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王女ちゃんの執事  作者: るー
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第2話 ひ・eye『焼きそばパン、リターンズ』

「おまえ最近、昼休み、どこにドロンしてんの? 明日から期末試験だもんな。もしか図書館で勉強したり、しちゃってみたり?」

 木村が、焼きそばパンからそばを人の机の上にこぼしながら、ふざけたことをぬかしてきたとき、おれは実に不愉快だった。

 原因は町田だ。というか、やつの無神経なひと言だ。


 いつものように五十嵐の誘いにノッかって、たらたらと音楽室に向かったおれは、音楽室の前に立っていた町田にクソ真面目な顔で『お話があります』と呼び止められて。

『加藤さん、五十嵐のこと、ちゃんと考えてやってくれてますよね?』などと。口あんぐりな的外れ発言をぶちかまされた。

『五十嵐、加藤さんのことが好きなんですよ。知ってますよね?』

 知るか、アホ。

 おれは、おまえのせいで、ゲイだと思われてるんだっちゅーのな話。

 そんなことを言いあうほど、おれはひまじゃないので、即、教室にもどってきたわけだけども。

「木村ぁ~」

 机の上からつまみあげた焼きそばを、木村のシャツの胸ポケットに返却。

「うわ、てめ、なにしやがる」

 飛び退いた木村にまた焼きそばを落とされて、うんざり気分倍増。

「てめぇは東大いくんだもんな。せいぜい、お勉強しろや。おれは高校卒業したらニートとかなるから心配すんな。昼も屋上で寝とくし、よ」

「…………」

「…………」

 言い返してくるかと思った木村は「食欲減退……」吐き捨てると、おれの机の上にパンを投げ捨てた。

「て…め、ごら!」

「…………」

 なんだよ。どうしたよ、おい。突然シリアスモードはひきょうだぞ。



 午後は2時間通しの芸術。

 工芸を取っているおれと、音楽を取っている木村には接点がない。

 作業着で木くずにまみれていたおれは、当然スマホも真面目に教室のロッカーの中で。そのメールにはいくらか持ち直した気分で戻った教室での7限前に気づいた。

〈せんぱーい 今日どうしたの? 町田がさびしがってたよー〉

 着信は午後1時。ほ~らな。な怒り沸騰(ふっとう)

 スマホを握りしめたまま席に向かい、後ろの席の椅子に座りかけていた木村に視線をそらされてさらに昇華。湯気もたちゃしない。

 最近どうしたんだ、おれの人生は。

 なんだってこうも理解不能なやつばかり?

「…………」

 一番理解不能なのは、それにイラつく自分だけどなあ。

 ことなかれ主義の風まかせ人生に、逆風街道は想定外。

 あおられて、あっちによろよろ、こっちによろよろ。みにょろにょろ。



「オールメン、シーユートゥマロー」

 ガイコツマンが教室の前ドアから出ていくなり、視界のすみで動いた人影、木村だ。

 待てこら!

