表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

バッドエンド。

 バッドエンドの主人公は六十才、動画配信者(ゲーム実況メイン)

 楽して過ごしたいと大学中退以降引き籠もり。

 物事自分に都合良くしか捉えられない、真性の困ったちゃん。

 猟奇、グロ、残酷描写が多めです。

 ダーク回。



 おふくろにしつこくねだられて、嫌々駅ビルに足を伸ばした。

 親父の誕生日だから、ちょっと高級な弁当を買ってこいとか、横暴極まりない。

 大体そんな金があるなら、動画配信の経費に寄越せってんだ。

 未来の億万長者をこき使うとかよ。

 あり得ねぇだろ?


 近藤勇夫こんどういさお六十才、職業・動画配信者。

 もっぱらゲーム実況をやっている。

 三年続けているが年収は平均十万弱。

 働けとうるさい両親を黙らせるために始めたが、それなりに気に入っている職業だ。

 一日中ゲームをやってりゃいいだけだしな。

 編集は面倒なんで、ありのままを配信するスタイル。

 もう少し稼げればと思うが、今のやり方を変えるつもりはない。

 ころころ変えるとか、男らしくないだろ?

 

「ウナギ弁当ねぇ……ほとんど寝てるんだから、そんな高級弁当、勿体なくね?」


 深い溜め息とともに愚痴を零す。

 握り締めていたせいでくしゃくしゃになったメモをポケットから取りだして、店の名前と弁当の名称を確認する。


「レシート持って帰らなきゃ、値段をごまかせるから、一番安い弁当を買っていけばいいよな。んーウナギは嫌いじゃねーから、俺の分だけ一番お高い奴にするってーのもありか……」


 三十年以上使っているぺらっぺらの財布の中には、一万円が入っている。

 一番お高い弁当は三千円。

 両親の分を千円の弁当にすれば、五千円は自分の懐に入れられるのだ。

 

「五千円で何買うかなぁ。ここのところ、エロゲーの配信ばっかやってたから、ホラーの名作をまとめ買いでもすっか? や、ホラーなエロゲもいいか? 確か最近出たばかりでレビューが高いホラーエロゲは、配信してる奴が少ないって話だったから、それをやるのもいいか……」


 腕を組みぶつぶつと独り言を呟きながら歩く。

 途中で、じじぃオタクきもっ! という声がするので振り返る。

 ビッチ育成高校と蔑まれる女子校の制服を着た二人組だった。

 暴言の仕返しに、じっくりと視姦してやる。

 どちらもブスだったが、一人は巨乳、一人は貧乳だった。

 貧乳を凝視しながら、鼻で笑ってやる。

 その程度で涙目になるくらいなら、喧嘩なぞ売らなければいいのだ。

 巨乳は俺に対して怒るよりも、貧乳を慰めにかかった。

 け!

 美少女ならまだしも、ブスの友情ごっことか、百合厨も揃って首を振るだろうよ。


「……美少女になってから出直してこいや」


 ブスたちに聞こえる程度の音量で貶めて溜飲を下げてから、駅ビルに足を踏み入れる。


「あぁ?」


 駅ビルに来たのは三年ぶりだ。

 ちょうど動画配信者になると決めた日に、喜んだ両親が美味いものを買ってこいと金をくれたので、来た日以来だと思う。


「三年ぶりでも、こんな改装はねぇだろうがよぉ……」


 目の前に広がる光景に愕然とする。

 そこにあったのは腐臭漂う明るい廃墟。

 そう、明るい廃墟だ。

 自分の知る駅ビルと変わらない明るさのため、廃墟の隅々までをも見渡せる。

 人間の姿はどこにもなかった。

 代わりにゾンビを含めた異形の者が跋扈していたのだ。


「んだ、こりゃ……もしかして、あれか? 最近流行はやりの異世界転移ってやつか! 確かダンジョン転移ってのもあったよなぁ。そんな感じか! おいおいおい!  こりゃ、実況するしかねーだろ! 夢の億万長者生活待ったなしってか!」


