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王女ちゃんの執事  作者: るー
7/16

『ひ・eye』3

「足立、おまえ木村と(オナ)中だよな。木村ん()のこと、なんか知ってるか?」

 足立はおどおどとドラムセットの後ろの町田に視線を流して、うなづいた。

 町田もさっきから顔を真っ赤にしてうつむきっぱなしだ。

 ふたりの位相がズレているのを知っているのはおれだけ。

 でもって、めんどうだから、おれはふたりとも放置。悪らつ?

「木村んとこって。なんか複雑?」

「えと、あの、木村くんが話さないことは、あたし――…」

 いい女だな、足立。本当に感動するぜ。

「木村は話してくれたけど、客観的な意見も聞きたいんだ」

 だから、おれがうそつきになってやる。

 足立は見るからに肩の力が抜けたふうにうなづいた。

「あたしから見てもね、異常だと思う、木村のお母さん……」

「…………」「…………」

 続きを促すように見つめるおれを、町田がこわばった顔で見た。気づいたらしい。

「木村んちのお兄さんて、むかしから近所で有名な秀才でね。身体が弱かったせいもあって、手のかからない浩ちゃんはほったらかしで、いっつもお兄さんの世話をやいてたよ、ご近所のお母さんたちもみんなして……」

 浩ちゃん、ね。愛されちゃってんだな、木村。

「浩ちゃんだって、ウチに受かったんだから頭はいいのにさ。むかしっから自慢するのは、今、早稲田の政経にいるお兄さんのことばかり」

「…………」「…………」

「あたしとか同級生なのにさ、あたしがいてもウチのお母さんに、お兄さんの自慢話をして。お兄さんをほめるために浩ちゃんを、ダメな子、ダメな子って、けなすんだから」

「…………」「…………」

「ね、加藤くん。浩ちゃん、どうしてた? 数学…受けられなくて……、どうなるんだろ。明日は、どうするんだろう」

「大丈夫。あいつ、寝不足だっただけだから。数学は米沢に監督されて医務室で受けたはずだ」

「ほんと? 浩ちゃん、数学は得意だから大丈夫だよね? 寝不足? それだけ?」

 恋する娘はかわいいな。

 存在を消すように部屋のすみにいる町田の顔も穏やかだ。きっと、さぞかしきれいな色を見てるんだろう。なんて。

 ちゅうちょなく思うな、おれ。

「な、足立。木村のID知ってるよな? 今日はちゃんと寝て、また明日学校で――って。おまえも打ってくんないか。おれもするから、その、特別なかんじ、ないと思うし」

「――おせっかいとか、思われない…かな?」

「あいつ、そんな男じゃねぇよ。おれより足立の性格はわかってると思うし」

「でも……」

「クラスメイトを心配すんの、あたりまえだろ? 現に足立は本当に心配してるし。木村は単なる寝不足不調なんだから、別に負担にもなんねえよ。明日はがんばろ…くらい言っても、さ」