 幸いというか、おれの席のほうがドアに近いので、追いかけて逃がす屈辱感は味あわなくてすむ待ちぶせ体勢。

「木村!」

(わり)ィ。話す気分じゃねえ」

 それはこっちのセリフだ。

「だったら、そんなに堂々と、落ちた顔、見せるんじゃねえ!」

「…………」木村は立ち止まって、言うに言えない複雑にゆがんだ顔でおれを見た。

「…ってか、おまえ、いつからそんな、おせっかいちゃんになった?」

 ――――うっ。

 息の根を止められたおれは、無言で廊下に出ていく木村の背中を見送った。

 そのままよろけるように椅子に座りこんだおれが、なにに腹を立てるべきなのかもわからずにいるというのに。

「先輩!? あ、先輩! 町田が大変! 先輩も来て、早くっ」

 叫びながら教室のなかまで入ってきた五十嵐に腕を取られて。

「わっ」

 ガタガタと騒々しく椅子を鳴らしながら、おっとっと歩行。

 体勢も整わないまま引きずられて肩がドアに激突。

「ってえ――っ!」

 あげくは各教室から出てきたやつらでごったがえす廊下に、頭からスライディングするパフォーマンス。

「て…め、いがら」

 そこで声がつまったのは、(こぶし)に固めた手がつかんだ感触への違和感。

 空気をつかむはずのおれの手は、あきらかに違うなにかをつかんでいた。

 ――なに?――

 おれ的最速で頭を持ち上げると、それは誰かの上履きで。

 よつんばいになって立ち上がりかけたおれは、瞬時に押しつけられた現状を把握した。

 なにしろ上履きからズームインしたのは町田だ。

 しかも壁に背中を押しつけるようにしてしゃがみこんだ町田は、両手で頭をわしづかみにして、あきらかに硬直状態。

 ――はあ……――

 なので最初に出たのはため息。

「…あ。あ、加藤さん。加藤さん加藤さんっ」

「ぐわぁぁっ」

 次に出たのは悲鳴。

 だから! エイリアンの怪力でひとの腕をつかむのはやめろ。

 硬直が解けた町田の腕が食虫植物のようにおれを捕獲する。

「あのひと、ダメです! 一瞬だったけど。でもダメですっ」

 いや、おまえ……。

 とりあえず、ぽんぽんと頭をたたいてやってギャラリー減らし。

 周りを見回して目があったクラスの女子たちに笑って見せる。

「なんでもねえから」

 行って、行って。

 手を振ってみたところで、明日から試験じゃなければ絶対に終幕まで見たいイベントなのはおれにもわかる。

「せんぱーい。なに転げてんの? ね、町田、だいじょーぶ? びっくりしたよぉ」

 などと。五十嵐が短いスカートをものともせずに、腰から身体を折ってのぞきこんだりしてくれちゃなおさらに。

 おおっ! と身を乗りだした男どもの反応にパンチラは確定。

 知らねぇぞバカ。ちゃんと見せパンはいてんだろな?

「五十嵐、もういいからおれのかばん取ってこい。帰るぞ」

「はーい」と教室に入っていった五十嵐を見送った男どもの視線が、うろんな半目になっておれにもどってくるけども。

 おれだって役得はほしいのよ。

 このわけのわからないエイリアン町田に振り回されるなら。

「加藤さんっ」

「あとで聞くから」

 ささやいて。

「せんぱーい。試験前くらい教科書持って帰らなきゃダメだよー。かばん、めっちゃ軽いじゃーん」

 思わず顔がデレンとくずれるほど、エロかわいい顔で唇をとがらせて教室から出てきた五十嵐に、おとなしく腕を組まれてみちゃったり。

 ――あぁ――

 これで何人かは今晩、勉強なんてばからしくてやっていられないはずだ。

 しょせんただの校内定期だし。少しでもこの期末試験の結果がよくないと、その後の三者面談のいびりが恐ろしいガケップチ野郎なんて、おれ以外にいるとも思えない。

 五十嵐ひゅーひゅー。

 よく来てくれた。


 と、浮かれていられたのはわずかに4分。

 校門を出るなり「いぇーい。バスげっちゅー!」

 五十嵐は華やかに手を振って、校則違反ギリギリの短いスカートをひるがえしながらバスに乗りこむ制服の列に走っていった。

「試験前にケンカとかしたらダメだよー。気になって集中できないっしょ。仲直り仲直りぃ」などという、見当違いもはなはだしいひと言を残して。


「ケンカって……誰と誰がです?」

 背中から聞こえたつぶやき声は振り返らなくても町田。

 黙ってあとをついてきていたのは気づいていた。

「おれは駅まで歩く派だ。どーすんの? 気分…治ったかよ」

「――はい」

 従順な後輩。

 全力疾走で振りきってやろうか、なんていじわるは考えるそばから霧消。

 なんでも〔めんどくさい〕がプライマリなおれは、町田と並んで駅まで歩くはめにおちいった。

 肩を並べて仲良く下校する3年男子と1年男子。

 どっちの知り合いが見ても〔変〕確定。

 ため息をついたおれの横で、町田がうつむいた。

「あの、おれ――…」

「おまえ、目ェつむって歩くとか、できねえの?」

 顔を上げた町田の目玉には明らかに「?」マーク。

「だからさ。今みたいにうつむいてりゃ、やべーもん見なくてすむんじゃねえ?」

 おれは真面目に進言してやったのに。

 町田は唇を引き結ぶと眉をゆがめて笑いやがった。いわゆる苦笑ってやつだ。

「目で見てるわけじゃないんです」

「はあ? 目で見なかったらなにで見るわけだ?」

 眉間にシワが寄ったおれに町田が見せたのは今度は満面の笑顔。

「でも、うれしいです! 加藤さんが、おれなんかのことを心配してくれて」

 いや、心配してねえし。

 顔の前でブンブン手を振りたい気分を霧散(むさん)させたのは、それが心からの言葉だと信ぜざるをえないほど町田が無防備だったせいだ。

 なにしろ毎度むかつく身体能力を見せつけてくれる男が、歩道の段差でコケたくらいだから。

「うわ、びっくりした」つぶやいた町田が照れくさそうに笑う。

 ひとの抱える絶望が無間にわく地獄に生きている哀れな男とは思えないほど、感情が素直に顔に出る町田は、腹黒さが顔に出ないおれよりよっぽどかわいいだろう、王女さんとやらには。

