{QBAQHEXPDAQEN}X{Zhang Fang}:2020
張芳の俳優用の大型トレーラの中でスマートフォンの着信音が鳴った。読み合わせのために台本を読んでいた張芳はディスプレイを確認すると通話ボタンを押した。
「爸、なに?」
「彼らが来る」
その一言だけで電話は切れた。
「爸? ねぇ、ちょっと、爸?」
張芳はスマートフォンのディスプレイを眺めながら、返信しようかとも考えていた。
「だいたい、彼らって誰なのよ……」
「張芳さん、読み合わせ始めます」
スマートフォンと並べて置いていたスタッフ用無線機から、その声が聞こえた。
「今行きます」
無線機を手に取り、張芳は答えた。
読み合わせが終り、割当てられたトレーラーに帰ろうとした時だった。
「張芳さん、来客です。通しますか?」
アシスタントが声をかけて来た。
「誰かしら? 知ってる人?」
「あちらは張芳さんの知り合いだと言っているのですが。マハナさんと名乗っています。ご存知ですか?」
「マハナ? 聞いた憶えはないように思いますけど」
「言えばわかるとも」
「言えばわかると言われても……」
そう言うと、張芳は父からの電話を思い出した。
「断りますか?」
「マハナ…… 彼ら……」
「張芳さん?」
「ねぇ、マハナってポリネシアかミクロネシアの名前よね?」
「いやぁ、そこまでは知りませんが。たしかにそちら系の人のように見えましたね」
「わかったわ。トレーラーに通して下さい」
その言葉を聞くと、アシスタントは走って行った。
張芳はトレーラーに入り、考えていた。
「ポリネシアかミクロネシア系」
張芳はそれを手掛りに思い出そうとしていた。一つだけ思い当たることがないでもなかった。
「そっちで知り合いと言えば…… 5才か6才の頃、祖父と一緒だった気がする。爸はいたかしら? 今年は2020年だから、そこから20年。20年? あぁ!」
張芳はトレーラーを飛び出し、撮影場所の入口へと走った。
2, 3分後、アシスタントが来客を案内しているのが見えた。その人たちの一人が両手を広げた。
「張芳!」
「あなたがマハナね?」
二人は強くハグをした。
「まぁ、民族衣装で来るとは思っていなかったけど。キめてるじゃない」
その言葉を聞き、マハナたちは大きく笑った。
「島を出る時は民族衣装でしたよ。そういうしきたりですから。それに、スーツで小船を漕いで来るわけにもいきませんし」
「それはそうよね」張芳はアシスタンとに振り向いた。「ありがとう。たしかに知り合いです。マハナに会うのは始めてですけどね」
「うん、私たちが会うのは始めてだ」
「そうですか……」アシスタントは、いま一つ合点がいかないという顔をしていた。
「みんな、私のトレーラーに行きましょう。他に話ができる場所もないし」
マハナたちはうなずき、先導する張芳に着いて行った。
「本当に20年で来るのね。さっき、爸から電話があったのよ。爸に連絡したの?」
「あちらの仲間と連絡しあって、こちらから連絡を入れたんです。張家の方々は重要な情報源ですから」
マハナは懐からスマートフォンを取り出して見せた。
「情報源以外にもコネがあるのよね?」
「重要なコネがいくつか。小舟で漕ぎ出すのはしきたりですが、沖で大型船に乗船するのもコネの一つですね。それに、一つは張芳とも関係がありますね」
「あぁ、あそこね。ないと考える方が難しいわね」張芳は笑った。
「でしょう?」マハナたちも笑った。
「それはそうと、お腹は減ってない? 来客に食事を出さないのは失礼だし。とは言っても、ケータリングになってしまうけど」
「ケータリングでもかまいませんよ」
「ちょっと待ってね」張芳は無線機を握ると、トレーラーに料理と飲み物を持って来てくれるように頼んだ。「すぐに来ると思うわ」
「ありがとう。それにしても、張芳は私たちがスマートフォンを持っていることに驚かないんですね」
「なんで? あなたたちだって、島で石器時代の生活をしているわけじゃないでしょう?」
「そのとおりですが。張芳の前に会った方は驚かれていたので」
「失礼な人もいるものね」
「いやぁ、どうなんでしょう? 小舟で島を出るという知識だと、そう思われてもしかたないかもしれません」
「昔は、本当に小舟で海を渡ったのよね?」
「えぇ。ですけど、10代くらい前からですかね。大型船に乗り換えています。ですから、航路については、ただ知識として知っているだけですね」
トレーラーの入口のノックが聞こえた。張芳は入口を開け、次から次へと食べ物と飲み物をトレーラーの中に運び込んだ。
「さぁ、食べて」
「ありがとう。でも、その前に手合わせをお願いできますか?」マハナは、トレーラーの中にある棒を見ながら言った。「張偉から聞いています。張芳はこれまでの張家の方とは違うと」
「そう、聞いているのね」張芳の顔がすこしばかり曇った。「それなら、それほど良いものではないことも聞いているでしょう?」
「張芳、刃夫もただの武術で、武術はただの技術ですよ? あなたが、その使い方を間違っていないのであれば、なにを恥じることがあるでしょう?」
張芳はその言葉をしばらく考えた。
「そうかもしれない。でも、そうではないかもしれない」
「あなたには戸惑いが見える。その戸惑いは決っして悪いものではない。あなたが刃夫を使う時に必ず、その戸惑いが助けになるでしょう」
「マハナ、あなた何歳?」
「25ですよ」
「まったく……」張芳は頭を振った。「同じような歳の人に、そんなふうに悟されるとはね」
「助けになりましたか? だったらよかった」マハナは笑った。
「さて、それでは…… と、その前に」マハナはトレーラーに掛けられているウィング・スーツを指差した。「あれはなんですか?」
「あぁ、それね。ウィング・スーツなんだけど。クロマキー用に染色してあるのよ。撮影はまだ後だけど、高いビルの上からバンジー・ジャンプをして、途中でワイヤーを切り離すの。その後はウィング・スーツで湖に着水の予定」マハナの視線を確認すると、抽斗の中から実戦用のナックルを取り出しながら答えた。
「高いってどれくらいから?」
「1kmだったかな」
「それは高いですね。着水は大丈夫なんですか?」
「たぶんね。脚の間は切れるようになってるから。数十m、湖面を走ることになりそうだけど。さぁ、こっちは準備できたわ。あなたの得物は?」ナックルを手にはめると張芳は言った。
「なるほど。張芳の能力があってできることかもしれませんね」
「それも聞いているの?」
「はい、張偉から。ほんの少しだけは私の父から」
「それを知っての手合わせということでいいのね?」
「そうですね。これは棒術の杖ですか?」立て掛けてあった棒を握りながら訊ねた。
「それで決まりみたいね」
「はい。では、やりましょうか。みなは張芳が用意してくれた食事を食べながら、見ていてください」
二人はトレーラーの外に出ると、数mの距離を取って向い合った。