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ハッピーエンド。

 ハッピーエンドの主人公は五歳の幼稚園児。

 可愛らしく聞き上手な、おっとりした愛され系幼女。

 女郎蜘蛛が大好きだったけど、とある一件で苦手になってしまった。

 猟奇、残酷描写は少なめとはいえ、普通に人が死んでいますし、ゾンビ他モンスターが出ます。

 また人の大きさの女郎蜘蛛他、大量の女郎蜘蛛が出てきますので、苦手な方はご注意ください。

 ほのぼの回。

 蜘蛛が苦手な方には、阿鼻叫喚かもしれない回になっています。

 

 



 パパとママと一緒に夏休みのおでかけ。

 おじいちゃんとおばあちゃんに会いにいく。

 パパのおじいちゃんとおばあちゃんの家の近くには海があって、ママのおじいちゃんとおばあちゃんの家の近くには山があるの。

 海水浴も森林浴もどっちも大好き。

 パパは日焼けが! ママは虫が! って嫌がるんだけどね。

 私はどっちも平気だもん。

 パパとママのおじいちゃんとおばあちゃんも大好き。

 皆優しくて、愛が行くと喜んでくれるの。


 だから、その日も楽しみだった。

 

 いつもは乗らないすっごく早い電車にのるために、大きな駅に行って。

 電車の中で食べるためのお弁当や飲み物やお菓子を、駅ビルのお店で買おうとして。

 左手はパパ、右手はママにぎゅってしてもらって、お店の中に入ったの。


 そしたらね。

 パパとママ、いなくなっちゃった。


「パパ、ママ、どこぉ?」


 きょろきょろ辺りを見回すと不思議な生き物がたくさんいた。

 駅ビルのお店って、こんなんだったっけ?


 愛は首を傾げながら、胸元で揺れている迷子札を握り締める。


「パパとママがまいごになっちゃったから。うん。こういうときは『まいごせんたー』で、およびだしをしてもらうんだ!」


 迷子センターに行って、お姉さんに迷子札を見せれば、パパとママをお呼び出ししてくれる。

 ママがそう教えてくれた。


「まいごせんたー、どこだろう?」


 入り口の近くによくあるよって、ママは言ってた。

 見つからなかったら受付のお姉さんに聞けばいいとも、言ってたかな?


 迷子札を握り締めながら受付を探す。

 その途中で、お気に入りの絵本に出ていた狼さんみたいな人に、頭を撫でられた。

 うけつけはどこですか? って聞こうと思ったら、突然ぐるぐるる! って凄いうなり声を上げて、走っていっちゃったから、聞けなかった。

 頭を撫でてくれるときは凄く優しいお顔だったのに、うなり声は怖かったし、そのときのお顔も牙剥き出しで怖かった。

 その場でぶるぶる震えていたら、頭の上から何か音がした。


「くみよぉおおおおおおおお!」


 頭上から愛を見下ろしていたのは蜘蛛だった。

 それも愛が一番苦手な女郎蜘蛛だった。

 しかも愛が知っている女郎蜘蛛の、何十倍もある大きさだったのだ。

 パパよりもおっきい女郎蜘蛛が、愛を見下ろしていた。


「ごめんにゃさーい!」


 綺麗で大好きだった女郎蜘蛛が苦手になったのは、山で迷子になったとき、女郎蜘蛛に囲まれてしまったからだ。

 ママのおじいちゃんに、女郎蜘蛛が道案内してくれたんじゃなぁ、感謝せんといかんぞ? って、よしよししてもらったけど、怖かった。

 女郎蜘蛛が良い生き物だって、教えてもらっても、怖いままだった。


 だって、我に返ったときには、頭の上にもおなかの横にも足元にも蜘蛛がいたのだ。

 十匹以上はいたのだと思う。

 巣の上で御飯を食べていたり、喧嘩もしていたりしたけど、愛がそこに足を踏み入れたら、皆が愛を見た気がした。

 びっくりして蜘蛛のおうちを、いっぱい壊しちゃったんだ。

 

 愛が蜘蛛のおうちを壊しちゃったから、頭の上にもおなかの横にも蜘蛛がくっついていたって、ママのおばあちゃんに教えてもらったら、余計に怖くなった。

 誰だって、いきなりおうちを壊されたら困るでしょう?


