第8話 再びダンジョンへ
年内完結を目指して頑張ります
今日も紫はレオンとともに訓練に励んでいた。
「っ…!」
紫が上から剣を振りかぶり、かなりのスピードでレオンに攻撃する。だが、レオンは彼女の攻撃を完全に見切り、受け流しながら手首を捻って紫の首筋に剣を当てた。
「紫はスピードはあるが素直すぎる。動きが読みやすいし、攻撃も単調だ。下級の魔物相手には通用するかもしれないが…。」
レオンは講評を述べた。
「実戦で勝敗を分けるのは実力だけじゃない。動きの読み合い、心理戦が必要だ。正しい動きをしていれば必ず勝てるわけではない。時にはこういった手も有効だ」
レオンがいきなり剣を構えたので、紫もそれに対応する。彼は素早く踏み込み、剣を振るった。紫は攻撃を受け流そうとし、下半身に衝撃を感じて剣を取り落とす。遅れて彼にキックされたのだと理解した。
「そんな、反則よ…」
紫は彼に抗議する。
「実戦に反則もクソもない。どんな手だろうが、やったもん勝ちだ。」
だが、レオンは悪びれもせずに答えた。
「だからといって女の子にキックするのは感心しないわね。」
「オリヴィア…」
その時、先ほどの試合を見ていたオリヴィアがやってきた。手に何か玉のようなものを抱えている。
「ユカリちゃん、魔石が手に入ったから魔力鑑定をしてみましょう」
紫はオリヴィアが持っている魔石を見つめた。
「こうやって、魔石の上に手をかざして…」
オリヴィアは説明しながら自ら実演する。すると、透明だった魔石が眩く輝き出した。
「すごい…!」
紫は思わず感心したように声を上げる。実際、オリヴィアは騎士団の中でも剣術はトップクラス、魔法も使えるため、精鋭に選ばれた。
「ふふ。さあ、ユカリちゃんもやってみて。」
オリヴィアに促され、紫は期待を込めて魔石の上に手をかざす。レオンもじっと魔石を見つめていた。
だが、何も起こらない。数秒経っても何も起こらず、紫は落胆した。オリヴィアも首を傾げている。
「魔力が全くない人間もいないわけじゃないけど…。ユカリちゃんは異世界から来たからかしら…?」
「つまり、私は魔法が使えないってことですよね」
「そういうことになるわね」
オリヴィアは苦い顔をしながら言った。
「問題ない。魔法が使えなくても剣術を鍛えればいい。」
だが、レオンは全く気にしていなかった。
「そうね…。」
オリヴィアも渋々納得した。
「そういえば、またダンジョンに潜るわ。副団長の指示よ」
オリヴィアは思い出したように言い出した。紫は彼女の言葉に一瞬顔を固くしたが、すぐに元通りの表情に戻って言った。
「そうですか。今度こそ、私は戦います。ここ最近の訓練の成果を出してみせます。」
紫は覚悟を決めた表情で言葉を告げた。
皆はそんな紫の様子を嬉しそうに見ていた。
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一行は再びマニヨン洞窟に向かった。6階層までは問題なく通り抜け、いよいよ7階層に降り立った。
(もう、大丈夫。レオンに戦い方を教わったから)
紫は剣の柄を撫で、自分に言い聞かせた。前方にはレオンの姿もある。
一行は進み続け、再びボス部屋と対面した。
「ユカリ、やれるか?」
セオドアは彼女の方を振り返って言った。
「はい。援護もいりません。私が、今度こそは確実に仕留めます。」
紫は決意を新たにすると、自らボス部屋の扉を開き、進撃した。
緑色の肌に醜悪な顔、棍棒を持った魔物ゴブリンが紫を迎え入れる。
彼女は静かに剣を構えると、敏速な動きで訓練通り剣を振るい、一撃でゴブリンの首を跳ね飛ばした。部屋中にゴブリンの血が飛び散る。紫は剣についた血糊を振り払うと、ゴブリンの死骸から出てきた魔石を拾って皆の元に戻った。
「ゴブリン一匹、討伐しました。」
紫は淡々と告げる。すると、歓声が上がり、皆口々に紫を褒めた。
「やったじゃない! ユカリちゃんならできると思ったわ」
オリヴィアは紫の頭を撫でた。
「よくやった、紫。だが油断するな。」
レオンは嬉しそうな様子で言い、
「ユカリチャン、よかったね! まさか一撃で仕留めるとはね…。さすが、レオンが稽古をつけてるだけはあるよ」
エドワードは紫を褒めながらさりげなく彼女にボディタッチしようとし…いち早く察したオリヴィアに叩かれていた。
「ユカリさん、頑張りましたね」
ジェイミーは紫を労り、最後にセオドアが喋った。
「ユカリ、やるじゃないか。だが、先は長い。一喜一憂せずに、これからも鍛錬に励め」
「はい」
紫は厳かに返事をした。
(なあんだ、ゴブリンって意外に弱かったのね…。まさかあんなにあっさり倒せるなんて。)
紫は心底意外だった。そして、ついに魔物を討伐したというのにあまり嬉しいといった感情が湧いてこないことに気がついた。
(魔物とはいえ、私は命あるものを斬ってしまった。私の手は、もう綺麗なままではない…。でも、それは仕方がないことなの。だって、この世界は残酷なんだから…)
「先に進みましょう」
一行は更に進み、当初の予定であった10階層を楽に突破し、中級者向けと言われる20階層まで到達した。ほぼ初心者だった紫がたった1週間ほどの訓練で精鋭メンバーがいるとはいえ、中級者向けの階層に到達できたことは偉業と言える。
何事もなくダンジョン捜索も終わり、一行は解散した。これからは自由時間が確保されていたが、紫の足は自然と闘技場跡に向かっていた。当初の目的は達成されたとはいえ、流石に10層以下の魔物はとても強く、援護がなければ倒せなかった。紫は自分の実力不足を痛感し、訓練に対するモチベーションも上がっていた。
「…レオン」
そこには、既に先客がいた。
「やはり、来ると思っていた。紫、訓練を始めるぞ」
「うん。」
そして、2人の訓練はまた夜明けまで続いた。
「もう日が昇ってる」
紫は闘技場から見える朝日を眺めながら言った。
「そうだな。そろそろ終わりにするか」
二人は帰り支度を始め、宿に戻った。再び朝帰りである。宿の前には仁王立ちのセオドアが立っていた。
「お前ら、本当に訓練が好きだな…。ダンジョンに潜ったばかりだというのに…。まあいい、明日…いや、今日は休日にする。」
セオドアから休日、という言葉が飛び出した。だが、この世界に来てから紫には休日という概念がない。なので、当たり前に明日も訓練するか、と考えていたその時、
「訓練は禁止だ。もちろん自主訓練もだ。ユカリ、時には休息も必要だ。この町は娯楽も盛んだそうだから、どこかで息抜きをしてこい。」
「わかりました。」
セオドアに訓練禁止を言い渡された。
こうして、紫は異世界に来てから初めて休日を得た。