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王女ちゃんの執事  作者: るー
9/16

第3話 き・eye『男の娘、はじめます』

 なんだって、こんなことになったのか。

 おふくろが超絶お受験戦士ママレンジャーになっちまった。



 期末テスト後の三者面談でガイコツマンが放った口もはさめない演説。

「まぁ、ここから文3を目指すつもりで励まれれば、当初お母様がご希望でした横国、学芸レベルは受験時まで維持できましょう。もちろん加藤くんのがんばり次第ですけどもね。先般お話させていただいているので夏の補講費用の保護者のかたのご負担もすでに覚悟がおありでしょうし。あとは加藤くんに更なる本気を見せていただけば、こちらも心して、手厚く、指導させていただきます」

 いや待て。別にご指導していただきたくないし。

 志望校・東大なんて、おれのおふざけだと知っていたから最終志望書提出のあと、おふくろにそこは黙ってたんだろう?

 口あんぐりの展開に子、絶句。母、武者震い。

「もちろんです! 5月にお電話いただいてから主人ともども準備しております。でもまさか、この子がそんな……、志望校を変えていたなんて! 幸い下の子に手がかからないぶん、もちろんですとも! あたくしどもも心して! 監督させていただきます!」

 待てって。

 おふくろ。

 おれの将来は教師か公務員なんだろ?

 文3なんてハイスペックは、必要ねぇからっ!

 ――と、あせるおれは見た、ガイコツマンがにやっと笑ったのを。

 最終志望でおちゃらけた生徒へのお仕置きは続くよ続く。

 だけどケツに鞭をくれるのは最終コーナーを回ってからだろう?

 夏から延々ぶたれてちゃサラブレッドだってつぶれるぜ。

 ましておれは駄馬(だば)

 ダバダ~。歌いながら我が家の優駿(ゆうしゅん)・虎に八つ当たり、決定。



「虎、おかわり」

 3度めの飯要求に虎が壁の時計を見上げて首を振る。

「兄ちゃん、遅刻するよ。いくら夏休みの補講だからって、まずいでしょ」

「誰も気にしねえよ」

「お母さんが気にする。おれ、ちゃんと監督するように言われてるし」

 監督だあ?

 生意気なんだよ、弟のくせに。

「そういや、おまえ、YZ会の夏期講習受けるんだってな? しかも自分の小遣いで。ひとがのんびり風呂に入ってんのに、おふくろが脱衣場で、鼓膜が破れるボリュームで兄弟比較リポートを演説してったぜ」

 査定は全部、虎之介基準だから、おれは完全なる型落ち下位機種だ。

「そんなに楽しいか、勉強って」

「――答えが出せるものって、ラク…じゃない?」

「…………」

 こっちを見もしないで完璧優等生理論。

 気が弱いにもほどがある。

 そんなやつだから、じゃあ答えが出せないものってなによ? とか。こっちも意地悪くツッコメないわけだけど。

 仕方なく(はし)を置いたおれの目の前で、虎がもう皿を盆にのせている。せっかちな。

「で。おまえのほうはいつからなの? その講習」

「8月14日からだけど――――」

「なんだよ。あんま気乗りしてるふうでもないな? もう夏バテか?」

「ううん。ちょっと…、お年玉もお小遣いも使わずに…、一所懸命貯めた4万円だな…って思って」

 思ってため息? 今さら?

「おまえなら、そもそも学習塾の講習なんか行かなくても、うちの高校くらい受かるだろ」

「でも講習くらい行かないと――仲間はずれになっちゃうし」

「ちっせえ世界だな。勉強までお手々つないで、かよ」

「そんなんじゃないけど! ひとりぼっちより…いいよ。仲間がいるのは……」

 わが弟ながらマジへたれ。

 中3にもなって群れ症候群て、成長度数が低すぎないか?