「加藤くんも――する?」

「うん」

 ごめんな、足立。おれ、うそつきで。

「ありがと。本当にありがとね、加藤くん」

 ああ、もう。町田の視線がうっとおしい。

 おれはダメ色救済ボランティアじゃねえ。断じてちがうからな。


 足立が『浩ちゃんを、よろしくね』と出て行ったあと、時差をつけるために指揮者椅子に腰かけたおれは、町田にぽけーっと見つめられていた。

「加藤さん、すごい……。すごい金色…です。王女さまも笑ってます。きれいです」

「…………」

 こんなことに慣れていく自分が、おれは怖いよ、町田。

 なので、町田も巻きこむ。決定。

 使用法がわからないってあたり、ちと困りものだけど。




 廊下の壁にもたれて待つこと数十秒。

 駅からバスで来る軟弱なやつらの登校時間は、ハイスペックな日本の交通制御体制のおかげで毎日さして違わない。

 頬を染めて3歩後ろを歩く足立を引き連れて、たぶんそんな足立には気づいてもいないドン・キムラホーテも定時に廊下に現れた。

 足立の援護射撃のおかげで、今日は来ると信じていたから、昨日は引いた。

 おれは見える。見えるようになった。

 町田のおかげで他人を観察するってことに覚醒したから。

「うす」

 第1ラウンド、先攻はおれ。

 木村は鼻で笑うとふらりと自分の席に歩いていった。

 続く足立が扉の前で立ち止まっておれを目で呼んでいる。

「あのね、もう浩ちゃん、大丈夫みたい。フツーに朝、ゴミ捨て当番やってたし。電車乗ってきたし。バスも混んでたけど平気そうだった」

「…………」

 それがもう魂が抜けている証拠なんだが、衛生兵は元気なまま待機させておく必要があるので、ナース足立を不安にはさせられない。

「今日で最後だから。加藤くんも、がんばってね」

「おう」

 なにをどう、がんばればいいのかなあ。

 おれも乙女ちっくに考えてみるテスト。


 最後の3科目、木村はカンニングし続けてみせた。

 覚悟は決めている。間違いない。なかなかケッコウな後攻ぶりだ。

「それでは、諸君は2日間の休みですが、最後の夏です。アイウィッシュ、アイハドラーンドハーダー、ウェナイワズ、ヤーング、などということにならないように。しっかり気を引きしめて勉学に励みなさい」

 ガイコツマンの説教なんて誰も聞いちゃいないとはいえ、木村は普通じゃねえ。

 なにしろ、頬杖をついてそっぽを向いた顔が笑っている。

 第2ラウンド、先攻は木村。

 おれの吐き気は腹がへってるからか? 違う気がする。



「加藤さん!」

 校門で待ち合わせた町田は、(へい)に取りすがって真っ青な顔でおびえていた。

(わり)ぃ。ぶっ倒れてたら謝りようもなかったな」

 力なく首を振る町田に、王女さまパワーのおすそわけをするべく手を伸ばすと、町田は泣きそうな顔で一瞬だけおれの手にふれて背筋を伸ばした。

「ありがとうございます。でも、もう大丈夫です。入れてもらう方法を覚えました」

 入れる?

 疑問が顔に出たんだろう。

 木村の背を追って歩き出した町田は、ちらっと隣りのおれを見てまつ毛をふせた。

「加藤さんのなかに入れてもらうんです。まだちょっとむずかしいし図々しいですけど、王女さまがそうしろと教えてくれたし、なにより加藤さんに気を使わせるよりいいかな、って」

「……はあ?」

 今度は声になった疑問に、町田が見せる小さなガッツポーズ。

「うん。おれ、こんなに信じてもらって――。こんなに気持ちよくしてもらってるんだから、がんばらないと」

「…………」

 おま、それ……、ビミョ~にいやらしいよ?

 木村のゾンビみたいな背中を見張りながら思うことじゃないんだけどさ。

 でも、ま、とりあえず、どうがんばったらいいかわからないおれより、おまえのほうががんばりかたがわかっているようなのは喜ばしい。

「――あいつ、どうよ」

「はい。おれも見ようと思って見るのは初めてで、これまでとは比べられないんですけど――。あのひと、今、なんにもないです。加藤さんにあのひとだって言われてなかったら、おれたぶん、こんなにひとがいる状況じゃ、あのひとの存在に気づかない」

