親友
それから二週間が経ち新学期を迎えた。新学年のクラス発表が体育館に張り出され、愛莉は自分の名前を探していると後ろから声をかけられた。
「またかよ。一年ぶりだな」
振り返ると近所の幼馴染、駆だった。
「え~!また~!」
愛莉は誰が見てもイヤそうな顔をして駆に向かって手で追い払うような仕草をした。
「うれしいくせに。俺がいないと何にもできないだろ?オマエは」
胸を張って指をさしながら駆が言った。
「えっ、そうなの?」
愛莉の後ろから声がした。そこには驚いた顔で親友の紀子が立っていた。
「もう本気にしないで紀子。コイツはいつもこんなくだらないことを言うの」
呆れた表情で愛莉が言った。
「おいおい照れるなよ・・・」
駆がそう言った時には、もうふたりとも歩き出していて駆の声など耳には入っていなかった。
残された駆は舌打ちをした。
「はじめてだね。同じクラス」
紀子が笑顔で言うと、満面の笑みで愛莉は答えた。
「ホント。よかったね」
二年間、愛莉と紀子は部活では一緒だったが、最後の一年を共に同じクラスで学ぶということに喜びを感じたのであった。教室で席順や今後のスケジュールが決められ、愛莉は窓側の一番後ろの席についた。
なんだか視線を感じたので、そっと右を向くと、駆がニコニコしている。
「つくづく思うけど、俺らって磁石みたいな感じだな」
きょとんと分からず、首を横に傾ける愛莉に、駆は窓の外を見ながら言った。
「昔から近所で結構近くにいるけど、近づき過ぎると、うっとうしくて離れる。けどこうやって忘れた頃に隣同士になったりする」
駆は言い終わると、愛莉の顔をいつになく真剣に見つめた。
「うまい!」
思わず愛莉は大きな声で言った。
「アンタいつから、そんなこと言うようになったの?成長したね。ただのサッカーばかだと思ってたけど・・・」
そう茶化しながら、愛莉は駆に向かって指をさしながら言った。だが、その延長上にこちらを向く紀子の無表情な顔が目に入ったとき、愛莉はなにか分からないが不思議な感覚がした。
チャイムが鳴り、愛莉はカバンを持って、廊下側の紀子のところへ向かった。
「紀子どうかした?」
「ううん、別に・・・」
明らかに、いつもと違った紀子の受け答えに愛莉は少し心配になった。そう、いつもそばにいる親友だからこそ感じることである。ふたりは黙ったまま部室へと向かった。
愛莉たち天文部の部室は教室と違う棟にあるので、一度外に出て渡り廊下を歩く。新学期を待ちわびた生徒たちは早くも、それぞれの部活のユニフォームを着て、グランドに向かって走っている。
何も話さず少し気まずい雰囲気で渡り廊下を歩いていると、後ろから笑い声とともにサッカーボールが転がってきた。
「よっ!桜貴スターズ」
おどけて駆が言った。
「なによ!それ?」
愛莉が眉をひそめて言い返した。
「だってオマエら桜貴学園の天文部だろ?尊敬をこめてスターズって言ってんだよ!」
「バカにして、行こう!紀子」
サッカーボールに脚を乗せ、腰に手をあてて、どうだと言わんばかりに誇る駆を無視して愛莉と紀子は歩き出した。
「久しぶりだな!北山」
振り返ると野上勇人がいた。野上とは一年生のとき同じクラスで、それ以来顔は合わすものの、声をかけられたのは久しぶりだった。
「ほんと、久しぶり。元気だった?」
「ああ、おかげさまでキャプテンになってからというものコーチから色々言われてし、部員たちから突かれるし、まるで中間管理職みたいだよ」
勇人のスマートな受け返しで、愛莉はさっきとは全く違う人のように微笑みを浮かべた。その様子を見ながら、駆と紀子は何か違和感を覚えたらしく、ヘンな空気が漂っているのがわかり、ふたりで、まるでヘタな劇団のような芝居をした。
「なんか、単身赴任から帰ってきた旦那を迎えるヨメみたいだな」
「ほんと、早くアナタに逢いたかった~みたいな」
すっかり元気になった様子の紀子であった。
「おいおいオマエら、何言ってんだよ」
「そうよ、ヘンなこと言わないで!」
ちょっとバツが悪いといった感じで愛莉と野上が言い返した。
「いいよ!いいよ!照れなくても、なっ!」
駆が紀子に促し、紀子は首を二度、三度と縦に振り納得した。
「それより駆、新入部員の割り振りをしないと。今年は結構多いみたいだぜ」
「アイアイさぁ!キャプテン」
野上の切り替えしに、おどけて答える駆を見て、愛莉と紀子は笑った。
「紀子、さっきはずっと黙ったままだったから心配した。何かあったの?」
「ゴメン!愛莉。さっき教室で仲イイ二人を見ていると、ちょっとへこんじゃった」
「えっ仲イイってアイツと私?」
「うん」
愛莉は幼馴染の駆とのことで誤解されているのが正直おかしかった。でも、真剣に話している紀子にそんなことは言えない。
「間違えてたらゴメン。ひょっとして紀子、アイツのことが好きなの?」
「え~!違うよ!わたし、高校まで親の仕事で転校ばかりだったから幼馴染もいないし、まして同じクラスにもなることないから、うらやましくて・・・」
それを聞いて愛莉は少し恥ずかしかった。家庭環境が原因で落ち込んでいる親友に一瞬でも、男女の色恋を持ち込むことに。
「今度はなんだよ?女子同士でオレさまの噂話でもしているのか?」
< ポ~ン>
駆が言い終わったとほぼ同時に、足元に置いてあったサッカーボールが放物線を描いて、グランド奥のゴールネット近くに転がっていった。
「ナイスキック!」
親指を立てる野上に続いて、ビックリした顔の紀子がスゴイ、スゴイと連発した。そのふたりに笑顔でピースをする愛莉、あっけにとられ、少し拗ねた顔の駆。
「いまの蹴りを見ると北山、サッカーやってたのか?」
「やったことないよ」
淡々と答える愛莉。その言葉には、今日幾度となく冗談につき合わされた駆に対しての怒りが混じっていた。幼馴染でその辺はよく理解している駆はすぐさまフォローをするかのように野上、紀子に向かって言った。
「コイツさぁ、こう見えてスポーツ万能でさぁ、中学の時、全国陸上で優勝しているんだよ。たぶん現役のオレでさえ、コイツが真剣に走ったら負けるかもよ」
駆はまるでマネージャーかスポークスマンのように愛莉の戦歴を語った。
「じゃあなんで、体育系やらなかったんだよ?あんな、いいセンス持ってるのに」
感心する野上に愛莉は感慨深げに答えた。
「約束したの」
言葉数は少ないが深い意味を悟った一同はそれ以上聞くことができなかった。