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王女ちゃんの執事  作者: るー
15/16

『ほ・eye』4 終

「あたしたち夫婦はね、ずっと子どもがほしかったんだけど、だめで――。ココが息子みたいなものだったの」

「――いくつだったんですか、ココくん」

「じゅゅうぅ、にっ」

 ああ。おれは本当にひとを泣かす天才だ。

 フェンスに背中を預けた平泉さんがまたえぐえぐ泣きだした。

 途方にくれるおれのうしろで町田がフェンスをよじ登ってくる気配がする。

 本当にあきれた身体能力。

「12年もいっしょに暮らしたら――つらかったですね」

「ぅ…、ぅ…、ぅ…」

 ガキみたいにしゃくりあげている平泉さんに、すちゃっと静かに地面に降り立った町田がジーンズの尻ポケットからティッシュを差し出す。

 なにからなにまでよくできた男だよ、ホントむかつく。

 差しだされたティッシュをビニール袋から引っ張り出しながら、平泉さんが「ぁ」と小さく声をあげて足元を見た。

 町田が地面に下ろした毛玉たちが平泉さんの足元にじゃれついている。

 平泉さんがティッシュで涙をぬぐいながら、泣きぬれた瞳でおれを見た。

「か…わいい、なんて、思ったら――バチが当たる…よね」

 なんで?

「なんでですか? こいつらは平泉さんが見つけた命ですよ? 見捨てるほうがよほど罰当たりだと思います」

「でも――――…」

「ココくんと同じようには愛せないとか。ばかなこと、言いませんよね」

「…………」

「おれには弟がいます。すげー問題児だってついこの間発覚したんですけど、それでもかわいいです。でも、ここにいる町田もかわいいですよ。こいつもすっげー問題児なんですけどね」

「…………」「…………」

 平泉さんの眉が寄るのは、たぶんそれはどういうことかってことで。

 町田の眉が寄るのは――。

 はぁ……。頼むから、こんなところで泣かないでくれ。

「おれが言いたいのはつまり――、弟が好きなのと、友だちが好きなのと、比べるなんてナンセンスだってことです。違います?」

「で…も……」

「死んじゃったココくんにしてあげられることと! こいつらにしてやれることは違う。40歳にもなって、そんなこともわかりませんか」

「ぅっ」喉をつまらせて、また平泉さんが泣きだした。

 自分のいじめっ子ぶりに、ほとほとうんざりだ。

「ぅっ、ぅっ、ぅっ」

 泣き止まないひとの横で考える。

 いったい王女さんは、このひとをどうしたいんだ? 

 なにしろ町田は平静だ。…というより半興奮状態だ。見るからに上気してる。

 ひとが泣いてるっていうのに、そのひとの足元に寝転んで、ぺろぺろ自分の足をなめている子猫たちも平和そのもの。

 王女さんの解決したい〔絶望〕の在りかがわからない。

「はぁっ…………」

 小さく息を吐いて。平泉さんが最後のティッシュを取り出した。

 ハンカチ、ティッシュ、あわててバッグの中をかきまわすおれの横で盛大に鼻をかんで。彼女はすとんとしゃがみこんだ。

「町田くんて、言ったっけ……。きみは猫の扱い、じょうずだね。――好き?」

 町田もすとんとしゃがむ。

 子猫たちは公平に二手に分かれて甘えだす。

「好きですよ。猫も、…犬も」

「…………」

 ちりちりと首筋をこする違和感。

「あたしにも、この子たち……育てられる、かな」

 おずおずと子猫に伸ばされる平泉さんの手。

 そういえば、餌は与えようとしていたが、なでてはいなかった。

「ココくんのときも、家族にするなら、かわいがるだけじゃだめなんだ、と思って。最初は怖かったでしょ?」

「…………うん」

 一瞬びくっと町田を見た平泉さんが、子どもみたいにこくりとうなづいた。

 町田が立ち上がる。

 平泉さんが子猫たちに両腕を伸ばしたのを見て、町田は地面に向けてバイバイと手を振った。

 再びの違和感。

 もしもーし、町田くん。その目線の高さはひょっとして――?

 目で聞いたおれに小さく動く唇「あとで」

 わかった。あとでたっぷり! 聞かせてもらいましょう。



「箱とかに入れればバスに乗ってもいいのかな」

 すっかり2匹になつかれて楽しそうな平泉さんが首を傾げても、おれもできるのは同じポーズだけ。人間のことすらわからないのに犬猫のことなんて聞かないでくれ。

 おれの代わりのように、町田がくすりと笑うとおれの背中の通学バッグに手をかけた。

 なに?

