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王女ちゃんの執事  作者: るー
3/16

『で・eye』3

 乙女ちっくに胸の前で両手をもまれても――。

「あのな、町……」

「おれ、王女さまに大丈夫だって笑ってもらいました。加藤さんといれば大丈夫だって。加藤さんも、見てました? ――あ、それとも聞こえてました?」

 いや、見えねえし、聞こえねえし。

「おれ、知ってるやつなんて今回が初めてで。おれ、どうしていいか、わかんなくて。そしたら王女さまが――あ、加藤さんがいて。大丈夫、大丈夫って……。そしたら加藤さんが金色になって。金色の加藤さんといたら、おれいつもみたいに吐いたりしなくて、あの、すみません!」

「…………」

 おまえそれ、文法めちゃくちゃだし。…ってか、おれ、イヤホン出すの、忘れてやがります。

 はあ~っと、ため息をついて。

 シャツの胸ポケットに手を伸ばしかけたら、いつの間にか町田が真っ正面にいた。

 空間移動もすんのか、おまえ。

 も、いい。も、疲れた。

 なんでもありだ。

 ただし、おれ抜きで。

 おれは帰る。

「加藤さん」

 はい。

「五十嵐、死にます」

 は、いいいい?

「理由はわかんないけど、あいつ、ダメです! ダメ色なんです!」

「…………」

「おれ、知ってるやつは……いやです! 助けてやってください! 五十嵐助けてやってくださいっ」

「…………」

 どうして、ここでおれを見るのよ? おまえの大好きな王女さまは、今、どこなのよ。なんでもありだって言っても、おれにだってキャパシティーってやつがあるのよ。

 そんなわけで町田――。

「そういうのは、な。王女さんに頼め」

 胸ポケットのイヤホンを探りながら、おれがドアのノブに手をかけると。

「だから!」

 凡人のおれには計り知れないポテンシャルを持つ町田は、おれが重たいドアを10センチも開けられないうちに、おれの肩をにぎりつぶしてくれていた。

「ぐあああ」「こんなに頼んでるんです」



 肉体的な(おど)しに屈したわけじゃない。とは言えない。

「五十嵐いる?」

 上級生が顔を出したことでざわつく昼休みの1年の教室で、おれはなにをしちゃっているんでしょーか、とも思うけど。

 ことなかれ主義でやってきたおれは、流血ざたには慣れているらしい町田とちがって、過剰な肉体の接触には弱いらしいということが、今の段階で判明したのは喜ばしい。

 もう二度とヤバイやつには近づかない。

 教訓は痛い目をみてこそ身に染みる。

「あー。せんぱ-い。どうしたんですかあ?」

 五十嵐は窓側の日当たりのいい席で、ひとりで弁当を食っていた。

 明るい、実にさわやかな青春乙女の図。そう見えないのはなんでだろう。

 もちろん深く考察するのはめんどうなので、そんな思いは右から左。

 たたたっと走ってきた五十嵐が、背伸びしておれの耳元に唇をよせる。

 またしても未知の甘い香りがぷ~んと漂って。あーもう、なんて役得。

「町田、お休みですよー? やっぱ恥ずかしがってるの?」

「うーん……」

 聞いたセリフはちょっとナニだけど――。

「あのなー、ちょっと、その町田に頼まれて、聞きたいことあるんだけどさ。今いっしょに消えんのマズかったら、放課後どっかで会わない?」

「えー。今でもいいよ? ってか、今のがチョーうれしい。ウワサになれるじゃーん」

 うおおおお。なんて、かわいいことをっ。

「そんじゃ、五十嵐ちゃん、お持ち帰りしちゃうかなぁ~」

「うふ。ゲイのひとならチョー安心ですねん」

「…………」

 テンション一気にダダ下がり。町田、許さじ!


 とはいえ、意外と生真面目さんだったらしいおれ。

「でえ? 話ってなんですかー?」

 廊下を並んで歩きながら五十嵐に聞かれると、町田に命令されたことが律儀に優先順位の1番上に浮上。

 もっとも五十嵐を見ているかぎり、町田のばかげた妄想を笑いとばせる気配が濃厚なのが、このお気楽気分の元のような気もしないでもない。

「町田がさ」

「うん」

「おまえが自殺しそうだって」

 おかげで身もふたもない言いかたになったのを、ちらっと反省しかけたとき。

 横を歩いていた五十嵐の姿がふいに視界から消えた。

 なに気に振り返ったおれが見たのは、ふわ~っと床に傾いでいく五十嵐。

「うわっ!」



「ごめん…なさい……」

 うつむく五十嵐の横顔から目をそらすしかないおれは、ただひたすらに空を見る。

 ふだんは足を向けることもない専門棟の屋上で、前髪を揺らす風がグラウンドでテニスをしている、どこかの学年の授業風景を音で伝えてくる。

 見ているものはそれぞれちがっても、おれは五十嵐とふたり、それを聞いている。

 この小さな世界がおれたちのいま所属する世界で。

 この小さな世界をすら、おれたちはいま見失っている。

 ボールの弾む乾いた音で、おれは自分の居場所を確かめるけど。五十嵐の耳がなにを聞き、その目がなにを見ているのかおれにはわからない。

 町田に見えたなにかが、いま、どうなっているのかも。

「――でも、町田って、すごいよ…ね」

「…………」

「なんで、わかったんだろ……」

「…………」

 それを、笑い飛ばすはずだったおれに聞いてくれるな。

「あたしね。もう2ヶ月……生理…ないの。いつも順調…なのに」

「……………!」

 よろけるくらい許してくれ。

「も、どうしていいか……、わかん…ない」

「…………」

 いや、おれもわかんない。

 …つうか、おまえ、なんだそりゃ。生理不順の話じゃない…よな?

「相手は? 知ってんの?」

「言えるわけ…ないじゃん」

 震える小さな声で答えた五十嵐は笑っていた。人形みたいにキレイな顔で。

「バカか、おまえ」

 なので、おれの口はするりと思ったことを吐き出した。

「相手、わかんねえわけじゃねえんだろ? だったら連帯責任じゃん。なんで言わねえよ! なんでふたりで抱えねえよ!」

「だって!」

 だって、なんだ?

「捨て…られたく……ない」

「…………」

 目の前で、完ぺきストライクな女に泣かれているのに、おれが頭に浮かべていたのは、めちゃくちゃ気にくわない男・町田。

 くそばかやろう!

 だからこんなことは、おまえの王女さんに頼めって言ったんだ。

「だから中出しなんかさせたのか? え? 妊娠するかもしんねえって、わかってて! ゴムもさせずにセックスしたのか、おまえ!」

「だ…って……。だっ、て……」

「うるせえ! 1回、死んでこい! バカ女!」

「ひ…ど……」

「…………」

 ああ、ひどいさ。おれは冷血漢だ。人非人だ。

 目の前で女に号泣されて。それを冷静に見下ろせる鬼ちくしょうだ。

 だから?


 五十嵐は赤ん坊のように声をあげて泣いている。

 おれは――おれの腕は――、そんな五十嵐を抱えて怒っている。

 ――町田っ――

 許さねえ。

 こんなことに、おれを巻きこんで。

 ――許さねえ!――


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