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王女ちゃんの執事  作者: るー
12/16

第4話 ほ・eye『王女さんの、ひとみ』

「なぁ。連休とかありがたがる日が、おれらにもいつか来るんだよな」

 おれひとりが私学で土日の連休がない家で、帰宅するなり3人の監視者が待ち構えている土曜の午後はもはや投獄日。

 日曜の夜、家族それぞれが翌日の準備に入るまで、おれは自室に軟禁される。

 机の前に座らせておけば勉強できていると思うなんて、浅はかすぎてあざける言葉もないし。

 幸いおれは、ナイーブな木村とちがい、できの良い弟と比べられたところで痛くもかゆくもない鉄面皮だけども。

「あーくそ。やってらんねぇ」

 せめてもの抵抗に昼飯は外で食わせろと談判し、飯代に小遣いをはたいてまで束の間の自由を買う土曜日が、あとどれだけ続くのか――。

 残暑厳しい9月の第2土曜日。

 午後1時の公園が寒々しいのはもう、体感温度というより心情でだ。

 なにしろ目は、すばらしく暑苦しい男の挙動を追いかけている。

「なぁ。そっち西だっけ、東だっけ」

 男のはるか彼方に見える空には積乱雲。

 傍目(はため)には青と白のコントラストが楽しいものも、下に住んでりゃ迷惑な大雨の素。

「こっちも雨、降るのかね」

 あの雲が勢力をそのままに居座ったなら――。

 カチッと動き出した脳みそで、地球の自転スピードについて考える。

 2011年3.11東日本大震災で地球の形状軸は17センチ動き、1日の時間は1.8マイクロ秒短くなった。その前、2010年のチリ地震では形状軸は8センチ移動し、1日は1.26マイクロ秒短縮。さらに前の2004年スマトラ沖地震でも形状軸は7センチ移動し、1日の時間は6.8マイクロ秒短縮している。

 どんどん短くなる1日の時間。

「つまり今って、1日24時間てのは、テストの答えとして正確じゃないってことだよなぁ」

 そんなことならいくらでも考えられるのに、なぜに日本列島レベルの時間軸はさっぱり頭に入らないのか。

 苦手な暗記教科の底上げが目下の課題。サクラサクへの近道だけど。

「何百年も前に死んだ男たちの履歴を脳みそに刻みつけたところで、何の役にたつっていうんだ」

 おれがぼろぼろこぼすパンくずをついばむのに忙しいすずめたちは返事をしない。代わりにやっと聞こえた小さな笑い声と、頭を覆った短い人影。

 おれがしつこく話しかけていた相手、町田だ。

「退屈してますよ、王女さまも」

「…………」

 退屈しとけ。

 おれは受験生だ。そうそうのんきに遊んでいるヒマはない。

 と言いつつ、土曜の午後を町田とすごすこの状況。

「そんなにあからさまに無視すると、ご機嫌をそこねちゃうと思いますけど?」

「どーせおれには見えないしな。関係ねぇよ」

 町田とは話せる王女さんと、王女さんといれば安らげる町田はwin-winの関係なんだろうが。

 …て、いうかな。

「おまえ最近、鈍くなったのか?」

 町田は木陰のベンチに座ったおれから遠く離れた、公園の真ん中の遊具エリアでニコニコ笑いながら懸垂に励んでいたのださっきまで。

 ヘッドホンとグラスは制服のズボンの尻ポケットに差したなりで、今も額から流れる汗を白いタオルでぬぐいながらのんびりと風に吹かれている。

 見ているほうが暑苦しいさわやかさ。

「どうなんでしょうかねぇ……」町田の目はどこか遠くを見ているようだった。

「加藤さんに入れてもらうようになってから、王女さまのご機嫌には敏感になりましたけど」

「ああそうかい」

 おれの棒読みセリフにも笑っている。

「意外と子どもっぽいところがあるので――。おれは…楽しいですよ」

「それは誰のことだ?」

「さぁ。誰のことでしょう」

「ふん」

 どんなに表面を取り繕っても心が丸見えだと思うと、おれも町田といるのはいっそ気楽だ。

「女が退屈してんのが見えないのは助かるよな。好きなことに集中できて」

「――――おれは、忠告しましたからね」

 町田が肩をすくめた理由は考えもしなかった。

 そう。

 自分が誰かに命綱の先を握られている。なんてことは。



〔加藤さん 今日もお昼 いっしょしていいですか?〕

 毎度、土曜の度に律儀に聞いてくるのはどうなのよ、と思うけど。

 町田を昼飯に呼んでもいいとまで言ってくれていた虎は、夏休みが終わると“夏期講習の申込金を落とした罰”で、土日は隣り町の図書館に自転車で通わされていて、それを不憫(ふびん)に思った兄の心も知らず、いつの間に親しくなったのやら五十嵐との女子会ではっちゃけていて、もはや兄を気にするそぶりもしてくれない。