 町田みたいに、どうにも他人となじめないアビリティーを持ってるってんならともかく。

「…………」

 思った自分の頭をかきむしって現実直視。

「そんじゃ、その講習が始まるまではどーすんだよ。こう暑くちゃ家で勉強なんかできねえだろ。図書館でも行くのか。毎日朝からエアコン使ってたら、来月通帳見て気絶するぞ、おふくろ」

「平気。学校もクーラーなんてないし慣れてる。知らないひとだらけのところ…こわい、し」

 こわいって……。

 見ず知らずの他人なんて、いないことにしておけよ。

 町田みたいに見えちゃうならともかく。

 …………。

 だから違ーう。

 どうでもいいんだって、町田のことなんか。

「おふくろは? 知ってんの?」

「えと…、図書館、行きなさいって……」

 言うよな、あのひとは。

 息子の性格も知らないで。

「んもう。兄ちゃん、おれのことはいいから。ちゃんと勉強がんばってね。お母さん、すっごく喜んでたよ、兄ちゃんがやっとやる気になってくれたって」

「…………」

 おまえはいつだって、がんばってきたのにな。

 手がかからないとか言われたあげく、おれの朝飯の世話まで押しつけられて。

 さすがに今回ばかりは、からかって遊んでる場合じゃないか。


 洗面所でたらたら歯をみがきながら、ふと浮かんだ八つ当たり代替案。

「虎、そのあたり、おれが今晩おふくろと交渉してやるから。今日は制服着て、勉強道具持って、おれといっしょにきな」




 本当にいいの? 怒られない? とあくまで殊勝なことを言う虎を従えて校門に到着。

 電話で呼びだした殊勝くん背番号2、町田はもう来て木陰で涼んでいた。

「あ、加藤さん。おはようございます。突然お電話いただくなんて驚きましたよ。でも音楽室の利用スケジュールとか、いったいなん…」

 そこで町田が目を丸くしたのは、おれの背中にへばりついてる虎に気づいたからだ。

(わり)ぃ。こいつ弟の虎之介っていうんだけど。おまえブラバンのやつらが集まる1時まで音楽室が使えるんだろ? おれが迎えに行くまで、せめて1時間さ、おまえの時間、このかわいそうな受験生に譲ってやってくんねえ? あとはガンガン叩いててくれていいからさ」

「や、兄ちゃん、ちょっと」

 そうだな、話が違うよな。

 おれは、ひとりでいられる涼しい場所に連れていってやるって言ったんだもんな。

 でも、うそじゃないぞ。

 人見知りちゃんふたり。

 おまえが受験生だと知った町田は、絶対に音楽室を譲る、大丈夫。

「じゃ、あと頼むな。おれ、遅刻するとまずいから。――虎、一海(ひとみ)兄ちゃんについていきな」

「や。ちょっと待って!」「加藤さん!?」

 うへ、泣くな虎。これしきで。

 町田が困ってるのはおもしろいけど。

「ほんとごめんな、一海」

「…………」

 ほい。重なる名前呼びで町田絶句。

 おれはこれで、こっちがダラダラ脂汗を流してお受験戦士になっているときに、のほほんと毎日ドラムを叩きにくると言った町田に八つ当たり完了。

 なんて爽快。

 ――のはずが。

 1時間目の英語コミュが終わったとき、次のコンポジも移動しない、隣席の木村にがっしりと肩をつかまれた。

「加藤、悪いことは言わねぇ、おまえもちゃんと真面目にやれ」

 はあ?

「なに言ってんだ。おれは常になく気分爽快、大真面目ちゃんだぞ。次のコンポジのガイコツマンにだって、いびられる覚悟ばっちり。すごくね?」

 木村は首を振って、ふぅとわざとらしくため息をついた。

「恋愛すんのが勉強のジャマになるタイプじゃねえのは、よーくわかったけどな。若い子いびるのは、やめろよ。おれも朝、見ちゃったけど、加藤にはかわいいカレシがふたりいるー、鬼畜王子さまーとか。吾川が朝からハイテンションで言いふらしてるぞ」

 あーがーわああああ。

 ってか木村。

 恋愛ってなんだ。いびる? 誰を。

「おまえって、すげぇいいやつだと思いはじめてたのに、がっかりだよ。二股かけられて、ちっちゃいほう、泣きそうだったじゃん。もうちっとマシな別れかた、できねえの?」

「…………」

 くらっときた。

 頭に血が上ったのか下がったのか。

 とりあえず。

「木村……、話があるから、放課後、ちと時間くれ」

「やだね。おまえと恋バナなんて、ぞっとする」

 いや、だから。

「おれがホモに見えるか?」

「…………」

 ――――え?

