episode.12
市警と騎士団は治安維持や国民を守るという共通の目的を持ちながら、もしくは目的が同じであるせいか、あまり仲良くは無い。
何が違うかと言うと、市警は名前の通り市の管轄下にあり騎士団は国の管轄下にあると言う事だ。
今回の件で、市警は強行的に動いていて、ハルの他にも数名の魔術師に疑いがかけられているが、そもそも誰かが意図的に引き起こしたと言う根本の証拠もない。
ハルは前回の被害の際、多くの民と副団長レイの命を救ったことは、国王陛下にも報告されていた為、ハルの身柄を騎士団で預かる事への許可がおりた。
正直に言うとレイが多少無理を通した部分も無くはないがハルには伏せておく。
「つまり、難しいかもしれないが、いつも通りにしていればいい」
「…………………難しいですね」
ハルは森の魔女だ。家に引きこもっている訳では無いが、日常の生活範囲は森の中だし、何より他人と同じ建物の中で過ごし寝起きや食事を共にするというのは慣れていない。
「魔法は使わない方が良いのでしょうか」
「使って問題ない。むしろ、魔法を使わなくなればその方が怪しまれる。普段通りにしていろ」
普段、どんな感じだったかな?とハルは昨日までの代わり映えのない日常を思い返してみる。
仕事をして、小腹が空いたら何か食べて、暇になったら落書きをする。………我ながら陰気だ。
「何かあったらオリンドに話すと良い。お前に付ける」
「えっ!?そ、それは申し訳ないような気が……」
「お前に不便を課しているのはこちらだ。そこに関しては気にしなくて良い。話し相手でも何でもさせてやれ」
「………話し、相手…」
「なんだ?」
「あ、いえ…。私は普段は1人なので、あまり誰かと話すのは日常的では無いんです。話をするなら副団長が一番……」
休日に意味もなくやってくるレイと話すのがハルの日常になりかけていた。今回の騒動はそんな時におきた。
「俺か」
レイの小さな呟きを拾って、ハルはハッとして、顔に熱が集まった。
「す、すみません!あの…オリンドが嫌だとかそう言う訳ではなくてですね!その………それから、副団長がお忙しいのも分かっているつもりなので、気にしないでください」
「そんな風には思っていないが、出来るだけ時間は作るようにする」
その後、照れを隠しきれないハルに構わずレイはあれこれと建物の案内を始めた。
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軟禁生活も5日を過ぎれば、ただ与えられた部屋の中で1日を過ごすのも飽きてくる。
元々ハルは飽きやすい性格であると自覚もある。
本の差し入れがあったので、基本的にはそれを読んで過ごしているのだが、今日は気分転換に食堂で本を読んでいる。
食事以外では兵士達も散り散りに仕事をしていて、ここも人気は無く、奥のキッチンから食事の用意をしている音がカチャカチャと聞こえてくるだけだ。
広い部屋の壁や大きなテーブルは落書きし放題なのに流石に出来ず、紙も無駄遣い出来ないので、出来るのは空に筆を走らせるくらいだった。
数秒間キラキラと光を放っては消えていく。何とも無駄な時間を過ごしている気がするが、やる事がないので仕方が無い。
「そうやってドラゴンを操るのかな?森の魔女さん」
ふと、ハルは顔を上げた。食堂の入り口には見慣れない顔の青年が立っていた。
誰だろう?とハルは首を捻る。
実を言うとハルは他人に興味が無いので、人の顔と名前を覚えるのが苦手な方なのだが、騎士団員の名前は覚えようと努力しているのだが、それにしても見覚えのない顔だった。
しかも多分喧嘩を売られている。
「これは魔法じゃ無いです」
「へえ?森の魔女が魔法を使うときは詠唱では無く筆を使うんだろう?今まさにそうだと思ったんだけど」
「魔法を使っているか否か、分かる人には分かるんですけどね」
貴方は分かりませんか、と分かりやすく喧嘩を売ってみたのだが、青年は全く気にしない様な素振りでハルの正面に座った。
「悪いね。僕は騎士団員では無いから、君の魔法は見慣れていないんだ」
「……………」
「ははは。何者だって顔をしているね」
真顔でいたつもりだったのだが、顔に出ていただろうか。
騎士団員では無いのにこの場所にいて、更にハルの存在の事も知っている人物に心当たりが無い。
ハルの客………にしては、ハルの魔法を信用しているようには見えない。
「教えてあげるよ、遅かれ早かれ知られることになるし。僕はニコラ。君を疑っている市警の人間だよ」
「!?」
なぜ市警の人がこんな所にいるのかと、ハルは驚きを隠せなかった。この人はあの強引で横暴な人達の仲間なのだ。
「君は案外、顔に出やすいね。市警の僕がどうしてここにいるのか、教えてあげようか」
ハルは何の反応も示さなかったのだが、ニコラは話し始める。
「君と騎士団を監視するためだよ。元々繋がりのある君たちが、共謀しないようにね」
「そんな事は……」
「しない?そうしてくれるとありがたいよ」
基本的に顔に笑みを貼り付けているニコラだが、それが常だからか、とても嘘くさい。
ハルの事を好意的に思っているという笑みではないのは確かだろう。
視線を下げたハルは、ニコラの手の甲に、まだ血が滲んでいる新しい傷がある事に気づいた。
「それ…」
「?ああ、さっきちょっとね。問題ないよ」
「治します」
簡単な魔法で治るし、と軽い気持ちで筆を取ったのだが、治癒の魔法をかけようとしたハルの手はニコラによって振り払われてしまって、筆が床に落ちる音が響いた。
「必要ないよ。君は今、容疑者だ。そんな人間を無条件で信用出来るわけがないだろう?」
「………」
ほんのちょっと頭の片隅に、めんどくさいからもう放っておこうかと考えが過ったけれど、魔女として生きるハルにはそれが出来なかった。
筆を拾うよりも先にカバンをガサゴソと漁り始めたハルをニコラは何か仕掛けてくるつもりかと注意深く見ていた。
罪を否定する罪人の中には、プライドを傷つければ本性を現す輩もいる。ニコラは現在、ハルにも同じ手を使っている。
何かあった時、すぐに反応できるように神経を尖らせていたニコラだったが、次の瞬間には拍子抜けしていた。
「これ、薬屋の塗り薬です」
ハルは以前レイに貰っていた切り傷用の塗り薬をニコラに差し出した。
薬師のマークが付いているので、魔法では無いと信頼してもらえるはずだ。
絶対に魔法で治したほうが早いけど。
「……………君が、ここまでする理由はなんだい?」
「はい?」
「僕を信用させようって魂胆?」
こんな事で信用してくれるなら万々歳なのだが、相手はあの暴君どもだ。むしろ信用されなくても良いとすら思えてくる。
「私が気づいて、それに対する力があったと言うだけです。もしも未解決事件を解き明かしてほしいと言われてもやりませんよ。私は探偵ではないので」
ハルの言葉にニコラは「ぷはっ!」と吹き出していた。そんなに面白い事を言ったつもりは無いのだけれど。
「君は魔術師だものね。疑ってはいないけど薬は気持ちだけ受け取っておくよ、僕も同じ物を持ってる」
「そうですか」
「邪魔したね。僕はもう行くとしよう。じゃあまたね、森の魔女さん」
ニコラはヒラヒラと手を振りながら去って行き、ハルはようやく落ちた筆を拾ったのだった。