 それなのに、愛は逃げちゃったんだ。

 ごめんなさいもしないで、逃げちゃった。

 だから蜘蛛が苦手になった。

 酷いことをしたのに、すぐごめんなさいできなかったから。

 嫌われちゃったかもしれないと思ったら、悲しかったから。


「ごめ、ごめんにゃさーい! もう、しません! おうち、こわしません!」


 だから謝った。

 女郎蜘蛛に会ったときには、必ず謝った。

 幼稚園のお友達に、愛ちゃん、へーん! って言われたけど、気にせずに謝った。

 だって、もう謝らなくてもいいよって、まだ言われてないから。

 許してあげるねって、頭を撫でてもらっていないから。


「……おうち、こわしちゃったの?」


 大きな女郎蜘蛛はお話ができるようだ。

 しかも幼稚園の雅子先生みたいな、優しい声だった。


「やまでまいごになっちゃって! きがついたら、こわしてたの! いっぱいじょろうぐもさんがいて、おどろいて、こわしちゃったのに、ごめんなさい、できなかったの!」


「わざと壊したのではないの?」


「ひとのおうちをこわすのは、わるいことでしょう?」


「……そうね。普通は悪いことね。でも人は、私たちの家を壊したがるものよ」


「そうなの? あいのおうちは、パパもママも、おじいちゃんもおばあちゃんも、くもは『えきちゅう』だから、なかよくしなさいね、っていうのよ?」


「そういう教育をなされるおうちなのね……なるほど、私が選ばれるわけだわ……」


「おねえさん?」


 初めて女性に会ったら、何歳に見えても、最初はお姉さんって、言うんだよ! って、パパが教えてくれたから、その通りにする。


「ふふふ。お姉さんって、言ってくれるのね? 親御さんが良い教育をなされているのが、よくわかるわ」


 お姉さんは、愛の頭を撫でてくれた。

 女郎蜘蛛の足先は、ぎざぎざしているのかな? って思ったけど、ふわふわした短い毛がいっぱい生えていて、気持ち良かった。


「もしかして、迷子になっちゃったのかしら?」


「はい! パパとママがまいごになっちゃったので、およびだしをしてほしいのです!」


「く! ふふ。パパとママが、迷子ね。ふふふ。じゃあ、迷子センターに行って、お呼び出しをしてもらいましょうね。連れて行ってあげるわ」


「おねえさんは、えきびるのおみせのひとですか?」


「そうよ。正確にはお店に雇われている警備員さん……かしらね?」


 お姉さんが手を差し伸べてくれたので、ぎゅっと握る。

 掌が毛でこしょこしょされるので、ちょっとだけ擽ったい。


「手を握るのは、怖いかしら?」


「こしょこしょして、くすぐったいです」


「……大きい女郎蜘蛛は怖くないの?」


「おねえさんはやさしいから、こわくないよ!」


「女郎蜘蛛って気持ち悪くないかしら。見た目が怖いってよく言われるのよ?」


 そう主張するので、愛は女郎蜘蛛をじっと観察する。

 山で出会って以降、すぐに謝ってばかりだったので、小さな女郎蜘蛛たちの観察はできていない。

 図鑑で見たときは、格好良いと思った。

 黄色と赤と黒は淑女の配色なのです! って大好きな絵本に書いてあったから。


 お姉さんは、図鑑で観察した女郎蜘蛛よりも、格好良かった。

 慈悲深い女王様って感じがする。

 あとは、目がいい。

 たくさんある目が、愛を優しい眼差しでじっと見つめてくれる。

 パパやママ、おじいちゃんやおばあちゃんが愛を見る目と一緒だ。


「じょおうさまみたいで、かっこいい! あと、おめめがやさしくて、すき!」


 愛が手を挙げながら言えば、お姉さんの目がくるるるっと動いた。

 万華鏡をぐるぐる回したときみたいに、きらきら光っていてすごく綺麗だった。


「……そんな素敵な言葉をもらえたのは初めてよ。ありがとう」


 とっても嬉しそうだったので、愛も嬉しくなった。

 しかもお姉さんは、頭も撫でてくれたのだ!