 木村どころか、そろそろ移動が終わって満席になりかけている教室中がしんとした。

「おい!」

 おまえらっ。

 立ち上がってにらみつけてやるのに、目が合うと端から視線がそれる。

「だって、うわさじゃん」「見たやついるし」「1年の女子も言ってたもんな」

 1年の女子? 五十嵐か。

 ケツがどすんと椅子に落ちた。

 こっちが戦意を失ったとたん、それた視線が全部集まってくる。

「てめーら、腐女子のざれごとなんか信じやがったら――犯すぞ」

 ガタガタと騒々しく鳴る椅子に唖然呆然。

 おれのひと言が英語コンポジ習熟度A、男子率80%の教室に及ぼしたこの影響力。

 ――信じてやがる――



 3時間目。

 国立物基、男子率95%の教室では、おれはもう完全に移動動物園の馬。

 好奇心旺盛なガキどもに、なでられ放題。


でも知らなかったよなぁそういうのってやっぱ生まれたときからなのか? だけど加藤ってやーんとか言わねえじゃん? そりゃオネエってやつでホモじゃないんじゃね? じゃホモって誰とか? 見た目でわかんのか? だって加藤だぜエロ話もろくにしねえ仙人なのにいきなりモーホーってハードル上げすぎくん? てか加藤っておれらの裸見てエロイ気分になってたんかもしかしてうけるー


 すべてのクラスが同じだから、朝からずっととなりに座っていた木村が、ついには「うるせー!」と怒鳴ったほどの大人気。

 火種は腐女子・吾川でも、炎上させたのはおまえだ、木村。

 おれはもうため息も出ない。

「もういい。めんどくせぇから会わす。代表で木村。あとでちょっとついて来い」



 おれは代表で木村、とたしかに言った。

 それが団体様御一行の旗振りガイド。

 なんで吾川に足立まで?

 お初の人間3人に囲まれたら、虎のやつ泣くんじゃねえか?

「ねえ、弟ってまじ? 加藤の弟がうちにいるなんて聞いてないよ?」

 火種・吾川が漫研の部長だということを、ついさっき知ったばかりのおれは、彼女の握りしめているスマホが恐ろしい。

「まだ中坊だからな。白シャツ黒パンならうちの生徒に見えるし、制服着せてきたんだよ」

「え! 中学生? どうりで。も、すんごくかわいいんだよぉ」

 吾川に話を振られた足立が「や…、でも――」と、おれをちろりと見た。

「なんで町田くんも? 浩ちゃ…木村くんが、朝は町田くんも泣きそうだったって」

 ああ?

 木村のやつ、なにを話してくれちゃってんだ?