 アプリゲームのためにスマホは持っている。

 汗ばむ掌をズボンで拭ってから、胸ポケットにしまっていたスマホを取り出した。


「はぁ? 圏外! 嘘だろ……生配信ができねーじゃねぇか!」


 駅ビルの中で電波が通じないとかあり得ない。

これも駅ビルがダンジョン化した弊害なのだろうか。


「あー? くっそ! ダンジョンに入ったら、何を確認すんだったか?」


 過去にプレイしたダンジョン攻略ゲームを思い起こす。


 明かり。

 ……十分明るいので不要だろう。

 松明系でもあれば、武器としても使えそうだが。


 地図。

 ……『駅ビルダンジョンへようこそ!』と書かれた大きな案内掲示板の下に、ぼろぼろの地図があった。

 残念ながら紙の地図だ。

 駅ビルダンジョンフロアマップと書かれていたので入手する。

 フロアマップなら無料だろう。

 地図の隣にあった、小銭が入ったボックスの存在は、そもそも見なかったことにしておく。


 武器。

 ……さっと見回しても武器になりそうなものはない。

 廃墟なら鉄パイプの一つも落ちていそうなものだが。


 食料及び飲み物。

 ……武器と同じく、見当たらない。


「武器も食料もねぇと動くのが怖いぜ、ったく。明るいし地図があるからましなのか? んあ? おお! 随分と詳細な地図じゃねぇか!」


 ボロボロの紙に書かれた地図は、取り扱いに注意しないとすぐに破れそうではあったが、実に詳細な地図だったのだ。

 罠や宝箱、店……武器屋、防具屋、雑貨屋、弁当屋、薬屋などが書き込まれている。

 

「一万円で何が買えるんだ? ってーか、そもそも日本円は使えるのかよ? 先に宝箱を回収して、売却で現金を手に入れるか……しかし……くっせぇなぁ、防臭マスクとか、防具屋で売ってっかな?」


 宝箱回収に行くか、防臭マスクの確認に行くか迷い、宝箱の誘惑に負ける。


「これはこれで一攫千金かもしれねぇしな。他の奴に先を越されるとか嫌だしな」


 覚悟を決めてダンジョンの中を歩く。

 罠表示がないにも拘わらず、沼のようなものに足を取られそうになった。

 スニーカー万能説は嘘だったな! と毒づいて、先ほどよりは慎重に足を運んだ。

 ねちゃねちょという不気味な音がスニーカーの中からするのを、全力でスルーしながら一個目の宝箱にたどり着いた。


「宝箱に罠とか鉄板だけどなぁ……」


 即死の罠とか勘弁してほしい。


 宝箱の前で長い時間悩んで、最後まで迷いながらも決断する。

 近くに転がっていた棒で、宝箱の錠前部分を軽く突いた。

 ぼん! と音がして、棒の先端が吹っ飛んだ。

 爆風で上半身がのけぞる。

 怪我は負わなかった。


「ぼ、棒を使って良かったぜ……」


 バクバクする心臓が落ち着くまで、しばらく深呼吸を繰り返す。

 宝箱からは白い煙が上っていたので、それがなくなるまで辛抱強く待った。


「お。防臭マスクとか、すげぇなぁ、おい!」


 何と、宝箱には防臭マスクが入っていた。

 悪臭を完全遮断するらしい。

 極々普通のマスクにしか見えないのだが、性能はなかなか異世界っぽいのに感動する。

 実際一緒に入っていた説明書に従って装備をすれば、悪臭が全くしなくなって驚いた。


「ん? 待てよ……そうだ! 生配信ができなくても、動画撮影ができんだから、あとで配信できるじゃねぇか!」


 何故そこに思い至れなかったのかと舌打ちをしながら、再度スマホを取り出す。

 試しに、防臭マスクをしている様子を自撮りした。


「えーと……これが駅ビルダンジョンで初めて入手したアイテムだぜ! 見た目の割にすげぇ性能なんだ。これ、説明書な!」


 一緒に入っていた説明書を映して、その内容も読んでおく。

 これだけじゃあ、ネタ扱いされて終わりだから、近藤は丁寧に周囲を撮影した。

 勿論ズームで凶暴そうなモンスターを撮るのだって忘れない。

 都度の説明はゲーム知識を駆使して、大げさなくらいに煽った。


「……ってな感じだ。すげぇよな。異世界転移? もしかして駅ビルがダンジョン化しただけなのかもな! その辺は好きなだけ検証してくれ……ってことで、引き続き探索していくぜ!」


 ここで一旦撮影を切る。

 最初から見直せば、ちゃんと撮れていた。

 自室でのゲーム生配信はよくやっているが、外で動画を撮るのは初めてだ。

 初めてにしてはまぁ……よく撮れているだろう。

 多少画像が悪かろうと、ぶれていようと、や、いるからこそ、リアリティがでるのだ!