 もしかしたらお姉さんは、愛がおうちをこわしちゃったことも、許してくれるだろうか……。


「さぁ、迷子センターへ行きましょうね……と、その前におトイレに行って、綺麗にしてから、新しいパンツを穿きましょうか」


「あ! ごめんなさい!」


 指摘されて思い出した。

 お姉さんに会ったとき、びっくりしてお漏らしをしてしまったのだ。

 太ももがびしゃびしゃしている気持ち悪さがこみ上げてくる。


「いいのよ。私が驚かせてしまったのが悪いもの。ごめんなさいね? お詫びに素敵なパンツをプレゼントするわ」


 幼稚園にはお漏らししたとき用にパンツが常備されている。

 迷子センターにも常備されているのかもしれない。


「ありがとうございます!」


 可愛いパンツがあればいいなー、選べるといいなーと思いながら、お姉さんに手を引かれてトイレへと向かう。


 向かう途中にも、不思議な生き物をたくさん見たし、初めての経験をたくさんした。


 鯨によく似た人が、いい匂いのする食べ物をくれたので、お姉さんを見上げれば、試食だからいただくといいわ、と言ってもらえたので、食べた。

 凄く美味しかったので、そう言ったら、大きなひれで頭を撫でられた。


 スライムみたいに、うにょうにょしたものが近づいてきたとき、お姉さんはしゅるるんと蜘蛛の糸を出して、愛の体を天井近くまで持ち上げた。

 パパがしてくれる高い高いよりも高くて、思わず拍手して喜んでしまった。


 床だと思って踏んだら、底なし沼だったみたいでびっくりして固まっていたら、お姉さんが蜘蛛の糸で素早く引き上げてくれた。


 何か丸いものがぽぽぽーんて飛んで、真っ赤な雨が降ってきたときは、蜘蛛の糸で作った傘で、雨を弾いてくれた。


「いつものえきびるじゃなくて、びっくりしたの!」


「そうね。今日は特別ね。今だけだから、安心してね」


「そうなの? くじらさんがくれた、ししょくひんがおいしかったから、パパやママにも、たべさせてあげたかったんだけどなぁ。おじいちゃんやおばあちゃんの、おみやげにもしたかったんだけどなぁ……」


「ふふ。そんなに気に入ったのなら、パパやママに会えたとき、買えるように手配しておきましょうね」


「うわー! うれしい! ありがとう、おねえさん! だいすき!」


 私はお姉さんにぎゅっと抱きついた。

 お花の良い香りがして、つい鼻をくんくんしてしまった。


 トイレにつくと、お姉さんがパンツを脱がしてくれた。

 ふわふわのタオルで、愛の下半身を丁寧に拭いてくれる。

 ワンピースも汚れたからって、脱がせて、お洗濯もしてくれた。


「すごい! !すごぉい!」


 お姉さんのお洗濯は面白かった。

 四本のお手々でもしゃもしゃもしゃって、パンツとワンピースを洗って、頭の上でぐるぐる回して乾燥までしてしまったのだ。


「さぁ、パンツはこれよ」


「か、かわいい!」


 前にはふわふわのリボンがついていた。

 ママが、これは本物のファーなのよ!

 フェイクじゃないのよ!

 と興奮しながら触らせてくれたファーに、感触が似ていた。

 

 後ろには刺繍がしてあった。

 真っ白でもこもこした蜘蛛の刺繍だった。

 赤い瞳はルビーみたいに綺麗で、全身を覆うふわふわの毛はファーと同じくらいに気持ちよさそうだった。

 触ってみる。

 やっぱり、ファーと同じようにふわふわで気持ちいい。


「可愛いでしょう? この蜘蛛は私の旦那様をイメージした刺繍なの。我ながらそっくりに縫えたわねぇ」


「だ、だんなさま!」


 女郎蜘蛛の生態は図鑑を読んだので知っている。

 確か旦那様は生殖が終わると食べられてしまうのだ。

 この女郎蜘蛛にはとても見えない、可愛いふわもこした蜘蛛も、食べられてしまったのだろうか。


「ああ、大丈夫よ。図鑑に載っている女郎蜘蛛や貴女が会った女郎蜘蛛と私や旦那様の生態は違うの。旦那様はこの駅ビルにはいないけれど、元気にしているわ。私たちとっても仲良しなのよ?」