 自分はきっちり家で飯を食って。小遣いは着々と将来のために貯金。

 飯代に小遣いが消える兄に同情すらしてくれない弟。…という最後のワードが妹に変わるだけで、アリよりのアリ。実に女らしい。

 町田はそんなおれの現状を虎か五十嵐か、はたまた双方か、どちらにしろ把握していて土曜の昼飯は、おれの気分につきあうことに決めたらしく、公園でコンビニ飯だろうがファストフード店だろうが黙ってついてくる。

 もっとも、おれについてくるというより王女さんについてくるんだろうが。


「加藤さん――…」

 町田が店に入ってからどこかそわそわしていたのにはちゃんと気づいていた。

 でも町田がなにも言わないから放置して、おれは2階で見晴らしのいい壁際の席からの景色を楽しんでいたのに。

「どう…しよう」

 なにを?

 ハンバーガーに食らいつきながら町田を観察。

 町田はもはや中腰で店内をせわしなく見回していた。

「王女さまがいなくなりました!」

「…………」

 ほぉ。それはありがたい。

 挨拶もなしかよ、とは思うがな。

 口の中のバーガーを飲みこんで。ポテトに手を伸ばすおれを町田が唖然とした顔で見る。

 なんだよ。

「食べてる場合ですか!」

 場合だろ。昼飯を食いに来たんだから。

 ポテトをしゃくしゃくかじるおれの前で、ついに町田が立ち上がった。

 おれの足下でカサッと鳴ったもの。紙の包みごと町田の落としたハンバーガー。

「あーあー」

 腰をずらしてうつむき、床に落ちたハンバーガーを拾うおれの肩を町田がつかんだ。

「いっ、てぇ――」「加藤さん!」

「だから自分の力を考えろっていつ」

 も、は音にならずに消えた。

 肩をつかんだ指に、その握力だけで立ち上がらされた衝撃で。

「加藤さん!」

「…………った」

 痛みに身もだえるおれの肩を、さらなる衝撃が襲う。

 町田がバンバンおれの肩を叩いている。

「引っ張ってます。加藤さんを引っ張ってます、王女さまが」

「……ぅ……」

 ふざけるな。おれを引っ張ってるのはおまえだ、町田。

 おれはここにいる。おれはここから一歩も動かねえぞ。

「は…な、せ、こら」

 こんなときでも冷静に人目をはばかって小声で訴えるおれの手を町田がつかんだ。

 げぇ――っ!

 おまえ、これ、普通に見たら、お手々つないだ高校生男子のランウエイ。

 満席の店内の狭い通路を町田は大またに進んでいく。

 1階への細い階段にたどり着いたときにはもう、2階にいた客はほぼ全員がおれたちを見て、くすくすと笑っていた。

「くそっ」

 転びたくないので階段は自分の意思で下りた。

 下りたのにいきなり立ち止まった町田のせいで、おれの(あご)に町田の頭がヒット。

「いってぇぇ」「いっ…たぁああ。気をつけてくださいよ、加藤さん」

 うしろ頭をこすりながら町田が振り向くのがアンビリバボー。

 おれのせいかよ。

「てめ、いきなりひとを引っ張りまわしておいて、なに」「し――っ」

 町田が唇に左の人差し指を当てて、右の親指でくいくいと差したのはカウンターの姉さんたち。

「なんだよ」

「真ん中のひとです」

「はぃい?」

 3人で接客をしているゼロ円スマイルの姉さんたち。

 さっき注文を通してもらったのは右端のレジのひとだったから、真ん中のひとは気にすることもなかったけど。

 卵形のさわりごこちがよさそうな輪郭と黒髪短髪、薄化粧のほっそりちんまり系。

 つまり五十嵐テイストで、まさにおれのツボだけど、どう見ても彼女は年上だ。30代? 落ち着いた接客ぶりが好ましいけど、だからなに?

「うわっ」

 町田が心底気の毒そうにおれを見た。

 なんだよ。

「あのひとと親しくならないと」

 はぁ?

 町田の視線はあきらかにカウンターの彼女に向いている。

 だが、しかし、だ。

「おまえ意味わかんね。消えた王女さんと、あのひとと、なんの関係が?」

「だから! 王女さまが頭を下げてます。つらそうです。きっとあのひとを助けてほしいんですよ」

 あのひととやらに突き出しかけた人差し指を行儀よく引っこめて町田がうなる。

「そうか。加藤さん、見えないんでしたっけね」

「はい」

「どうしよう、おれ」

 どうしようはおれだ、町田。

 さっぱりわけがわからない。

「加藤さんが見えないから、王女さまは段々に加藤さんを広げて。おれをここに呼んだんです」

「…………」

 ますますわかりませんが?

