episode.13
騎士団と市警の監視下での生活も1ヶ月を過ぎれば勝手も分かってくる。
この1ヶ月で一番驚くべきなのは、ニコラと共に外に出て過ごした事ではないかと思う。灰息によって降り積もった灰の利用価値について語らったものの、良い答えは出なかった。
「…というわけでこの1ヶ月間は特に怪しいところは見られなかったと報告させてもらうよ」
「俺からもハルの疑いを一刻も早く取り消すよう掛け合う。お前も協力しろ」
「だから怪しいところはないって報告すると言ったばかりじゃないか」
現在、レイの執務室にてニコラとレイの言い争いをハルは黙認している。なんというか、口を挟む隙がない。
「そもそもの原因はお前ら市警だろ。はやく落とし前をつけろ。」
「僕だって精一杯やってるけどね。一枚岩じゃないんだよ」
「つかえないな」
「ははは、悪かったよ」
レイは不機嫌そうで、ニコラはご機嫌。居心地が悪い。
「じゃあ僕はこれで。君はどうする?部屋に戻るなら送ろうか」
「え?ああ…」
「俺から話がある。お前だけ行け」
唐突な問いかけにもたついている間に、レイがピシャリと言い切り、ニコラだけが執務室を後にした。
話とは何かとハルはレイに視線を向けた。レイもそれに気づいて口を開く。
「……………不便は無いか?」
「?ええ、まあ…」
人は順応していく生き物だとハルは身を以て実感している最中だ。というか、自分にこんなにも適応能力があるとは思っていなかった。
「皆んな良くしてくれますし」
「そうか。拘束が長引いてしまって申し訳ない」
「いえ。疑いが晴れるならそれで」
森の中にポツンと残してきたあの小さな家がどうなってしまっているか気掛かりではあるが仕方がない。
「市警は、と言ってもニコラだが。あいつはお前の事を白だと思っているようだ。」
「それは何よりです」
「親しくしているようだな、ニコラと」
「親しい………でしょうか」
まだお互いに心の底から信用しているとは思えないが、もしそう見えるのであれば、ニコラがそう見せているに違いない。
レイとニコラは旧友なのだと以前ニコラから聞いた。レイは剣技を活かせる騎士団に、ニコラは頭脳を活かせる市警に分かれたものの、互いにこの地を守ると誓い合った仲だという。
2組織には組織的には壁があるようだが、レイとニコラの個人的な信用に壁はないように見えた。
レイの憎まれ口もニコラに対する信頼の表れのようにすら感じる。
「あれでも優秀な男だ。お前があいつからの信頼を得られた以上、あいつはこちらの味方だろう」
「副団長が手放しで誰かを褒めるのは、珍しいですね」
それほどニコラが優秀で信頼できる相手だと言う事なのだろうけど。
「…そうか?お前の事も褒めていたつもりだが」
「え、あ……いや…ニコラさんに対しては何か違うと言うか…。でも何がかと問われると分かりません」
「なんだそれは」
だから分からないんだって。なんとなくそんな感じがするという話だ。
ちょうど会話が途切れたところで、ドンドンと執務室の扉が強めにノックされた。
「副団長!ご報告が!!!」
「入れ」
冷や汗を垂らした兵士が遠慮など全く無く入ってくる。それだけで緊急で異常な事態が起きていると容易く想像出来た。
「し、市街上空に龍影を確認しました!」
「!?」
龍が出たと聞いて真っ先に思い当たる被害は灰息だ。だが30年に一度と言われるそれはついこの間起きたばかりだ。
これでまた何か被害が出れば、私を含めた魔術師の誰かが何か企んでドラゴンを暴走させていると疑われる。
何より、被害が出るのはどこをとっても良い事とは言えない。
「混乱を鎮めろ。俺も直ちに向かう」
「私も行きます」
自分でも、この時どうしてこのような言葉が出たのかハル自身にも分からなかった。
ただ、行かねばならないと本能で感じた。
「…お前は残れ。外に出て何も無い保証は無い」
「ですが私は、騎士団の監視下から外れるわけにはいかない立場のはずです。私が外にいれば、そこにいて私の行動を見ていた全ての人間が、私の無罪を主張する証人になります」
間違っていないはずだ。疑いをかけられているこの状況で、こそこそ隠れている方が余計に疑わしい。
外に出て何も出来ないとしても、何もしていないという事を証明出来るかもしれない。
レイは数秒間黙ってから、チラリと視線をハルに向けた。
「………良いだろう。ただし、自分の身の安全を一番に行動しろ」
「はい」
龍が現れたからと言って必ずしも何かの被害が出るわけでも無い。彼らはただ気まぐれに空を悠々と飛んで去っていく事も多々ある。
今回もそうであってほしいと願ってはいるが、どうなるかは神のみぞ知るところだろう。
大股で歩くレイをハルは小走りで追いかけた。体力のないハルにとってはこれだけでもまあまあキツい。
外は混乱の真っ只中で、上空にはうねうねと雲の上を彷徨うドラゴンの影があった。
ハルが住まう森の上空では、こんなにもはっきりとドラゴンの姿を見る事は無かった。
「ドラゴン………」
無意識に、その姿を呟いてしまうほどだった。