 愛が悲しい顔をしていたせいだろうか。

 お姉さんはどこまでも優しく説明をしてくれた。


「だって、貴女の知っている女郎蜘蛛は、こんなふうにお話もできないでしょう?」


「……うん。おねえさんがだいすきな、だんなさまが、げんきでよかったの」


「ありがとう。女郎蜘蛛の生態はなかなかに業が深いものねぇ……それでも女郎蜘蛛が旦那様を心から愛しているのは変わらないのよ? けれど、人が同感できないのは仕方ないことだわ。だから貴女も、気にしないでいいの」


 お姉さんは愛がパンツを穿くのを手伝ってくれながら、何度も頭を撫でてくれた。

 こんなに優しい女郎蜘蛛なら、言ってもいいかもしれない。

 お願いしてもいいかもしれない。

 こんな機会はきっと、二度とはないのだから。


「あのね、おねぇさん」


「ん? 何かしら」


「わたし、ね。じょろうぐもさんたちのおうち、たくさんこわしちゃったとき、すぐにごめんなさいができなかったの。そ、それでね! それからじょろうぐもさんにあったら、かならずごめんなさいするようにしてたんだけど……ゆるして、もらえるかなぁ?」


 親友だった明莉あかりちゃんは、何度謝っても無駄だって呆れていた。

 同じ個体じゃないのだから意味のない謝罪だって、唇を尖らせながら教えてくれた。

 

 『それにさぁ、くもにごめんなさいとか、あたまおかしいこって、おもわれちゃうよ?』


 そう言われたときは、大泣きしてしまったのだ。


 悪いことをしたら謝るのは絶対なのに。

 どうして、頭がおかしいとまで言われなければならないのか。

 許してもらいたいと思うのが、そこまで変なことなのか。

 永遠に許されないほど、悪いことだったのか。

 だから、大切だった友達にまで、傷つけることを言われるのか。


 泣きやまない愛を、おかしいよ、あいちゃん! と突き飛ばした明莉とは、その日から親友ではなくなった。

 友人でもなくなった。

 傷跡が残らなかったからとはいえ、愛が顔に怪我をしてしまったからだ。

 しかも明莉が謝罪をせず、おかしい愛が悪いと更に責めたててしまった結果だ。


 愛は女郎蜘蛛に挨拶する以外は、全く以て一般的な幼児で、外見の愛らしさと穏やかな性質で幼稚園内では、皆から好かれていた。

 逆に明莉は外見こそ愛らしいものの、可愛い私は何をしてもいいの! が口癖の、大変わがままな幼児だったので、幼稚園の皆からは嫌われていた。

 ゆえに。

 この事件が問題となって、明莉は退園を余儀なくされてしまったのだ。

 幼稚園の幼児や先生は、他人に迷惑をかける明莉の退園を歓迎していたが、愛だけは自分のせいで明莉が幼稚園をやめさせられてしまったのだと酷く落ち込み、それが今までトラウマとなっていた。


 女郎蜘蛛は特殊能力を使って、涙を零しながらワンピースを握り締める愛の記憶を読み取る。

 そうして四本の手で、そっと愛を抱き上げた。


「勿論許しますよ。愛ちゃんは、ちゃんとごめんなさいができる、優しくて良い子だもの。実はね? 私は全ての女郎蜘蛛を束ねる女王なの。だから被害を受けた子がわかるし、愛ちゃんがいっぱい謝っていたことも伝えられるから……今、伝えたから」


「え? えぇ!」


「そんなに気にしていると思わなかった。こちらこそびっくりさせちゃってごめんね? 家を壊したことは許すから、驚かしちゃったことも許してね……ですって」


「え! えぇええ!」


 見開かれた愛の目には、愛を見つめるたくさんの優しい眼差しが映り込んだ。


「愛ちゃんみたいに良い子は貴重だわ。女郎蜘蛛はみんな愛ちゃんが大好きよ。これからは『ごめんなさい』の代わりに『こんにちは』をしてくれたら、嬉しいわ」


「お、おねぇさん、ありがとう! ゆるしてもらえて、あいすごくうれしい! これからは、じょろうぐもさんたちに、いっぱい『こんにちは』をするね!」


 嬉しい。

 すごく嬉しい。

 許してもらえた。

 私は、ようやく、許してもらえたのだ!

