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第9話 ニームの休日

休日、といっても何をすればいいのか思い浮かばない。紫は生憎ここの地理に詳しくはないし、グー◯ルマップなどの便利な機器もこの世界にはない。買い物、と思っても現金を持っていないし、必要なものは全て支給される。

さて、どうしたものかと宿を彷徨っていると、エドワードを発見した。


「ユカリチャン! 今日はお休みだけどなんか用事ある?」


彼は早速紫に声をかけた。


「何もないですけど…」


紫は正直に答えた。


「お! それじゃあ僕と一緒にデートしない?」


エドワードはキラキラした顔で紫を見つめる。彼女は困惑した。確かにエドワードはイケメンだ。それはもう、町を歩いたら大抵の女性は振り返るほどだ。というか、エドワードに限らず、オリヴィアもレオンもこのメンバーは美形揃いだ。

だが、彼の真意がわからない。彼はかなりの遊び人だと聞いているし、紫以外にも遊ぶ女はたくさんいそうだ。そもそも、紫はエドワードのことをそういった対象として見たことがない。彼とはあくまで旅の仲間でいたい。じゃあ、レオンはどうだろうか。もし、レオンに訓練ではなくデートに誘われたら…紫は心臓が飛び跳ねるのを感じた。


(だめ…。だって、レオンは貴族で、私なんかよりずっと強くて、とてもじゃないけど釣り合わない…って、私ったら何考えてるのよ! 今は早くエドワードさんに返事をしないと)


「ダメです」


紫ははっきり断った。


「ええー、なんで? そんなはっきり断られると傷付くよー」


エドワードはしょんぼりした顔で言った。


「デートなら、他の女の人誘えばいいじゃないですか。私はこの国の人たちとは容姿が違うから、目立ってしまうかもしれないし…」


「ユカリチャンの容姿は関係ないよ。確かにちょっと変わってるかもしれないけど、ユカリチャンはエキゾチックでとっても綺麗だよ。いつまでも触っていたくなるような艶のある黒髪、思わずキスしたくなるような小さなくちび…ぅご!?」


その時、急にエドワードが視界から消えた。


「ふざけるのも大概にしろ、エド。彼女はお前が遊んでいいような女じゃない」


エドワードを物理的に飛ばしたレオンが怒りを露わにして言った。


「遊びじゃないって、本気だって…」


「ユカリちゃん?」


その時、騒ぎを聞きつけたオリヴィアがやってきた。ぽかんとしている紫、怒っているレオン、ダメージを受けてるエドワードを見て事情を察したようだ。


「全く、いい加減にしなさいエド。ユカリちゃんはこれから私と町に行くんだから」


紫が驚いたように顔を上げる。


「なら僕も一緒に…」


「だめよ、あんたはその辺の女の子でも難破してくればいいじゃない。」


「ひどいよぉー」


「オリヴィアがいるなら安心だな。何かあったら連絡しろ、駆けつけるから」


「ええ。」


レオンとオリヴィアは言葉を交わした。

紫はよくわからないままオリヴィアについていくことになった。


---


「それで、どこに行くんでしょうか?」


紫は町を歩きながらオリヴィアに聞いた。


「ショッピングよ」


彼女は楽しそうに答える。


「でも、必要なものは全て団の方から支給されるので…」


買い物に行く必要はない、と続けようとした紫の言葉を彼女はとんでもないという風に遮った。


「女の子に必要な物もあるでしょう? さあ、もう着いたわ。」


やがてオリヴィアはとある店に入った。紫もそれに続いていく。店内は閑散としていて、たまに女性が物色している程度だった。


「Buon jou’s!」


オリヴィアがフランツィア語で店員さんに挨拶した。


「N jou’s buon!」


店員が挨拶を返す。紫も彼女に倣って挨拶した。


「ここはね、香水の専門店なの。もうそろそろ持ってきた香水が切れそうだったから買い足そうと思ってきたんだけど…ユカリちゃんも気に入ったものがあったら遠慮なく買ってちょうだい」


「あの、でも私、お金持ってないです…」


「大丈夫よ、行く前に副団長から資金を分取ってきたから。それに、ダンジョンで稼いだ分もあるんだから遠慮なく使って構わないわ。」


「わかりました。」


懸念が払拭されたので、紫は香水の物色を開始した。さりげなく値段を見てみたが、生憎この国の物価もレートも分からないので、それが高いのか安いのか判断できなかった。

結局、オリヴィアは薔薇の香水を買い、紫はローズウォーターを選んだ。


「私はちょっと野暮用を済ませてくるから、ユカリちゃんはこの辺りで待っててちょうだい。」


店を出た後、オリヴィアはさっさとどこかへ行ってしまった。紫は適当にぶらぶらしようと歩き出した時、腕に赤ん坊を抱えた女性2人組に呼び止められた。


「マダム、ちょっといいですカ」


頭に黒いスカーフを被った女性にイングレ語で話しかけられた。もう1人の濃い青色のスカーフを被った女性も紫の方を見ている。2人の肌の色は褐色で、黒スカーフのイングレ語も少しイントネーションが変だったことから紫は外国人かな、と推測した。


