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episode.09



「明日は槍が降るのかな?」


「否定できない」


祭りで普段より多くの人々が行き交う街の広場にハルはいた。


以前セルソに貰った服を着てみたものの、あまりに似合わなかったので結局上からローブを羽織りセルソが構える店の置物と化している。


剣術大会を見たいが勝ってしまった結果である。


とはいえ苦手を克服出来るはずもなく、一緒に祭りを回るような友もいない。


ハルが行き着く先は誰がどう考えてもここしか無い。


ハルはセルソの横に椅子を置いてちょこんと腰掛けているので、客人の多くは「妹かい?」と問い、セルソが「そんな感じです」と人当たり良く答える。


「見知った兵士がいたら声をかけに行ったらどうだい?」


「仕事の邪魔になると、良くないし」


そもそも1人で歩き回るなんて勇気はない。


とは言え家にいても落ち着かなくて昼過ぎにはここに来てしまっていたハルはお腹が空いていた。


屋台のいい匂いを嗅いだからかもしれない。


「セルソ、お腹すいた」


「何か買ってくれば?」


「買って来てくれないの?」


「良いけどそれじゃあ店番をお願いするよ?」


……………。


自分で行く事にした。


魔女も客を相手にする商売だというのに、ハルはその辺りは全くもって自信が無い。


人との関わりが少なすぎて表情筋がカチカチに固まっているのだ。


幸い広場には食べ物の屋台も多くあったので、それほど離れていない所から甘いのと塩辛いのをいくつか買って、さっさとセルソの所に戻ろうと踵を返した時ーー


「わっ…」


足元に子供がいたのに気づかなくてトンと軽く当たってしまった。


子供は転ばなかったものの、ハルのスカートの裾を握りしめている。


「ママ…?」


ママ………では無いな。産んだ記憶がない。そんな事考えている場合ではないか。


ハルが余計な事を考えている間にも、子供はじんわりと目に涙を溜め始める。


「ママ、どこぉ…」


「えぇー」


迷子だ。困った。知らないものは答えられない。


ズビッと鼻をすする子供にとりあえず饅頭を一つあげる事にした。


「ママか。探そうか」


「うん…」


自分の事ながら、怪しいと思わないのかなーなんて思いつつ、筆をセルソの屋台に置いて来てしまっていたので手を繋いで戻った。


子供と手を繋いで帰ってきたハルをみたセルソは「あれ、可愛いお客さんだね」なんて言って呑気だった。


「お母さんの、名前は?」


探す相手の名前が分かれば、魔法をかけて探せる。ハルは鞄から筆と紙を取り出した。


「ママの名前………分からない」


「ん」


それは困った。カチッと固まったハルを見て子供は何かを察したのか、また涙を溜め始めていた。


そんな様子を見てセルソが助け舟を出す。


「向こうに騎士団のテントがあって、落とし物とか迷子とか預かってくれるはずだよ。もしかしたらママも来ているかもね」


「早く言ってよ」


なんで1番最初に教えてくれないんだよ、とハルはセルソを睨んだ。まさか本当に客だと思ったなんてふざけた事は言わないだろう。絶対面白がって見ていたに違いない。


また人混みを歩く事になってしまった。でも子供は放っておけないし店番はもっと嫌だ。


子供の歩幅に合わせて人の波を掻き分け、やっとの思いで目的地までやってくると、見知った顔の兵士がこちらに気づいてくれた。


「ハル殿!来てたんですか!!」


「あー、うん。この子、迷子」


駆けてきてくれたのはカルロだった。何度か森の家に物を取りに来ているので覚えた。多分年下だろうと勝手に思っている。


「迷子ですか、分かりました!ありがとうございます」


大きなテントの下では他にも子供が3人座っていた。カルロは元々童顔で優しそうに見えるからここに配属されたのかと予想するとちょっと面白い。子供の名前やら誰と来たのかといった情報を上手く書き出していた。


「ママの名前、分かるか?」


「あ。その子、母親の名前分からないってーー」


「ママ…ベレニーチェ」


えーーーーーーーー!とハルはあんぐり口を開けていた。さっき分かんないって言ってなかった?言ってたよね?だから連れてきたのに!