 

 女郎蜘蛛に対する苦手意識はきれいさっぱり払拭されて、巣を壊す前のように、どこまでも純粋に好意が寄せられるようになった。


「さぁ、迷子センターに行きましょうか。御両親を呼び出してもらいましょうね」


「うん! よろしくおねがいします!」


 喜びに満ち溢れた笑顔の愛を、女郎蜘蛛は飽きもせずに撫でる。

 そのまま会話ができる位置に、しっかりと抱き直した。


「御両親にはお土産の話もちゃんとしておくから、安心してね」


「はい。ありがとうございます」


 愛の心はいつになく軽かった。

 御機嫌に鼻歌を歌うと、女郎蜘蛛もあわせてくれる。

 二人はにこにこしながら、迷子センターで両親の訪れを待った。


「あ! わたし、こんなにおせわになったのに、じこしょうかいをしていませんでした! えーと、わたしのなまえは、つきしまあいです。あさひようちえんの、さくらぐみです。ごさいです!」


 いつの間にか愛と名前を呼ばれている点を不審には思わず、しかし優しい相手の名前を知りたいという欲求がそのまま言葉になった。

 

「はい、元気な自己紹介をありがとう。わたしは女郎蜘蛛を統べる女王。名前はクリスティーネ。愛しい旦那様はクリスって呼んでくれるのよ」


「じょおうさまのなまえです! やっぱりかっこういいです。えーと? ひんがいい、です!」


「ありがとう。愛ちゃんも、その性格の良さが滲み出ている素敵なお名前ね」


 お姉さんが用意してくれた不思議な形の美味しいお菓子とジュースを楽しみながら、ふだんは聞き手に回ることが多い愛も、常にないほど自ら息つく暇もなく話をする。

 お姉さんは大変聞き上手だったのだ。


「あら……愛ちゃん? ふふふ、おねむのお時間かしらね。本当に、何て可愛らしいのかしら……こんなに可愛いのなら、きっと。私の旦那様も愛せるはず。殺さずに愛せるはず……このまま、連れて行ってしまおうかしら? 永遠にこの駅ビルダンジョンで、親子として生活していこうかしら……」


 美味しいお菓子を食べ、何時もの何倍ものおしゃべりをした愛はすっかり疲れてしまい、女郎蜘蛛の腕の中でこっくりこっくりと居眠りを始める。


「……まぁ、こんなに無防備に私に身を任せてくれるなんて! どこまで私を癒やしてくれるのかしら。ねぇ、愛ちゃん。私たちの子供になってくれる? 旦那様と私をパパママって言って、慕ってくれる?」


 大好きで、いてくれる?


 眠りに落ちそうな愛の耳には、その言葉だけが届く。


「おねえさんは、だいすき! おねえさんのだんなさまも、おねえさんのだいすきなひとだから、だいすき! パパとママも、おじいちゃんとおばあちゃんも、だいすきなのよ……」


 とても切なそうな声だったので愛は眠気に抗いつつ、どうにか言葉を紡いだ。


「だいすきって、言ってくれるのね? パパママやおじいいちゃんおばあちゃんと同じように、大好きって、言ってくれるのね? ありがとう、愛ちゃん。こんなにも優しい子を、御両親から奪うのは、駄目ね。旦那様にも怒られてしまうわね……愛ちゃん。これからもどうか、女郎蜘蛛たちを愛してあげてね……」


 うん。

 じょろうぐもさんは、だいすきだよ。

 つぎにあったら、ちゃんと、こんにちは! っていうのよ……。


 駅ビルダンジョンが生まれてから決して短くはない時間の中で。

 常に人を殺した数でトップ三に入り続ける、凶悪蜘蛛人(くもびと)ネームドモンスター・クリスティーネの腕の中、愛は無邪気な笑顔を浮かべて深い眠りに落ちていった。



「愛ちゃん、そろそろお昼にしようか?」


「うにゅ?」


 目を擦るっていると、パパの膝の上へと乗せられる。

 