「…………」

 そうだろう…な。

 あいつは今からっぽだ。

 執着や、望みや、怒り……。

 それからきっと恥…なんかも。

 みんな捨てちまった。

 たぶん、おれのせいで。


 駅のホームで第3ラウンド開始。

「電車を止めると、損害賠償、えらいことになるらしいぜ」

 ぴくっと肩を震わせた木村が、真っ白な仮面のような顔で振り向いた。

 木村がどう出るか。わからなかったから連れてきた助っ人が、線路に向かって倒れこんだ男を傾斜45度から一瞬で引き戻していた。

 町田グッジョブ。

「離せっ!」

 もう自分を捨てている男は恥も外聞もなく暴れるが、おれはまだ人生を捨てたわけじゃない。見世物になるのは真っ平だ。

「掃除当番さぼるとか、ありえねえからっ」

 周囲の人間には高校生のバカ騒ぎの解説をして。

「町田。こいつを引っ立てろ!」

「はい、先輩」

「やめろ! 離せ」

「うるせー。このサボリ虫!」

 無邪気な高校生の悪ふざけに見えるように、ことさらに派手にパフォーマンス。

 それでも、本気であばれる男子高校生に階段を使わせるのは無理そうで。

「おい、倉田! エレベーターのボタン押せ」

 見つけたクラスメイトに緊急助っ人依頼。

 真後ろに座っていて3日間、木村の苦悩に気づけなかったアンポンタン。そのくらいの手伝いはしろっての。

「なんだよ、加藤。木村まだ具合悪いんじゃないの? 掃除当番くらいさぼらせてやれよ。おまえらって仲いいんだか悪いんだか、わかんねえな」

 おれにだって、わかるかっ。

 開いたドアに木村の身体を投げこむと、町田が「うっ」とうめいて、おれにすがりついてきた。

 木村にダメ色がもどったらしい。

「く…そ、野郎!」木村がギリギリとおれをにらみつけてくる。

「てめ、なにさまのつもりだ、加藤!」

 おれさまは王女さま。

 言える雰囲気はもちろんないから仕方ない。

「おれさまは、友だちさまだ! ばか野郎」

 叫んだとたんに開いたドアの前には足立がいた。

「ど…ういう、こと? さっきの……どういうこと、浩ちゃん!」

「…………」「…………」「…………」

 見たんだな。

 木村が線路に飛びこもうとしたのを。

「どうよ、木村。3対1だ。舌でも噛み切ってみせるかよ、弱虫がっ」



 駅前のドラッグストアのひと気のない露天駐車場で、足立はうずくまって泣いている。木村は車のボンネットにケツを乗せて放心している。

 町田は、ふたりの前でスーハーと深呼吸して臨戦態勢。

 おれは3人を視野に収めながら――惑っている。ここからどうするか。

「浩ちゃん……、ひどい、よ」

 先陣をきったのは恋する娘。

「大丈夫だって――、なんでもないって――、レス…くれた、のに」

「…………」「…………」

 応えられないおれと木村をよそに動いたのは、今回は巻きこまれただけの町田。

 足立の涙でびしょびしょの手に自分のハンカチをにぎらせる。

「足立先輩……。あの、木村先輩はもう…大丈夫です。加藤さんが、大丈夫にしてくれました」

 いや、おれはなにもしてねえし。

「おれが加藤に助けられたってかよっ!」

 吐き捨てた木村が、ずるりと地面に腰を落とす。

 町田は臨戦態勢を解いた。

「加藤さんは助けてくれません。見ていてくれるだけですよ、木村先輩」

「…………」「…………」「…………」

 3人3様の沈黙を受けて町田がほほえんだ。

 熱に溶けるアイスクリームのような、はかなく切なく甘い…笑み。

「自分は自分で助けてあげないと……」

 季節にそぐわない白い長袖シャツの袖をまくって。

 すっと差し出された、まがまがしい傷を持つ町田の左手首。

 町田の今の穏やかな顔と、彼の過去の狂気の一瞬を、おれたちはそこに見た。

 がくがくとあごを震わせる木村が囚われているのは恐怖だろう。

 今、生きているからこその死への恐怖。

 町田がそっと手首をシャツの下に隠すと、それが合図になったかのように木村が泣き出した。

 ガキのように声を上げて。あふれる涙も鼻水もそのままに。

「ふ…、う……」それを見て足立もまたしゃくりあげる。

 おれはただ突っ立っていた。

 横に立った町田の頭が肩に乗っても。


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