おまけ『わ・eye』
20191229筆。突発的に1本追加。
町田が見たがった世界遺産紹介の番組をリビングのテレビで見終わって。
虎が夕飯の支度をするおふくろを手伝いにキッチンに立ったあと、ふと気づいた町田の視線。
見てるなぁ、おれの足を。
というか足元を。
見てるほうが恥ずかしくなるくらい、へにゃっとした顔で。
なんかもう、むずむずすんのよ、最近さ。
「なぁ町田」
「はい」
返事は聞いたので立ち上がってきょろきょろ。
ずさんなおふくろがあちこちに置くので探す羽目になる目当てのものは、今日はテーブルの上の新聞の間にはさまっていた。
なにをしているのかと、おれの挙動を追いかけてきていた町田の目が瞬く。
「ん? ちと準備」
「…………」
ますますわからないという顔をする町田の前に、今どきアナログなメモ派のおふくろの愛用品をセット。準備完了。
「なぁ。おまえって、王女さんが見えるんだよな?」
「はい。今もそこで」てのひらで礼儀正しく示すおれの足元。
「たぶん…ココくんと、遊んでらっしゃいますよ」
「ココは未だに見えねえの?」
「気配は感じるんですが」
そのへんがよくわかんねえのよな。
まぁいいや。
「で。王女さんてどんな?」
「――は?」
いきなり本題。
時候の挨拶もない手紙は学がないだの品がないだの言われるんだろうが、会話は直球でよろしかろ?
「だからさ。王女さんてどんな? ちと書いてくれよ」
「――――――は?」
「おれも知っときたいのよ。いわば同居してるようなもんなんだし」
「ぃや、おれ、絵は全然――…」
「全然っつったって! 目の前にいるんだから模写だろうが。できんだろ、そのくらい」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「加藤さん」
はい。
「ちょっとここに、おれを描いてみてくれますか」
「おまえを? なんでよ」
「いいからっ」
いつになくキツイ言いかたに面食らいつつ、上端に〔かとうあり〕と書かれたチビた鉛筆を手に取って町田を観察。
うむ。
輪郭、たまご。
耳、髪に隠れて見えねえじゃん。チャラ男だな。
眉、よくわかんね。全部見えねぇもん。
目、でかい。
鼻、ちっせえ。
口、ひん曲がって――…
「てめ。なに笑ってるよ」
「だって、加藤さん。それ…、失礼以外にどう言え…と?」
町田はもう顔面を両手で覆って肩を震わせている。
「あれ? 兄ちゃん、なにやってるの?」背中からひょいとおれの手元をのぞきこんできたのは虎だ。
「ぶははははははは」
とたんに耳元で響いたバカ笑い。
なんだよ。
「そっくりだろが」
「――心外です」「似てるとは思うけどっ」
笑いこけている虎に町田が見せた顔。
「ひどいよ、とんちゃん」
おれには絶対に見せない、年相応の、こどもっぽいふてくされ顔。
ふん。
それがむかつくのは、町田がおれには礼儀正しい後輩の顔しか見せない理由が、たぶんおれに憑いてる王女さんのせいだとは理解しているからだ。
おれには見えない、感じない女。
彼女と言葉は交わせないという町田が、見た目だけで王女だと崇めるんだから相当なババアなんだろうけどさ。
女がひとりいるせいで、男同士のバカ話もできない関係なんて、つまらねぇにもほどがある!
「おい。おれは書いたぞ。おまえも書きやがれ」
「おれは王女さまに、失礼なことはできません」
はぁぁああ?
「加藤さんが、それをおれだと言い張るより、おれ、無理ですもん。絵心ないんで」
「…………」
「わかっていただけました? 似てない似顔絵なんて意味ないし。申し訳ないし」
ごりっぱな忠誠心、ごりっぱな執事だな。
でもおれは、あきらめねぇぞ。
「だったら描写しろ。言葉で。できんだろ、それなら」
「女性の容貌を私感で語るなんて。できませんよ」
「――ねぇ、ふたりでなんの話をしてるの?」
「…………!」「…………!」
そうだな。
忘れていたわけじゃない。
言葉にはしなかったけど、いつか、町田の悲惨な力――今はほんの少し、町田に生きる気力を与えてるかもしれないが――を、虎にも話す機会をやると約束した。
虎ならうたがうことも否定することもなく、町田のすべてを受け止める。
そう信じているから。
「町田。今晩泊まっていけよ」
「――――――は…ぃ」
町田はいつものように、きちんとおれの気持ちを受け取った。
「え? うそ? わーい!」
虎がぴょこぴょこと踵を浮かせ、両手を胸の前でもんで大喜び。
最初の時おふくろが当たり前のようにおれたちふたりの“コドモ部屋”に客用布団を敷いたから。町田は『女の子と同じ部屋に男を泊まらせちゃだめです』と、おれを叱って。
それ以来、虎がどれほどねだっても、夕食の皿を虎と洗うと礼儀正しく礼を言って帰ってしまう。
夜の街にひとりで出ていくこと。
電車という逃げられない閉鎖空間に閉じこめられること。
それが町田にとってどれほど恐ろしいことか。
知っていてなにもしてやれないおれに文句ひとつ言うこともなく。
「おかーさーん。今日、一海さん泊まっていくって。布団出すねー」
キッチンに向かって言いながら小走りに廊下に出る虎に
「ちょっと! お父さん、部屋でコソコソいやらしい動画を見てるかもしれないから、ノックしてやんなさいよー」
応えたおふくろのせいであばかれた加藤家当主の情けない住環境。
町田はうつむいて笑ったのを隠したけど。
おまえ、そんなもんじゃねえのよ、おれなんて。
「あーあ。隠れられるとか、マジうらやましいわ」
「…………?」
やっぱりな。
おまえ、おれの気持ちは見るくせに、おれの事情はこれっぽちも考えないな。
「おれなんて、おまえ、風呂どころか便所にもついてくる女がい…」
そこで止まったのは町田の掌が失礼なことにおれの口をふさいだから。
それでもムグムグ愚痴をぶちまけようとするおれの口をさらに剛力でふさいで、町田がぶんぶんと首を振る。
「よしましょう」
なんでよ!
言いたいことくらい、言わせろや。
「王女さまは、まだその……、そういうオトナの事情は……」
は?
まだ?
脳内で湧き上がる疑問と結論。
ぷはぁっ、と町田の手を外して空中に放電100万ボルト。
「ガキかっっ!」
「――――――言ってませんでし…たっけ」
その夜の町田は、怒って、笑って、泣いて。
目を腫らすほど泣いて泣き疲れたらしい虎と、2匹の猫のように丸まって眠った。
おれは町田の新たな才能に、何度もぶり返す思い出し笑いを止められないまま、結局夜明けまで起きていた。
おまえは寝たかい?
黒髪おかっぱ、くりくりおめめの、かわいいかわいい王女ちゃん。
【後書き】
読了ありがとうございました。一人称だと容姿や景色の“説明文”を、わざとらしくなく入れこむのがむずかしいので、無理には書かないんですが。
思いがけない自由時間ができたので、なろうサンでのイラスト挿入の仕方も勉強してみたかったし、令和元年なろう元年の最後に滑りこみ新作。
“母のメモ帳に書いた”感を出すために、紙の質感も残してみたり。楽しかったです。