「どうせろくなもの入ってないんでしょ? トレードすればいいですよ。あの猫缶が入ったビニール袋と」

 はい? ふざけんな! と思うのに身体の反応は遅いおれの肩からバッグを抜き取って、町田が無造作に中身を取り出す。

「あーあー。参考書も入ってないじゃないですか。平泉さんを待つ間、なにしてたんです。また読書? 推理小説なんか読んでるひまがあったら年表を暗記するとか。受験生さんはやることいっぱいあるでしょ」

「わー。ごめんなさいっ」謝ったのは平泉さんだ。

「加藤くん3年生だって聞いてたのに。どーしよう」

「や。おれはいいんですけどね」

 よろしくないのは町田のでかい態度だけ。

 なにしろ目の前でテキパキと右から左へ、トレード完了。

「はい。どーぞ」

「は? ぁ、はい!」

 フミャア フミャア

 大量の猫缶といっしょに狭いところに押しこめられた猫たちがうれしそうなのは、なんでかね。

 飯の匂い? まさかなぁ。

 町田にバッグを渡された平泉さんは、それを大事そうに胸に抱えたけど。

 客観的に見て、高校の名入りのバッグをうっとり抱えているお姉さんの図はかなりシュール。

 気づかないってあたり町田も天然ちゃん、決定。

「ね。加藤くん」

 はい。

「この子たちの名前、つけてくれない?」

「はぃぃ?」

 なんだ、このわけのわからん展開は。

 あのな、王女さん、何度でも表明するが、おれはめんどうなのは大嫌いだ。これ以上おれを関わらせるな! と、くそ真面目に心で訴えたのに。

「2匹ともメスですよ、加藤さん」

 バッグの中の猫を、どこからか引き抜いてきたらしい草でいらいながら、平泉さんと並んで歩きだしている町田が余計なことを。

 それにしても、天然男は40歳の姉さんと並んで歩くことにまったくちゅうちょがないらしい。あっぱれだ。

「加藤さん、名前つけるのじょうずなんですよ」

「そうなの? あたしなんて才能ないから――。ココだってなんか…平凡でしょ」

「…………」

 ズリズリ足を引きずってついていきながら、亡くなった犬の名前が出たことでおれは息を飲んだのに。町田は笑ってる。

「平凡でも呼びやすいし、おぼえやすいし。ココはきっと自分の名前、ちゃんと知ってたでしょ?」

「――うん」

 おれは町田に見えないのをいいことに、やつに拍手をくれてやった。

 ブラボー。そのひとたらしの技、おれにも教えてくれ。

「加藤さーん。名前、決まりました?」

 振り返る町田に中指を立てかけてひらめく。

 ――ああ――

 おれってホント、いやがらせの天才。

「マオとヒトミでどうですか、平泉さん」

「まおちゃんと、ひとみちゃん?」振り返った平泉さんがほほえんだ。

「それって、加藤くんのカノジョの名前?」

 町田も振り返った。ただし、唇をとがらせて。

「加藤さん、両方メスだって言ったでしょ」

 言われたなぁ。

「気に入りませんか? どっちもスゲーかわいい子です」

「加藤さん!」

「わかった。ありがと。それにしましょう。――じゃ、こっちの虎ジマの子がまおちゃんで。こっちのおめめクリクリの子がひとみちゃん。…て。やだ、ぴったり」

 それにはおれも腹を抱えて大笑い。



 バスに乗りこんだ平泉さんに手を振って、ズリズリと駅の改札に向かうおれのうしろを町田が黙ってついてくる。手にはおれの杖と白いビニール袋。つまりは荷物係。

 そこは黙って引き受けたのに不機嫌なのは隠さないわけね。

 おれには見えない女が見えるからって。

 どんどん態度でかくなってないか、おまえ。

「なんだよ」

 聞いてやるのはもちろん、さらなるいやがらせのためだ。

「男がかわいいとか言われて、気分がいいわけないでしょ」

「え? 喜んだろ? 問題児だけどかわいいって言われてぇ」

「そ…れとは、違うでしょ。さっきのは」

 そうだよなぁ。

 見えるんだもんな、おまえには、おれの気分も、さ。

「おまえといるとラクだわ。なんにも言わなくても、わかってもらえてぇ」

「…………」

 当然、町田はおれが皮肉を言っているわけではなく、楽しくからかっているのだとわかっているはずだ。オーラの色とやらで。

 だからまた、ふぃっとそっぽを向いた。

「わかられちゃうのに、いじわるするとか――信じられない」

「わかりもしねぇでいじめるやつと、どっちがいいよ」

「…………」

 はい終了。おれの勝ち。そして続きね。

「なぁ……。もしかして、王女さんがこだわってたの…、あのひとじゃなくてココか」

「そうだったみたいです」

 おれの気分がわかる町田は、きちんと真面目に返事をしてくれた。

「平泉さんが強くなって――。ココは…ラクに…なったのか?」

 町田が目を見開いて。そのままふわんとおれにもたれてくる。

「おれはケガ人だ」

「すみません。入ってたんで――酔いました」

「もう! わけわからんこと、言ってろよ」



 改札で初めておれは気づいた。町田は定期じゃない。

「あ、すみません。気づいちゃいましたね。おれのアパート、学校の裏なんですよ。でも最初のとき、真央ちゃんの観察したくて、いっしょに電車…乗っちゃったでしょ。あれでおれ……、そっか、加藤さんといると電車にも乗れるんだ、今まで恐ろしくてできなかったこと、いろいろできるんだぁ、と思って。でも正直、帰りはかなり悲惨でした。今日は大丈夫です。武装してるんで、送っていきます」