 もし本当に、そんな女がいるとして、だけども。

「だいたい、おれ、加藤さんのこと、よく知りもしないで失礼でしたよね」

 はい、失礼です。今頃わかったのか。

「加藤さんにだって、つきあってるひといるのに」

 はいィ?

「五十嵐に確かめたんですよ、加藤さんのこと好きなんだよねって。そうしたら笑われちゃいました。加藤さんのことは大好きだけど、加藤さんには好きなひとがいるじゃない…って。おれ、五十嵐と違って、そういうの、言ってもらわないとわからないんで」

「…………」

 いや、おまえ、ここ、笑うところじゃないし。

 そもそも笑ってる場合じゃないと思うぞ、おれら。

「加藤さんが今、許してくださってるのは…わかるのに」

 それな。

 それも笑えねえ。

「五十嵐すっごく最近きれいなんです。おれ、ダメ色から回復したやつなんか見られると思わなかった……。本当に加藤さんには感謝してるんです。さっきも助けてもらっちゃったし」

 助けたのは王女さんなんだろ? とはツッコまない。

 なにしろそれで思いだした。

 新たなUFO=あんのうん ふらふら おぶじぇくと。

「おまえ、今度は誰見たの? 顔とか知ってるやつか?」

 町田は小さく首を振った。

「あのときは直前に王女さまに呼ばれたので、うれしくて無防備にガードを解いちゃって。それでいきなり脳を揺すられちゃったんですけど。近づいてくる波動に負けてしゃがみこんだあと、すぐ周りの色とまざってしまって……」

 王女さまに呼ばれたって……。

「つまり、おれの近くからわいたって、こと…か」

「そう…ですね。同じくらいの深度から噴き出したかんじです」

「…………」

「…………」

 おれも頭の中がぐるぐるまわりはじめたが、町田もなにか思いさしたようだ。

 示しあわせたわけでもないのに、おれたちは路側帯の植えこみにローファーのかかとがこすれるほど道端に寄って、歩行者をさけながら立ち止まっている。

「…………」

「…………」

 五十嵐の件がある以上、これを笑い飛ばしていい確率はほぼ30%。

 ゼロじゃないのは、おれが18年間(つちか)ってきた人の世の常識が、こんなことはありえないと未だに抵抗しているからだ。

「すみません。テスト前だし、ただ感情の起伏が激しいだけのひとだと思いますから。本当にすみません、加藤さん。忘れてください」

 町田よ。おれを巻きこむまいとするその姿勢は気にいった。

「…………」

「…………」

 でもな。心当たりがありすぎて、そんなことはできないなんて。

 30%の常識にかけて絶対に言わないけどな。




 それに気づいたのは2科目めの英語コンポジションのとき。

 英語は数少ない得意科目だから、終了20分前には余裕で全問解き終わり、ひまに任せて長文読解問題を読み返して楽しんでいた。

 ゆーきゃのっとびーとぅけぁふぉー

 頬杖をついて黙読している耳が聞き取る違和感。

 英語が得意なおれは、つまり耳もいい。耳を澄ます。

 シャーペンが机を叩くカツカツや。カサカサと鳴る答案用紙。衣擦れの音。チャックの開閉音。コシコシときしむような摩擦音は消しゴムだ。

 なら、これは?