「加藤さんといれば、おれ…、こんな店にも、入れる…から」

 だんだんしぼむ町田の声。

「…………っ」

 変な音をたてたのは、吸いこんだ息が胸でつかえたおれの喉だ。

 気づいてやることもできなかった。

 なにも考えずに町田をつきあわせていた。

 ひとの〈絶望〉が見えてしまう町田が、ひとごみになんか好きこのんで出てくるわけがない。

「おれ、王女さまに恩返しがしたいけど。おれ――、加藤さんの状況も…わかる、し」

 うんうん。ここはおれがあきらめる。

 おれが無神経だった。

 おまえは悪くない。

「あのひとのそばに王女さんがいるんだな?」

 ぶん! と音がしそうな勢いで顔を上げた町田がうなづく「はい」

「そんで、王女さんは、あのひとのために、おまえに頼みごとをしてるんだな?」

「いえ、おれにじゃなくて、加藤さんにだと思いますが」

 そこはこの際どうでもいい。

「あのひとと仲良くなりたいなら、おれたちがあのひとと仲良くなるより、王女さんがあのひとにくっつけば話が早いんじゃね? おまえそう言え、言ってやれ、町田」

「…………」

 町田は突然ハイテンションになったおれの話を、ぱちぱちと瞬きしながら聞いて。ゆっくりと眉尻を下げた。

 なんだ?

「あの、加藤さん」

 おう。

「おれは見えるだけで、王女さまとお話はできません」

 は、あぁぁぁぁぁ?

「マジかっ」

「…………」

「…………」 

「……言って…ませんでし…たっけ?」 

 ないわっ、ぼけ。

 この、役立たず!

 やっぱりおれは間違っていた。

 あてにするんじゃなかった。

 見えないものを見るやつなんて。



「どうしたの? 兄ちゃん」

 おれの気分には敏感な虎が二段ベッドの階段で足を止めた。

「なぁ、おまえ、ボランティアってどう思う?」

 唐突なおれの問いに、虎は「うーん?」と応えて天井を見た。

「駅前のお掃除をしてくれてるひとたちを見ると、余裕があって、すごいなーえらいなーとは思うけど。半端な気持ちで仲間にはなれないし。ぼくには…まだ、無理、かな」

「…………」

 思いがけなく真面目な返答に、ますます己の状況を思うおれ。

 余裕なんてないんだよ、おれも。

 町田は深刻な顔で『王女さまは、あのひとと残りました』と告げた。

 だから?

 そもそも見えない、感じないおれには、そんなのはどうでもいいことだ。

 どうでもよくないのは町田が言っていたこと。

 王女さまは『きっとあのひとを助けてほしいんですよ』。

 助ける? 誰が?

「兄ちゃん」虎が階段からひょいと下りて、机の前で地蔵になっていたおれの首に温かな腕をまわしてきた。

「ぼく、役に立てる? なんかね、今そんな気がした。――変?」

「…………」

 不感症なのはおれだけなのか。

 今度は虎に頼んだかよ。

「兄ちゃんは、ぼくを見つけてくれた。一所懸命に隠してたのに、いじめられてることにも気づいてくれた。今は兄ちゃんだけが、ぼくを本当のぼくでいさせてくれる」

「…………」

 返す言葉がなくて。黙ってただ頭をなでてやる。

 なでながら気づいた変化。

「――――ぼく? おまえ今……虎?」

 ふたりきりなのに?

 くすくす笑う虎には、おれの前では思うまま、自由に自分らしくしろと言ってある。

「沙織さんが教えてくれたの。なんかアニメとかには僕っ子っていうジャンルの女の子がいるんだよ。『とんちゃん、大人になるまでコレでいっちゃいな』って沙織さんが。いっぱい動画を見せてくれたよ?」

 あ…の、女。

 おれのかわいい弟に、なにしてくれてんだ!

「でもね、兄ちゃん」おれのゆがんだ眉に気づいた虎が、両手の人差し指で伸ばすようにおれの眉毛をなでる。

「ぼく、おかげで虎で真央で、ぼくになれた。言ってる意味…わかる?」

「…………」

「ぼく、がんばるから。みんなに奉仕できるボランティアなんかまだできないけど。一海さんや沙織さんみたいに、ぼくもいること……、ちゃんと思い出してね。つらいことをするときは」

「…………」

 つらいのはいつも町田や王女さんが見つける誰かで、おれじゃない。

 ――というより――

 虎が階段を上がる気配をぼんやりと感じながら、ずっと心の底で考えていたことが、突然頭いっぱいに広がった。

 虎を助けるために、不感症のおれに見切りをつけた王女さんが動いてくれたのか?

 見える町田を探してくれたのか?

 ――ありえる――

「かんべんしろよ」

 それに気づいて恩返しもしない男に、おれはなれない。

 ――だからって――

 恩返しの仕方くらい、こっちに選ばせろよ、王女さん。

 見ず知らずの30オバサンに「なんか悩んでるなら聞きますよ」とか突然聞けないし。

 まして「あんたが絶望で死にそうだって言ってるやつがいるんですが」とか。

 なんで言えると思うんだ。

 たとえ毎週通って顔を覚えてもらったとしても、オバサンは仕事中でおれは客。

 いったいおれにどうせよと?


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