「すげぇよ! マジ、すげぇよ! これで俺も動画配信者トップランカーの仲間入りだぜ!」


 ここまで興奮したのは何年ぶりだろう。

 これで勝ち組の仲間入りだ!

 遅咲きの桜だろうが、咲かない輩に何を言われたって痛くも痒くもない。

 悪役めいた高笑いをして、慌てて口を噤む。

 きょろきょろと周囲を見回しても、高笑いには反応しないようだ。

 攻撃的なモンスターでないのは有り難い。

 ゆっくりと殲滅に向けた戦略を練れる。

 

 鼻息も荒く丁寧な撮影をしながら、二つ目の宝箱へと進む。

 宝箱は五個ほどあった。

 当然全部開けるつもりだ。

 新しい棒きれも用意してある。

 安全を考えて先ほどよりも、太く長い棒きれを吟味した。


「これが二つ目の宝箱だぜ! 前回はトラップがあって驚かされたけど、華麗に回避した結果、あのすげぇアイテムをゲットできたってわけだ。今度も、十分注意してっと……」


 間抜けなへっぴり腰で、腕を伸ばしきって長い棒きれの先端を錠前へ触れさせる。

 かちっと音がして簡単に開いた。

 先ほどの爆発の様子を撮影できなかったことを悔やみながらも、中身を確認した。


「ふぉおおおおお! マジか! すげぇ! 見ろよこれ! あれだよな! ほら、アレだよ!」


 リアルでは初めて見たが、ゲームでは見知っていたので、特定ができた。

宝箱の蓋を閉じると、その中身を蓋の上に載せる。

 よくわかるように、あらゆる角度から撮った。

 

 ゾンビが蔓延したときに一番有効な武器として上げられる、携帯用の火炎放射器が入っていたのだ。


「うぉ! 腰が抜けそうなほど、重いぜ! だが、ゾンビ戦にこれ以上の武器はないだろうから、装備しておくぞ!」


 不格好に装備をする。

 説明書があって良かった。

 そうでなかったら装着は難しかったかもしれない。


「重量軽減とか、かかってりゃいいのになぁ」


 溜め息を吐く近藤の目に映っている、最高武器である携帯用の火炎放射器はしかし。

 他者から見れば子供用のおもちゃにしか見えない。

 腰が抜けそうだ! と喚く近藤の様子も、大げさに演技をしているようにしか映ってはいなかった。


「まさか、リアルゾンビ戦をチート装備でできるとか、思わなかったぜ! くぅ! 俺、やっぱ、ついてるよな!」


 スマホに向かって決めポーズをしておく。

 ちょい悪親父の魅力が炸裂だろう。

 顔出ししない動画配信では、若者に親しみを持たせるために、若者向けのしゃべり口調を心がけている。

 ちょい悪親父が若者の口を使うのもまた、ギャップ萌になるはずだ。

 今回の動画配信で、若い女性のファンが増えるかもしれない。

 結婚は面倒だと考えてこなかったが、十代の可愛い子が連絡を寄越したら、前向きに検討してやってもいいと思えてきた。

 ファンなら、喜んで近藤の恋人にも妻にもなるだろう。


 誰が見ても通報しそうな表情を撮影しているのをすっかり忘れている近藤が、重そうに火炎放射器を持ち直す。


 若くて可愛い子には、格好良いところを見せる必要があるだろう。

 情け容赦なくゾンビが駆逐されるシーンには、同世代の男性だってすかっとした気分になるに違いない。

 

「お、汚物は消毒だぁぁああああ!」


 近藤は雄叫びを上げながら火炎放射器のスイッチを入れる。

 手元にあるスイッチを入れれば、最大火力が一定時間放射される簡単仕様だ。

 

「ぎゃあああああああ! あ! あ?」


 しかし、いきなりの最大火力はやり過ぎだった。

説明書にも大きな赤字で書いてあった注意事項を、近藤は、映えねぇよ! という間抜けな理由で無視してしまったのだ。


 初心者は、必ず、最小火力に調節してから使用しましょう!!