 背後から聞こえるかすかな異音。

 シュッ シュッ シュッ

 これは授業中なら馴染みの音だ。

 シュッ シュッ シュッ

「…………」

 木村だ。スマホをスワイプしている。

 動画のコメでも読んでんのか? 余裕じゃん。…と思えない根拠が焼きそばパンというあたり、他人を思いやるだの、心配するだのいう心持ちとは著しくかけ離れている気もするが。

 オカルト少年・町田のダメ色ホイホイに木村がかかった確率は80%に上昇。


 3時間目の日本史で確率は90%に跳ね上がった。

 シュッ シュッ シュッ

 途切れることのないスワイプ音。カンニング。



「オールメン、シーユートゥモロー」

 ガイコツマンが教室の前ドアから出ていっても、木村が席を立たない。

 時間かせぎをしたかったおれには都合が良かったとはいえ、おれでさえ感じる悲壮感を町田に確認させる意味はない気がしていた。

 見えないものまでが見えると言うやつに、おれにすら見えるものまで見せる必要はない。

「よう。調子どーよ、木村」

 ゆっくりと振り向いて声をかけたおれの前で、ぴくっと全身を震わせた木村が、椅子を蹴たてて立ち上がる。

「あの手がきかねえ科目は……、どーすんだ」

 おれの直球は木村の脚に当ったらしい。

「きゃー!」「いやー!」

 机の脚につまづいた木村が、廊下側の一番前の席で、ぺちゃくちゃとしゃべっていた吾川と足立を巻き添えにしてたたらを踏んだ。

「ごめん」

 とりあえず女たちには紳士的に謝った木村は、おれからは泥棒のごとく逃走。振り返りもしない。

「木村ぁ。ワイロはレタスサンドでな」

 組成の95%が水でもありがたがられるレタス。おれたちの95%はなんだろう。


 理不尽なアンニュイにまみれて廊下に出ると、不条理なアンニュイが待っていた。

「町田! おま…、こんなとこでなにしてるっ」

 廊下の壁に額を押しつけるようにしてうずくまっているのは、顔を確かめなくてもわかる、町田だ。

 力なく身体の脇に下がった手には、なぜか小さなブリキのバケツ。

 そのシュールさを笑えなかったのは、やつが〈吐く〉と言っていたのを思い出したからだ。

 オー・マイ・ガ――!

 ――頼むよ――

 いると信じているわけでもない王女さんが今はおれの――町田の――救世主。走りよって頭をなでてやると、町田が真っ白な顔をゆっくりと持ち上げておれを見た。

「大丈夫です。もうずいぶん前から、助けていただいてます…から」

 なんで来た。どうしてここに? 大丈夫か? 言いたいことは山とあるけど、すまん。

「あいつ、ダメかっ」

 おれの優先順位を文句も言わず了解した町田はうなづいた。

「はい。かなり」

「そっか……。おれのせい、だな……」

 知らんふりをしてやれば違ったろうか。

 おれにすら見えるほど、やつを追いつめずにすんだのか。

「加藤さん……」

 町田がゆるゆると長い脚を尻の下に引きこんで。ちんまりと正座したなりで、胸の前にブリキのバケツを抱えこむ。

「見てる…だけ、なら、おまえが死ね……、ですよ、ね」

「…………」

「おれ、あの…ひと、助けたい、です」

「…………」

「加藤さんみたいに――、助けたい、です」

「…………」

 それでもバケツに顔を突っこんでえずく町田に苦笑い。

 死にかたすら他人の迷惑にならない方法を選んできたバカは準備万端だ。

 なら、おれは?

 木村のカンニングを暴いたおれには、どんな準備があった?

「加藤さん……きれい、です」

 ――は?――

 場の空気は読めないらしい町田の爆弾発言。

「きらきらと…金色、で――。きれい、です」

「…………」

 おれは冷静だ。

 バケツを抱えた病み美少年と、その頭をなでるむさい男のツーショットがどんなに不思議ワールドかも理解している。

 だから――。

 いや、それっておれのことじゃないよ、とか。この子、不思議くんだから、とか。弁解したい気持ちは、この胸からアフレッシュなんだけど。

 そんなふざけた言葉を封印した視線の威力。

「…………」「…………」

 特にすさまじいのが、2本。吾川と足立。

 今のおれが何色だろうと知ったこっちゃないが、背筋を伝い落ちた悪寒は、町田、おまえにもぜひ知っておいてもらいたいよ、おれは。



【後書き】

このシリーズを書くにあたって、わたしも見えないものは信じない派なので、守護霊とは? オーラとは? を勉強したんですけど。各教祖の皆さん、収入に繋げようと(身もふたもない言いよう)いろいろがんばってらっしゃいます。特に感心した〔オーラの色による特性〕という概念を参考にさせていただきました。

しかし……。守護霊だのオバケだの、いるなら出てこい! です。見たいわぁ。 

あ。見えたり感じたりしてつらいかた、うらやましがったりしてごめんなさい。ひととちがうことのつらさは性癖で充分に味わっているので、なにも、誰も、否定しない人生です。

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