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episode.00




ブランドルコ王国の片隅にある森の大樹の根元に魔術師が暮らす小さな家がある。


魔女の名はハル。


ハルには前世の記憶が残っている。


書道家の三女として生を受けた遠藤春。これが、魔女ハルの前世だ。


鉛筆より先に筆を持ち、物心ついた頃には書道の道へ足を踏み入れていた。


そしてある時、それに飽きた。


以来、春は色のついた墨を使い、文字とも絵とも取れるような、そんな作品ばかりを手がけるようになった。


現当主の祖父、次代当主の父共に、春の作品を認める事は無く、日々を嘆いて生きていた。


月日は流れて高校の卒業式、帰り道でブレーキが効かなくなった故障車が歩道に突っ込んできて轢かれて死んだ。


そして神様は言った。


『ごめんごめん!人がいるとは思わなくて!ははは』


「……………」


全然笑えなかった。


『お詫びに君の能力と記憶、残したまま転生させるから許して!』


「…は?」


『じゃあねー』


と言うところで記憶は途切れ、魔術師の娘として魔法と魔物の世界に新たな生を受け、偶然か必然か、前世と同じくハルと名付けられた。


神様が残してくれたハルの能力…それは【書く】と言う能力だった。


文字を書き、魔力を込める事で魔法が使えた。


例えば【火】と書いて魔力を込めれば発火し、【水】と書いて魔力を込めれば水が沸いた。


母は「天才だよハル!」と褒めてくれて、高価な紙をたくさん買ってくれた。


しかし母は病に倒れ、不治の病にはハルも太刀打ち出来ず、やがて母はこの世を去った。もしかしたらどこか他の世界で生きているかもしれない。


それから3年間、ハルはこの小さな森の家で一人暮らしをしている。


魔女ハルは魔女らしく、魔法を使った製品を作り生計を立てている。


回復薬とか発光石とか除草剤とか、作る製品はピンキリだが、とにかくこんな物を馴染みの行商に売ってお金や食べ物に変えている。


魔女ハルはほとんど街に出向かない。ありがたいことに乗り物に轢かれて死んだと言う記憶まで神様は残してくれたおかげで、タイヤがついた物がトラウマになった。馬車とか、荷車さえ怖い。


ハルの元に定期的に訪れる行商人も、ハルのトラウマの事を知って、ここに来る時はいつも荷車では無く、ロバに荷物を積んでやってくる。


「優しいだろ?」


「はいこれ、今月の分の薬」


因みにこの、肩をすくめている黒髪癖っ毛の猫目男が馴染みの行商人で、名前はセルソ。


「つれないなぁ〜ハルは。どうだい?困った事は?」


「特には」


「ちゃんと食べてる?」


「うん」


「怪しい人は来てないかい?」


「今現在来てる」


「なら良いか」


セルソは母が生前に見つけてきた行商人で、付き合いが長い事もあってか2人の会話はいつもこんな調子だ。


「じゃあ、俺は帰るよ。風邪ひかないように」


セルソは何というか、ハルにとっては過保護な兄という感じだ。血の繋がりは無いのにやたらと世話を焼いてくる。


ありがたいのだけれど。


軽く手を振って見送った後、ハルは外に落ちていた石をいくつか拾って家に戻った。


暖炉に薪をくべて筆を取ると、さっきセルソが持ってきた紙に【火】の文字を書き暖炉に放り投げる。


魔女は本来、詠唱を唱えて魔法を使うが、こんな方法で火をつけるハルの姿を、母はいつも凄い凄いと言って褒めてくれた。


暫く誰にも褒められていない。


前世の記憶を思い出す。名家の生まれでありながら過激派とか尖鋭派と呼ばれる春の作品は、門外不出、誰の目にも触れず、誰にも褒められずただただ闇に葬られていた。


はぁ、と小さくため息をついた後、ハルは【光】の文字をいくつか紙に書き、その上に拾ってきた石を乗せる。


辺りも暗くなってきて、暇を持て余したハルは筆を取ると意味もなく壁に落書きを始める。


小屋の壁は既にハルの落書きでほぼ隙間を無くしている。


天井には夜空をイメージした落書きを施し、暗闇でぼんやり光るように魔力を込めた。


夜な夜なベットからそれを眺めては、「プラネタリウムだー」なんて思いながら眠りにつくのが日課だ。


今日もいつもと変わらず、眠るまでの時間潰しに勤しんでいると、外からガタンバタンと何やら物音がした。


外はすっかり陽が落ちている。動物の喧嘩か、でなければ訳ありの客人か。


ハルはおもむろに立ち上がると、熊や魔物だったら嫌だなーと思いながら僅かに扉を開けて外の様子を覗こうとしたのだが、音の正体はあまりにも近くにいて覗くまでも無かった。