 肩の上のヘッドフォンを揺すった町田の手には、相変わらずおれの持ち物の入った白いビニール袋と杖。

 はぁ……。

 確かに。たかが足の小指一本でも、ケガをしていると両手は空いているほうが安心だけど。

「送るって――。おれは女じゃねえし」

「でもケガ人です」

 ごもっとも。

 だからって、恐ろしい思いをしてまでおれに気をつかうことはない。

 おれはおまえの気持ちなんて、まったくわかってやれないのに。

 それきり黙ってホームまでズリズリ。

 朝はエレベーターの世話になったのに、帰りは階段を自力で上れている。

 王女さまのご加護は甚大だ。


 ホームの電光掲示板で待ち時間を確認。

 町田は黙っておれの足元を見ている。

「もう平気だから! 痛くもねえし」

「ああ…」まつ毛を(しばたた)いた町田が、こくっとうなづいた。

「そうですね。加藤さんはこれからが大変なんですもんね。王女さまの世界の人助けまで――。おれ、なんにもお手伝いできませんけど。困ったらおれのことも思い出してくださいね」

「…………」

 なるほど。

 よーく、わかりました。

 これが終着点ね。

 お人好しの町田は王女さんの子分。

 でも王女さん、おれはいやだからな。あんたのひまつぶしにつきあうのは。

「町田」

「はい」

「今度から王女さんが、おまえになにか言ってきても、おれには言うな」

「おれ――、声は聞こえないって…言いませんでした?」

 ああもう、本当に。

「おまえは察しちゃうだろうがよ」

 察して。気づかって。心配をする。

 ばかだ。

「ココ、いるのか?」

 おれの足元ばかり見ている町田。

「すごい! わかるんですね。おれには気配だけです。さっきから一所懸命さぐってるんですけど」

 やっぱりなぁ。

「そうすると――。また今回みたいに、おまえがいても、わけわかんねぇとこから始まるんじゃないのかよ」

「――すみません」

 なぜ謝る。泣きたいわっ。

 ああ、もう!

 ここは素直に王女さんに降参して、虎にも手下任命をしておくか。


 見上げれば、電車はとなりの駅を通過しましたぁ~表示。

 スマホを取り出してスリープ解除をすると着メ通知。

「やべっ」

 待機連絡をしてから放置してたんだった。

〔9/19 17:30 なにやってるの!早く帰ってきなさい!〕

〔9/19 17:00 一海さんとデートとかなら許すけど遊んでるなら言いわけ考えて〕

〔9/19 16:30 今日おそくなるって聞いてない どこ?電話して〕

 そこまで開いたところで町田がぷぷっと吹きだした。

「そんなに加藤さんを困らせるって――真央ちゃんですか?」

「うん。遅くなるって言ってなかったから、マジ怒ってる」

「あはははは」ほがらかに笑う町田に、ドでかいプレゼントは用意してあるんだから、助けてもらっても恩にきることはないよな。

 アドレスを開いて、ぽちっと選択。コール開始。

「町田。おまえも親に連絡しろよ。今夜うちに泊まってけ。明日の朝、おれといっしょに電車乗って――、帰ればいいだろ」

 虎は2コールで出た。

「あ――、わかった、待て待て待て。いっしょ! 一海といっしょ。――うん」

 虎の説教は切り札で阻止。

「あと晩飯と布団。一海の分、用意して。おふくろにも伝えてな。――うん? そうだよ、一海、泊めるか」

 気づいて喉がつまった。

 町田がうつむいて、ぽたぽたとホームに涙をこぼしていた。

「お…れ、ひとり…だから」

 ――ああ――

 おれ、なんにも知らないな、おまえのこと。

「うん。じゃ、今、駅だから。――うん。――うん。頼むな」

 なぁ、王女さん。

 あんた今、笑ってる? 困ってる?

 おれはだめだ。おれにはわかんねえ。

 でもおれ、不感症でごめんて、あんたに謝るべきなのか?

 これまでずっとおれを守ってくれてありがとう、とかさ。

 なにしろ守護霊さまとかなら、あんた、おれがこの世に超薄幸な人間として生まれたときから、おれのことを心配してくれてたんじゃねえの?

 思わず()いちゃうくらいにさ。

 だからとりあえず今は、あんたの見つけた有能な執事、町田を守るよ。約束する。


 町田は笑った。泣きながら。

「加藤さん……、きれいです」

 はいはい。ありがとよ。




【後書き】

今作はサイトにも未発表。世の中ライトノベルとか、異世界オカルトものとかがブームらしいので、なにか自分にも書けないかな――で生まれた作品です。なにしろ超リアリストなので、まずは〔ローファンタジー〕というジャンルで挑戦してみたんですが、自分が信じていないものを書いていいものか 笑 

でも某テレビドラマの眼鏡刑事ウキョーさんのように「見たい!」好奇心はアリアリなのです。そこから生まれた(あり)くん。続編はいくらでも書けそうですけど、そもそも絵描きなので、漫画にしたかったという思いがあって、そこが時間的に無理で、ここまでです。

どなたか描いてくださらないだろか。おもしろいキャラが好きなだけ作れそうだと思いません? 笑


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