらの女性とは違って、断られる可能性は十分すぎるほどにある。


ハルからすればこんな顔を見せるレイが罪深くて仕方が無いのだが、レイはレイでハルの事を罪な女だと思っている。


あの日の夜、初めてハルを見かけた時は、オドオドして不慣れな少女と思ったが、ハルは色んな表情を持っている。


何より筆をサラサラと走らせている時の少し俯いた横顔は、わずかに憂いを感じて見惚れる。


剣術大会では仕事を手伝った報酬に、レイの勝利を欲するなんて可愛くて仕方がなかった。


他にも、話し相手はレイが良いと遠慮がちに言ったかと思えば、ドラゴンを従える力を持つ勇敢な姿を見せられたり、恥ずかしがったり、歯向かったり………。


もうずっと前から、レイの中にはハルを想う気持ちがあった。


「ハル」


これ以上レイに詰め寄られると、ハルはもう爆発しそうだった。


何か言おうにも、上手く言葉にはならず、口をあうあうさせている。


「ハル、俺はお前がーー」


『主人様、おばあさんが筍くれました』


「!?」


ギイと遠慮なく開けられた扉の向こうには、おばあさんを送り届けていたリディオが立派な筍を持って帰って来ていた。


レイは平気そうにしているが、ハルは息が詰まり、リディオは全く状況が分かっていないようだった。








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