「えっ………」


そこには、魔女の小さな家の外壁に背を預け、ぐったりともたれ掛かる青年がいた。


「も、もしもし…?大丈夫ですか?」


恐る恐る声をかけると、青年はうっすら目を開いた。


「森の魔女…ハル殿、ですね…?」


「え?ええ、はい…そうですけど」


どこかで会った事があるだろうかとハルは記憶を辿るも、思い当たる節は無かった。


それよりもこの青年、やけに顔色が悪い。


具合が悪いのかと心配するハルを他所に、青年は目の色を変えてぐいっとハルの手首を掴んだ。


「ちっ…力を!貸して頂けませんか!!」


「えっ?」


「僕はカレン騎士団北の砦門所属のオリンドと言います。先刻、ドラゴンの灰息が街を直撃、負傷者が多数でました。」


ドラゴンが人間には有害な灰を口から排出する事をドラゴンの灰息と言って、人々は恐れている。


だがドラゴンは基本的に深い森の中で暮らす生き物の為、人害は3〜50年に一度とも言われている。


そしてハルの母がまだ生きていた頃、街は一度この被害を受け、母も魔女として借り出されていた。


つまり何が言いたいかというと、前回の被害からこんなに早くまた次の被害が出るとは誰も予想していなかっただろう。


こればかりは地震とか台風のような自然災害と同類のため、予測するのも難しいのだけれど…。


「ま、街には他にも魔術師がいるはずですけど」


「はい。既に協力を要請していますが、人手も回復薬も足りず………オエッ!」


オリンドが吐き気を催し、咄嗟に口を塞いだ。その様子を見てハルは慌てて室内に戻ると、筆と何枚かの紙と清潔な器を持って再び外に出た。


「灰を吸ったんですか?」


「少量は…吸ったかもしれません………。街はもっと酷い人ばかりで………」


浅い呼吸を繰り返すオリンドの前で、ハルは急いで回復薬を作る。


出来た物をすぐ出せれば良かったのだが、昼間にセルソに売り渡してしまったばかりだ。


ハルは水さえあればそれを筆と紙を使った魔法で回復薬に変換できる。水も筆と紙があれば用意できる。


集中していたハルには、「はやい……」と呟くオリンドの声は届かなかった。


「とにかくこれを。回復薬です」


「………すみません」


冷や汗をかいているオリンドはハルから受け取った液体を一気に飲み込むと、苦味に耐えるように歯を食いしばっていた。


「生憎、今出来合いの回復薬は残っていないんです」


すみません、と呟くハルにオリンドはようやく苦味から解放され、再び手を取った。


「では、一緒に来て頂けませんか!」


「えっ」


「お願いします!ハル殿の力があれば、多くの民が救われます!!」


「で……でも………」


ハルは第二の人生のほとんどをこの森で過ごしてきた。どうしてもどうしても必要な時以外は街に行く事もない。


前世でも今世でも、ハルは多くの人と関わらず、書く事以外の何に対しても消極的に生きてきた。つまり、根暗な上にトラウマも重なってビビりなのだ。


「お願いします!森の魔女殿!!!」


だがこんなにも必死に頭を下げられては、嫌だとは言い出せない。魔女にも人の心はある。


「か…回復薬を、作れば良いんですか?」


「良いのですか!?」


ぱあっとオリンドは顔を明るくした。薬が効いてきたらしく、血色も良い。


そんなオリンドからハルは咄嗟に目を逸らした。


本当はここで作って出来た物を取りに来て欲しいのだが、そんなアホみたいな労力をかける余裕はきっと無いだろう。


だが外には絶対に多くの台車やら荷車があるだろうし、いちいちそれを気にしていたら全然集中出来ない。


「そ、外での作業は……できません」


「屋内であればいいという事でしょうか?」


「……………まあ」


本当はここが良いけど、と言わなかった自分を褒めたい。


「分かりました、屋内の避難所にご案内します。どれくらいで出発出来ますか?申し訳ないですが急ぎます」


「え、ああ…す、すぐに………」


せかせかとしたオリンドにつられて、ハルもちょっと慌てて準備をする。


と言っても必要なのは紙と筆と墨くらいなので、適当に鞄に詰めて外に出るとオリンドは既に馬に乗っていた。


馬なんて乗った事がないな…。


「僕の前に乗ってください」


ハルの困惑が顔に出ていたのか、オリンドに手を差し伸べられ、慣れないながら、タイヤのついた乗り物は怖いけど馬は平気なんだな…と他人事のように思いながらなんとか乗った。


「行きます」


「わっ………!」


馬は森の魔女を乗せて街まで走り出した。







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