 説明書にはそう書いてあった。

 

 火炎放射器の装備にすら戸惑った近藤に、最大火力の火炎放射器を使いこなせるはずもないのだ。

 放出された最大火力の暴炎に負けた近藤の体は、勢いよく吹き飛ばされてしまう。

 そして、壁面に沿って彷徨っていたゾンビに激突した。

ゾンビがクッションになって、衝撃は幾分か軽減される。

 当たってしまったのは不可抗力だ。

 事故だ。

 けれど、ゾンビには故意か偶然かの判断はつかない。

 ついても意味ないのかもしれない。

 

 当たった衝撃で胴体から離れてしまったゾンビの首が、近藤の顔面に落下した。

 べちゃり、と音がしたのと、マスクにゾンビの体液がしみ出し始めたのは同時だった。

 がむしゃらに手を動かして、顔中に染みついてしまっているゾンビの体液と肉片をマスクごと排除する。


 ほっとする時間などなかった。

 

 ぶり返した悪臭に顰めて細くなった視界の隅。

 ゾンビやそれ以外の異形の者がゆっくり、ゆっくりとこちらに向かって歩み出す姿が映り込む。


 先ほどの事故が、攻撃認定されてしまったのだ!


 近藤は立ち上がって逃げようとしたが、転んだ。

 踏ん張りが利かないのは、沼のような何かに足を取られて、未だに靴の中がぬかるんで力が入らないからだろう。

 移動ができないなら、この場で応戦するしかない。

 背負ったままの火炎放射器は健在だ。

 ぶつかった衝撃でどこか壊れてしまった可能性もあるが、故障を調べる手段はなかった。


「まぁ……こういう場合は? 上手くいくって、相場は決まっているからな。主人公はこんな情けない退場なんかしねぇし? 最悪……死んでもダンジョンならリセットされて生き返れるだろうしな……主人公、なめてんじゃねぇっ!」


 近藤は火炎放射器のスイッチを入れる。

 全く学習していない、最大火力で。


 今度は天井まで体が吹っ飛んだ。

 鼻がひしゃげた気配がする。

 痛い。

 でも悪臭がしなくなったのは、悪くない。


 体が床に落下する。

 背負っていた火炎放射器を支えているベルトが千切れた勢いで、もう一度大きくバウンドした体は今度こそ床に転がった。


「くそ……いてぇ、マジ痛ぇわ……あー。痛みがあるとか、リアルだよなぁ。くっそ、俺の勇姿が。あ? でもこういうやられ系も需要があんのか? むしろ、こっちの方が再生数が上がるとか!」


 痛みと迫りくるゾンビの群れに、近藤の思考は現実逃避を始めている。


「勝ち組人生が目の前にあるってーのに、いてぇなぁ……ダンジョン転移って、神様に事前説明されないタイプでも、ちゃんと生き返れるんだよ……な?」


 一抹の不安が頭をよぎる。

 不幸中の幸いか、それ以上は考えないですんだ。

 

 ゾンビが近藤の体を喰らい始めたからだ。


「うぇ! きも! うじとか、かんべん! おい、くうな! おれの、からだを、くうなよ! これいじょう、くったら、しんじまうじゃ、ねぇか……」


 生き返るとわかっていても、痛いものは痛い。

 何体か数えられないほどのゾンビにたかられて、死にたくない、早く終われ、と相反する懇願を必死にする近藤の耳に、機械的な音声が届いた。


『大変残念ではございますが、ダンジョン攻略に、失敗いたしました。バッドエンドには罰則が科せられます……』

 

 どうやらバッドエンドにたどり着いてしまったらしい。 

 さらには罰則もあるという。

 バッドエンドの先に設定された罰則なら、一筋の光ぐらいは差すかもしれないと微かな希望を抱く。


 しかし罰則を聞き届けるまで、近藤は意識を保てなかった。


 このダンジョンにはリセットがないのだと、生き返らないのだと、このまま死ぬのだと。 知らないまま死んだのが唯一の、救いだったのかもしれない。



『勇夫は一体、なにをしたかったんでしょうかねぇ、お父さん』


『わしにもわからんよ、母さん』


 遺品として警察から手渡されたスマホには、息子が駅ビルでマスクと巨大水鉄砲を盗み、水鉄砲を人や商品に乱射して、その水で滑って転んで頭を打って死亡するまでの動画が残されていた。


 育て方を間違ってしまったのか、引き籠もりの果てに狂乱した挙げ句、事故死してしまった一人息子を不憫に思うのと同時に。

 これ以上負担をかけられないですむ残り少ない未来を、夫婦二人で心穏やかに過ごせるのだと、仄かな喜びを抱いた。



 ゲーム実況は視聴専門ですが、大好きです。

 投稿完了したら大好きな実況者さんの新作動画見るんだ……。


 次回は、メリーバッドエンド。です。

 バッドほどではないですが、ダークな感じになってます。


 お読み頂いてありがとうございました。

 次回も引き続き宜しくお願いいたします。 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