「ほら、おいしそうでしょう? おじいちゃんとおばあちゃんにもお土産に買ったのよ。一足先に味見をしましょうね」


 蜜柑ジュースを一口飲んで、目を大きく開く。

 愛の目の前には、鯨が可愛らしくデフォルメされたイラストが描かれた弁当が置かれている。


「愛は、ハンバーガーがいいかな? さぁ、がぷっと齧りつくんだぞ」


 パパに言われたとおり齧りつく。

 ほっぺたがおちそうになるほど、美味しい。


「鯨をハンバーガーにするとか考えられなかったわよね。はい、愛ちゃん、こっちは和風バーガーですって」


 ママが一口サイズにちぎった和風鯨バーガーを、口の中へ入れてくれる。

 お醤油の味が香ばしくて美味しかった。


「しかし愛が、これ食べたい! すっごく美味しいのよ! って鯨専門店に走っていったときは驚いたなぁ……」


「そうよね。おじいちゃんとおばあちゃんにも食べさせたいって言ったら、お店の方が満面の笑みを浮かべて、いろいろと私たちが知らない美味しそうな品を出してきてくれたけど……どこで食べたのかしらね、愛は」


「父さん母さんが小さい頃は鯨も普通に食べられたっていうからなぁ。そんな話を聞いて、愛も食べた気になったんじゃないのか? ちょ、愛!」


 ハンバーガーが床に落ちそうになったので拾おうとしたら、パパの膝から滑り落ちそうになった。

 パパが必死に支えてくれる。


「あ、あれ? 愛、こんなパンツ持ってたか?」


「蜘蛛? かしらね。もっふもふで凄く可愛らしくデフォルメされているけど……」


「親父かお袋が買ってやったのかもしれねーなぁ。さすがに女郎蜘蛛のパンツはねぇだろうしなぁ」


「あったら洗うとき、悲鳴を上げそうよ、私」


「俺にも無理だな。愛は喜びそうだけど」


 ハンバーガーに夢中になっている愛は、いろいろと言いたいことがあったが黙っておく。

 

「そういえば愛、さっき女郎蜘蛛にあったとき、挨拶してたよな!」


「そうね、謝罪じゃなかったわよね……愛の中で何か、決着がついたのかしら」


「今までは必死な感じがしたけど、さっきはすごく楽しそうだったからなぁ、良かったよ」


 パパがハンバーガーに夢中になっている愛の頭を撫でる。

 お姉さんよりもちょっと乱暴だ。


「って! どうしてこんなところにまでいるんだ、女郎蜘蛛!」


 愛の肩に女郎蜘蛛が乗っていたようだ。

 パパは愛が女郎蜘蛛が大好きなのを知っているので、乱暴に扱ったりはしない。

 女郎蜘蛛はそれを知っているのか、すすすーと愛の手の甲に降りてきて、大人しくしている。


「私は猫に好かれる体質だし、貴方は犬に好かれる体質じゃない? だから愛も女郎蜘蛛に好かれる体質なんでしょうね」


「もっとこう……可愛いものに好かれたら良かったのになぁ……」


「じょろうぐもは、くーるなじょおうさまなのよ! かっこいいんだから!」


「おぉ、悪かったよ。クールな女王様も……いいよな!」


「あなた? 何か違う意味を感じるんですけど?」


「お前の気のせいだろ。ちょ! 怒るなってば!」


 俗に言う痴話喧嘩を始めたパパとママを、愛は冷ややかな目で見つめる。

 手の甲に乗った女郎蜘蛛が、夫婦喧嘩は犬も食わないと言うのよ、仲がいい証拠だから黙って見ていましょうね、と教えてくれたので、愛は静かに頷いて、女郎蜘蛛と一緒に仲良く両親を見守った。


『ダンジョン攻略、おめでとうございました。エンディングはハッピーエンドです。つきましては報償として、女郎蜘蛛の加護が付与されます』  



 次回は、バッドエンド。になります。

 かなりアレな感じの主人公です。

 

 お読み頂いてありがとうございました。

 次回も引き続き宜しくお願いいたします。 

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