第9話 台湾侵攻のための準備
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「これが今日上がってきた例の報告書です」
「あい判った」
司箭院興仙は眠りネコを連想させる糸目の小柄な青年、江良賢宣から渡された、そろそろ二桁に届く数の自称王家に連なると主張する奴隷の始末をしたという報告書に眼を通すと背後にあった葛籠に放り込む。
「どういう伝達経路を経ればこんな噂が広がるんでしょうか」
江良賢宣の言葉に司箭院興仙は苦笑いする。なお一通り情報を収集した結果、「我は○○の△△である。好待遇を要求する」という話にはいくつかの種類があり、身分は天竺の高僧、隠岐に流された公卿のご落胤、朝鮮王家に連なる一族、元の皇帝の末裔などがあった。また出身地も朝鮮、南宋、明、台湾、南方の国々、なかには聞いた事もないような斬新な国名をでっちあげる者もいた。
「まあ、どこの国の出身だろうが、行き先は纏めて墓穴だから詳しく調べる必要もないな。次の報告を」
「はっ」
江良賢宣は最初に渡した報告書とは別の、脇に挟んだ報告書を司箭院興仙に渡す。現在作業をしている湊の整備。砦の建設。湊周辺の耕作。そして兵たちが寝泊りするための住宅の建設の進捗状態が報告される。
ちなみに湊は無筋コンクリートで、砦と住宅の基礎は竹筋コンクリートである。畝方元近は建物の骨格を鉄にすべきだと主張していたが、大量の鉄の要求に周囲の説得ができなかったため竹になったのである。なお、竹筋コンクリートは第二次大戦下の日本でも建築に使われ現存どころか現役だったりする。
「現地部族の動向はどうなっている?」
「はい。現状で隣接するバサイ族・ルイラン族・トルビアワン族それと宗家に当たるケタガラン族は食料の安定的な交易を条件に同盟を結んでいます。が、他は取りつくシマもありません」
ケタガラン族は、台湾の最北部の地域一帯を支配する部族で、バサイ族・ルイラン族・トルビアワン族はその支族である。毛利が最初に台湾に拠点を構えたときに最初に接触した部族であり、何度かの小競り合いの末に毛利の圧倒的な武力を前に屈し、ほぼ従属に近い同盟関係を結んでいる状態だ。
「ウチの軍事力と建築能力。耕作地の異常な拡大率を実際に見てない連中を相手に話し合いでなんとかするのは難しいか」
江良賢宣が頷くのを見て司箭院興仙は苦笑いをする。
「となると当面の敵対勢力は山岳のタイヤル族か」
タイヤル族はケタガラン族が支配する地域の南端に接する地域を支配する部族だ。事前の調査では、勇猛な武闘派・・・悪く言えば脳筋な部族である。
「はい。たびたび襲撃されているようで、救援の要請とか武器を売って欲しいという陳情があります」
「うーん。従属に近い同盟相手ではあるが武器の販売はいまのところ無しじゃな。売った武器でこちらが攻撃される未来しか見えん。救援の要請も間に合うかといえば疑問じゃが・・・」
右手で自分の顎をさすりながら司箭院興仙は大きく息を吐く。
「であるなら、ケタガラン族と組んでこちらから攻めますか?」
江良賢宣がおずおずと提案してくる。
「うむ。こちらから攻めるなら相応の口実が欲しいが、まあ準備はした方がいいか。幹部会の招集を通達してくれ」
「はっ。では幹部会の招集を行います」
意見具申が通ったと思った江良賢宣が足取り軽く部屋から出ていった。
「簡単に報告するか」
司箭院興仙は手元にあった和紙に簡単に台湾北部の部族に合力して他の部族を攻める可能性があることを書き記す。ちなみにこの台湾開発は、紆余曲折を経た結果、畝方元近のもう一つの顔である施薬院欧仙という殿上人がやっている事業であり、その事業に毛利領内に拠点を構える商人と毛利家と毛利家に属する有力家臣たちが出資しているという形にして運営している。
なお毛利家の家臣が台湾にいるのは、出資に人材出向や武器の供与があるからだ。すでに実戦の一線から退いた武官や研修中の若者、畝方元近に乞われて参加している者もいる。
「カラスよ」
書き上がった手紙で器用にカラスを折りあげると、司箭院興仙はカラスの羽に梵字を書き込み息を吹きかける。
「がぁ」
ぽんと煙が立ち上り、紙のカラスは本物と見まがう姿のカラスとなる。これは先日、海賊の拠点に囚われていた曹景休を名乗る仙人だという老人から、助けた礼にと教えて貰った式神を操る術だ。
司箭院興仙も陰陽術は嗜む程度には会得していたので、教えて貰った式神もすぐに使役することができた。司箭院興仙は式神を体得できたことを大いに喜び、いまでは曹景休を食客として優遇している。
「ほれ。欧仙に届けてくれ」
「がぁ」ともう一度鳴いて、カラスは大空へと飛び去って行った。
自称仙人さん。姓は曹。名は佾。字は景休といいます




