episode.11
祭りから数日後、森の魔女ハルの小さな家にはなぜかレイを含む騎士団員が3人と、別の制服を着たおっかない顔のおじさん2人が訪ねてきた。
レイはいつにも増して険しい表情をしている。
おっかないおじさんが騎士団よりも一歩前に出て口を開いた。
「市警の者だ。魔術師No3320、ハル・ニコロディだな?」
「はあ」
事態の読めないハルだったが、曖昧に返事をすると市警と名乗ったおじさんはババーンと1枚の紙をハルに掲げてみせた。
「お前に、ドラゴンの暴徒誘導罪の疑いがかかっている」
「……………はい?」
まさに寝耳に水。青天の霹靂。
そもそもなんなんだ、暴徒誘導罪って。初めて聞いた。
素っ頓狂な返事をしたハルは間抜け面に違いないのだが、話はそのまま続いた。
「先日の灰息被害について、何者かの陰謀によって意図的にドラゴンを暴徒化させたのでは無いかという調査が行われている。そこでお前も容疑者にあがった」
「なっ…ど、どうして…私、でしょうか」
「お前の魔法発動は特殊だと言う報告を受けている。他者と違う物を持つ者は良からぬ思考を持つ可能性が高い」
「………は?」
なんじゃそれは、と開いた口が塞がらない。そんななんの証拠もないバカみたいな理由で容疑をかけられているのか私は…。
「わ、私はそんな事…。第一、私はその時騎士団からの依頼を受けて災害対応に当たっています」
「その事実は確認が取れている。が、お前の魔法は詠唱が不要なのだろう?であれば隠れてドラゴンを操ることも可能だ」
んなアホな。
ハルは反論することも忘れて眉間に皺を寄せていた。
「この家を訪れた事があると言う者から、家中に龍を思わせる紋様が刻まれているとの報告も受けている。…たしかに事実のようだな」
ドアの空いた隙間から軍警おやじが不躾にも部屋の中を覗いてくる。事実もクソもあったものではない。どこをどう見たら龍を連想すると言うのか。
「わ、私は本当にそんな事やってなんか…」
やっていないのに強引に罪を着させられる恐怖で手足も声も震えた。
「ふん、罪人はよくそう言うさ。だが、現在お前がやったと言う確たる証拠は掴めていない」
「だからそんな事、やって無いんです」
やってないんだから証拠なんて掴めるはずもないのだが、この男達であればでっちあげそうで恐ろしい。
「誰が信用するか。そこで、お前には我々の監視下で生活してもらう」
「えっ………」
それは牢獄という事だろうかと、ハルは震える手を握りしめていた。漠然とした恐怖がハルを襲う。
喉がカラカラに渇いてむせ返りそうになった時、声を上げたのはレイだった。
「お前の身柄はこちらで預かる」
レイ表情は険しいままで、市警おやじが嫌そうに口を挟んでくる。
「元よりこの女と繋がりがある騎士団など、信用に値するとは思えんがな」
「長老様の許可は得ている。何より、虚言を吐く趣味はない」
ハルにはそんな2人の会話はあまり上手く耳に入ってこなかった。聞こえてきてはいるが、上手く理解できない。
騎士団にも疑われているのかと思うと、心臓がやけにうるさく鼓動した。
「身支度を整えろ。ただし、妙な動きを見せれば即刻連行する」
市警おやじと騎士団員に監視されたままの荷造りなど生きた心地がしなかった。
滅多に訪ねてくる客人は居ないとはいえ、しばらく不在である事を伝えようと筆を持つと、それだけで市警おやじにガミガミと咎められた。
それでも何とか支度を済ませると、それまで1歩引いた所から見ていたレイ達騎士団が市警より前に出た。
「ここからは俺たちの領分だろう」
「騎士団風情が偉そうに。その女を庇うような真似をしてみろ。その時点でお前ら全員、罪人だからな」
「そんなことはしないと言ったはずだ」
騎士団と軍警は仲が良くないのかとハルは震えながら見ていた。体の震えは止まらないが、レイが軍警おやじから庇護するように立ってくれているのはありがたい。
自分の体が自分のものではないと錯覚するほど、体がガチガチに固まっている。
どうやって副団長の馬に乗ったのか定かでは無く、馬が走り出しても会話もない。
ただ震えるハルの体はレイによってしっかりと支えられ、手綱ごしに手を握られ、その熱を感じる事だけはできた。
時間は長いようであっという間で、ハルを連れた騎士団員と見送りという名の監視で軍警おやじも騎士団の活動拠点である北の砦門まで着いてきた。
そして何やら嫌味をガミガミ言ったのち帰って行ったが、ハルの頭には残らなかった。
「…………………」
どこに連れて行かれるのかと不安な色を隠せないのを悟ってか、レイがやっと口を開く。
「俺たちは僅かだがお前の人となりに触れている。お前はやっていないな?」
「やっていません」
こればかりは強い意志で即答したハルを、レイは真顔のまま見ていた。その視線は、真偽を問うているようだった。
「信じよう。お前は罪人だからでは無く、お前の無実を証明する為に俺達の監視下に置かれる。敵はいるが味方もいるとよく覚えておけ」
味方………。
前世の春に自分の事を認めてくれる味方なんて居なかった。今世では母を失って以来は………セルソは味方だろうか?
カツカツと歩き始めるレイを追う。
両脇を残りの兵士に固められたけど、拘束するためでは無く世間話の為だった。
「本当、妙な事考えますよね市警の奴らは」
「あの現場で誰よりも功労者であるハル殿が、ドラゴンの暴徒誘導?なんてありえないっすからね」
信じてもらえるというのは、これほど心強いのかと感じて、ハルは体の震えが止まっていることに気づいた。
「ど、どうしてそんな話になったのか……」
「30年に1度と言われている灰息の被害が短期間で出たんで、テロじゃないかって話らしいっす」
「私の身柄は、どうして騎士団に…?」
「それは副団長が一枚噛んでますね。内緒ですよ」
「聞こえている」
レイの表情は見えなかったが、兵士達がびびっている様子はないので怒っているわけではないようだった。