 男のくせにロの軽い。

 にらむおれから木村が不機嫌丸出しで視線をそらす。

 それでわかった。

 代表の座から逃げた木村→足立。地獄耳=吾川。

「ねえ。なんで、あだっちゃんが、そんなにいろいろ知ってるの?」吾川の好奇心レーダーが全開。

「ってか、木村もあの子――町田くん? 知ってんの? なんで?」

「…………」「…………」

 当然しゃべりたくないわな、ふたりとも。

「うるせーぞ吾川。弟だって証明してやるっつってんだろが」

「そうだけどさ。なんで泣きそうな弟くんを、あの『加藤さん、きれいです』の美少年くんとご対面させちゃってたのか。それはそれで興味あるじゃーん」

「…………」「…………」「…………」

 おれはともかく、木村と足立が黙る理由は知りたくもないが。

 吾川がひっついてきたのは、この際ラッキーな気がしてきた。

 この尽きない好奇心。

 ここでこいつを黙らせてしまえば、くだらんウワサは鎮火して、この先のおれの受験生ライフも生徒1に戻って平穏になるだろう。

「うちのエアコン壊れて、かわいそうだから連れてきたんだよ。受験生なんでな」

 けちな母親が電気代をしぶるからだとは、さすがに言わない。

「だからさ、それでなんで音楽室? 町田くんてブラバン部員でも軽音部員でもないじゃない。どっちも取材させてもらったことあるけど、彼、いなかったわよ」

「…………」

 どこまで糸を伸ばしてるんだ、このクモ女は。

「町田は軽音部員だぞ。バンド組んでねえけど」

「バンド組んでねえ軽音て、あいつ何者?」

 ずっと黙っていた木村が町田についての解説がほしいのはよくわかる。

 なにしろ情けないところを見られた相手だ。

 たとえ(オナ)校でも学年の違う男なんて知り合いようもない。

 ホモの恋人でもなけりゃ、なんなのよ気分だぁな。

 でも町田はいませーん。

 説明しませーん。

 あしからず。


「虎ぁ、帰るぞ」

 音楽室の重たい二重防音ドアを開けると、室内は案の定静かだった。

 町田の爆音ドラムは聞こえない。

 虎はひとりだ。

 と思ったのに。

「あ。兄ちゃん」

 目に飛びこんできたアンビリバボーなツーショット。

 黒板に板書しながら町田と虎が並んで数式を解いている。

「おれ、一海さんにずっと勉強みてもら――…」

 虎が固まったのはおれのうしろから見知らぬ人間が3人も入ってきたからだろう。

「うわー。今の聞いた? 兄ちゃんだって」

 吾川もやばい。

「――ぅす」「あ。木村先輩」

 のっそり片手を上げた木村に町田がぺこりと頭を下げるのにも高速反応。

「やだ。ホントに木村、彼と知り合いなんだ。なに、あんた達って公認トライアングル?」

 あーがーわ――っ。

「も、わかったろ、あいつは弟! ばかな妄想してないで、とっとと帰れ」

 そしてばらまけ、号外を。

「えー。写真! 写真撮らせてよー。こんな美形カップルおいしすぎるっ」

 吾川が虎と町田にレンズを向けると、ふたりがしゃがみこんだ。

 正確には

「いやっ」と叫んだ虎は顔の前に腕をクロスしてしゃがみ。

「うっ」と、うめいた町田はどすんと床に尻をついたってやつだろうが。

 虎のへたれぶりにはあきれたものの、町田の「うっ」には思い当たることがありありのおれは、一瞬頭に浮かんだ思いを振り切ってふたりのもとに駆け寄った。

「大丈夫か?」

 しゃがんで町田の肩にふれるやいなや、しがみついてきたのは虎。

「吾川おまえ、いいかげんにしろよ」

 後ろで吾川の無礼を叱ってるのは木村だ。

 ということは、町田をぶちのめした〔ダメ色〕は木村じゃない。木村は平静だ。

 それじゃあダメなのは、好きな男をホモの三角関係とか言われちまった足立か?

 いいや、もう、この際おれでも驚かねえ。

「きゃー。すごいすごい。こんな構図、頼もうったって思いつけないよぉぉぉ」

 ジャッジャッジャジャジャ

 こりない女のスクープ連射。

 でも虎はもう落ちついている。

 しがみつかれているから、それはおれにもわかる。

 わからないのは町田だ。

 町田はひくひくと眉をひそめて虎を見ていた。

 というより凝視。

「兄ちゃん……」虎がおれの腕を揺する。

「あのひと、きらい」

 わかった。

 うなずいて立ち上がると足立がもう吾川の腕を引いていた。

「吾川さんがちゃんと加藤くんを理解したいっていうから連れてきたけど。木村くんは同性愛者ではないと思うし。こんなのも、なんか…違うと思うわ」

 それは、木村以外はホモだってことか、足立ぃ。

 つっこみそびれたのは木村が笑ったからだ。

「二股じゃねぇなら、いいや。おれらじゃまみたいだし、帰ろうぜ足立」

 持て、木村。おまえもかっ。

 虎にしがみつかれて動けないおれに「じゃ」と手を上げて木村も出て行く。

 その後ろ姿を見送って。

 折れかけていたおれの心を完全にへし折った虎のひと言。

「もしかして、一海さんとつきあってるの? 兄ちゃんもゲイなの?」

「…………」

 も、って?

「兄ちゃん…ずるいよ。それでも友だちいるなんて」

 の、おおおおおおおおお!

 心で叫んだことは町田には伝わった。

「虎くんに、お昼食べさせて。ちょっと、お話…しましょう」


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