「はい。」


紫は少し警戒しながら返事をする。


「実は、この子、もう3日も何も食べてないんです。どうか、ご慈悲を…」


黒スカーフの女は赤ん坊を指差して言った。


「どうしてですか?」


紫は単純に疑問をぶつけた。紫の言葉に彼女は悲しそうな表情をして言った。


「私たちはスーリィアから来た難民です。戦争で私たちの故郷奪われた。人もたくさん死んだ。私たち、なんとかここに逃れたけど、仕事ない。仕事あってもこの子いるから働けない」


彼女は必死に訴えかけた。立ち止まって話をしている紫たちの横を貧しい身なりをした子どもが駆け抜けていく。


「そうですか…。力になりたいけど、今お金持ってないの。…そのかわり、必ず、魔王を倒してこの戦争を止めるって約束するから」


紫は並々ならぬ決意を瞳に宿して宣言した。

2人組は紫の言葉を聞くと、軽く会釈をして去った。


今度こそ行こうと紫は歩き出す。そして、すぐに気がついた。


(軽い…?)


ふと嫌な予感がして身なりを確認すると、腰にあるはずの剣がない。


(しまった!)


紫は慌てて周囲を見回し、視界の端に剣を重そうに抱えながら走っている少年の姿を捉えた。彼女は間髪入れずに走り出し、子供を追いかけた。

ニームの町を舞台とした壮絶な追いかけっこが始まった。


少年、アムルは周囲を確認すると行きつけの鑑定屋に入って行った。早速、店主に今しがた奪ってきたばかりの剣を差し出すと、鑑定を頼む。


「待ちな、さい、それは、私の、剣よ」


しかし、息を切らしつつもなんとか追いついた紫に止められる。


「違う、僕の剣だ」


だが、アムルは悪びれもせずに否定する。

鑑定士の店主のおじさんは興味深そうに2人を観察した。


「嘘つかないで! 正真正銘私の剣よ」


紫は怒りに任せて反論する。2人の言い争いを見ていた店主は、一つ提案した。


「だったら、決闘したらどうだ? ほら、練習用の剣を貸してやるから」


そう言うと、彼は本当に木でできた剣を2振り持ってくると、それぞれ少年と紫に投げ渡した。


「決闘で勝った方が剣の持ち主だ。」


「いいよ。いつでも掛かってきなさい」


紫は静かに剣を構えた。


「それじゃ、行くよ!」


アムルは元気よく言うと、早速踏み込み、剣を振り下ろした。


(レオンに比べたらぜんっぜん遅い。)


紫は余裕で攻撃を受け流すと、彼の股間に蹴りをかまして剣を打ち落とした。


「私の勝ち」


紫は高らかに勝利を宣言した。


「そんな、ずるいよ」


アムルは悶絶しながら抗議の声をあげる。


「いや、今の決闘は嬢ちゃんの勝ちだ。いやー、見事な蹴りだったよ。てことで、その剣は嬢ちゃんのもんだ。アムル、彼女に返しなさい」


「チッ」


アムルは悔しそうな素振りを見せつつも素直に剣を返した。


「ありがとう」


紫は彼に微笑んで剣を受け取った。


「ふん」


彼は不機嫌そうに鼻を鳴らすと、さっさと去っていった。


「ご迷惑おかけしました」


紫は一言詫びを入れ、店を去ろうとした。


「待て、嬢ちゃん。せっかくだからその剣を鑑定してやるよ」


店主のおやじはにやりと笑って言った。


「ありがとう、ございます」


紫は礼を言い、剣をカウンターの上に置いた。彼は早速丁寧に剣を鑑定し始めた。


「これは代々ブリジット王家に伝わり、勇者に与えられるという、剣神ピエリアの剣…」


店主はそこで少し言い淀んだ。


「の、レプリカだ。」


「え?」


紫は驚いて彼をみる。そんな説明はなかったはずだ。


「本物はもっと扱いにくい。もし、嬢ちゃんが普通にその剣を振れるなら、それはレプリカだ。まあ、レプリカといってもこの剣は国宝に相当する価値があるがな」


紫はショックで目の前が真っ暗になった。


「そんな…」


そして、混乱を避けるため、この剣の秘密は誰にも話さないと誓った。


---


「ユカリちゃん、どこに行ってたの! 心配したじゃない」


「ごめんなさい、オリヴィアさん。ちょっとトラブルがあって…」


剣を取られたとはいえ、勝手に移動してしまった紫は案の定オリヴィアに怒られた。


「まあ、無事に帰ってきたからいいわ。あとは…最近流行ってるパンケーキとかいうおやつを食べて帰りましょう」


「はい!」


紫は目を輝かせ、彼女に着いていった。


こうして、紫は束の間の休息を過ごした。

ようやく書きたかったシーンのうちの一つが書けた

スカーフの女が出てくるシーンは多少脚色を加えているものの実話です

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