事情を知らないカルロはそうかそうかと言って子供の頭を撫でているがハルとしてはそれどころでは無い。


カルロは子供を空いている席に座らせたのでハルも一旦隣に腰掛けた。


「あえ?ハル殿、ここで一緒に待ちますか?お預かりしたので戻って大丈夫ですけど」


「うん。親の名前が分かるなら時間はかからないから」


ハルは鞄からもう一度紙と筆を出し、文字を綴る。


【ベレニーチェ】と【会】


そのまま背中に張り付けて待つ。迷子センターに来たのだからいずれ母親もここに来るだろうけど。


ものの5分でその時はやって来た。


「ジャン!!」


「ママぁ!!!」


感動的な再会に心の中で拍手。


親子はペコペコと頭を下げて、しっかりと手を繋いで人混みの中へと消えていった。


あの子に対して責任なんてものは無いと知りながら、それでも責任は果たしたかとハルは立ち上がった。


そして肩を掴まれて座らされた。


「森の魔女殿!」


ガッチリ肩を掴んで期待の目を寄せるカルロに若干嫌な予感がする。そもそもハルの事を名前ではなく森の魔女と呼ぶ時点で怪しい。


「なに…?」


「力を貸していただけませんか!親を待つ子がほら、こんなに!」


凄いたくさんいるみたいな言い方をしているが、さっきの子の前に1人引き取られて行ったので残るは2人だ。


2人ぐらいなら良いか、セルソの所に戻ってもやる事無いしな、とハルは親探しの依頼を受けてしまったのだが、1人見つけては2人迷子が来て、見つけては来てを繰り返す事となった。


「すみませんハル殿」


「いや、大丈夫。そんなに難しい魔法じゃ無いし」


「そうですか?でも何か見たいものとかあったんじゃないですか?」


流石に悪いと思ったのか、カルロは申し訳なさそうにしていた。


「騎士団の剣術大会を見ようと思って。だから大丈夫、ちょうどここから見えるし」


テントから大会が行われるスペースまでは遮る障害物も無いし、通り道になるからと観客の場所取りも禁止されている。セルソの所から見るよりよほど特等席だ。


間も無く始まるのか、テントには見回りから兵士が続々と帰って来ていて、ここからは大人の時間だとでも言うかのように迷子はぴたりと止まった。


「ハル?」


ピクッとハルの体が反応する。聞き慣れた、だがその声を聞くのは少し久しぶりで、何より名前を敬称も無しで呼ばれたのは初めてでは無いかと思う。


いつもはお前お前言われているから。


「ふ、副団長………」


今日はきっちり騎士服だ。よく似合っている。


「何してるんだこんなところで」


「あ、えと…迷子の親探しの手伝いを………」


ドギマギしてしまったのは久しぶりにレイの威圧的な態度に触れたからだろうか。それともよく似合う騎士服のせいか。


レイは、目を泳がせているハルからカルロへと視線を移した。どうやら怒っている。


「彼女はプライベートでは?」


「………はい、そうです」


カルロもヤバいと悟って身を縮めている。


「お前が彼女の時間を貰ったその対価はなんだ?」


「えっ………と………」


ハルは演武大会が始まるまでどうせ暇をしていたのだから、時間に対する対価など全く必要がない。


カルロがちょっと可哀想になって口を挟もうとしたとき、ハルは後ろから肩をちょんちょんと突かれた。オリンドだった。


「?」


「副団長、今ピリピリしてるんで、黙ってた方がいいです」


「…なんで?」


「散々女性に取り囲まれて、うんざりなんですよ」


それはお気の毒に。


だが本当にカルロが可哀想に思える。数時間とは言え一緒に仕事をして情が湧いたかもしれない。


「あの、副団長」


「なんだ」


「報酬なら、ここで剣術大会を見せてもらえればそれで大丈夫です。元々この時間までは、暇だったし、ここは特等席…なので………」


要求しておきながら図々しかっただろうかと段々自信と声量を無くした。


「そんな物では割に合わないだろ」


帰ってきた返事は意外にも、もっと要求していいよと言っている。レイの機嫌が悪くなくともこんな優しい言い方は絶対にしないだろうけど。


ならばとハルは口を開く。


「なら、副団長の勝利を頂けたら、それで…」


正直、勝敗が付くのかもよく分かっていなかったのだが、レイは納得してくれたようで、僅かに口角をあげて去って行った。


その後暫く「たずがりまじだぁ!!」とカルロに泣きつかれた。






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