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第6話 挫折

ダンジョン捜索は中止となり、一行はニームの宿に戻った。宿に到着した途端、紫は自分の部屋に直行し、扉に鍵をかけた。

床にぺたりと座り込んだ紫は、静かに涙を流した。ふと顔をあげると、視界の端にピエリアの剣が映る。彼女はよろよろと移動すると、剣を拾い、また投げ捨てた。


(無理だよ、絶対無理! ここに来る前はただの女子高生で、剣なんか触ったことすらなかったし、戦った経験もない! なのに、急に魔物を倒すなんて、できるわけないじゃん! ましてや魔王なんて…)


紫はまた涙が溢れるのを感じた。泣きすぎて、喉が痛いくらいだ。


(私は、何のために…。ああ、何の力もない、無力な自分が腹立たしい。どうしてあの時動けなかったのか…。今の私じゃ皆の期待に応えられない!)


「ユカリちゃん、ご飯よ」


その時、ノックの音とともにオリヴィアが声をかけた。

しかし、紫は無視した。目は腫れているし、今はとてもそんな気分ではない。


「ユカリちゃん、寝てるの?」


それでもオリヴィアは声を掛け続ける。


「ちょっと失礼するわね」


その時、ものすごい音とともに元々立て付けが悪かった扉が一部壊された。オリヴィアは、一瞬表情を固くしたものの、すぐに普段通りの表情に戻って部屋の中に入った。


「ユカリちゃん、大丈夫?」


オリヴィアは紫に優しく声をかけると、紫は顔を上げた。


「どうして、泣いているの?」


オリヴィアは紫の隣に座って尋ねた。


「それは…何もできなかった自分が情けないからです」


「誰だって最初はそんなものよ。そもそも最初の失敗をそんなに引きずっていいこともないわ。」


「確かに、そうかもしれません…。でも、私は勇者なんです。皆から魔王を倒すことを望まれた、唯一無二の存在。私、ずっと勘違いしてました。ここに来てからずっと救国の勇者なんて言われて、おだてられて、期待されて。本当に魔王を倒すそんな力があるのかも分からないまま、約束して。どうにかして魔王を倒せると思ってました。でも、違った。実際は、ゴブリン一匹すら満足に倒せない…」


続く言葉をオリヴィアが遮った。


「いいわ、あなたの気持ちは痛いくらい分かったわ。でもね、ユカリちゃんがそんなに気を病む必要もないわ。そもそも私たちの世界の問題に無関係のあなたを巻き込んでしまって、碌な訓練もしないままいきなり実戦に放り込んでしまった私たちの責任でもあるのよ。ごめんなさい。」


彼女の謝罪に紫は慌てた。


「そんな、オリヴィアさんが謝ることじゃないです。」


「いいえ、そういうわけにもいかないわ。とにかく、今日はもうゆっくり休みなさい。お夕飯は下の食堂に用意してあるから、気が向いたらいつでも食べて。」


オリヴィアはそう言うと立ち上がった。


「おやすみなさい。」


彼女は最後に挨拶すると部屋を去った。紫は、彼女の後ろ姿を見送った。


---


「…と、そういうわけなのよ。私としては彼女の心情にも配慮して…」


オリヴィアは下の階に降りると、食堂の隅にあるテーブルに戻った。同じテーブルにはエドワード、レオン、ジェイミーがついている。


「そっか…。確かに、僕たちの責任でもあるね。いや、王国の責務というべきか…。少し先を急ぎすぎたね。」


エドワードは紫に同情した。


「でもそれってそんなに気にすることなんですかね? 僕も初めて魔物と対峙した時は、それはもう今でも鮮明に覚えているくらいひどいものでしたよ。」


ジェイミーは自分の失敗を語り、苦笑した。


「つまり、紫は戦闘経験は愚かまともに戦い方を教わったこともないんだな?」


レオンは疑問を口にした。


「ええ、そうだと思うわ…。前にユカリは彼女がいた世界に魔物はいなかったって言ってたし…」


オリヴィアは思い出したように答える。


「なら、鍛えればいい。紫の手は綺麗だ。剣だこもないし、血の匂いもしない。でもそのままじゃ魔王は愚かこの残酷な世界を生き延びることすらできない。」


レオンは確信を持って言い、笑みを浮かべた。


「今から俺が稽古をつけてやる。もしついてこれなければ、そこまでの奴だったということだ。」


レオンは早速立ち上がり、2階に向かった。


「え、ちょっと、レオン!? 流石に急すぎよ!」


「それは流石に鬼畜すぎだよ、レオン」


「待ってください、レオンさん。まだ副団長の許可も…」


オリヴィアとエドワード、ジェイミーが抗議の声をあげるが、それらを無視して彼はさっさと行ってしまった。


レオンはオリヴィアが破壊したドアを開けるとノックもせずに紫の部屋に入り込んだ。ベッドに座っていた紫は驚いて彼を見る。


「レオンさん…?何の用ですか?」


だが、レオンは全く気にせずに紫に告げる。


「紫、まだ戦う意思があるのなら剣を拾え。」


「…もう無理。私には無理だよ。もう二度と剣は振らない。そもそも私には向いてなかったの、勇者なんて。」


紫は静かにそう言い、彼女の言葉を聞いたレオンは失望を露わにした。


「そうか。戦う意思がないのなら無理強いはできない。好きにしろ。」


レオンは紫を一瞥して突き放すようなことを言った。


「確かお前は異世界から来たんだったな。なら、自分の世界に帰れ。」


レオンは言うだけ言うと、紫に背を向け、歩き出そうとした。


「まって…待って、ください。魔王を倒さずに帰ったら、この世界の人たちは…それに、私は約束を果たせない…。」


紫は立ち上がり、剣を拾った。


「私は、私の使命を全うする…。そのためだったらなんでもやる。だから、レオンさん、どうか…」


「レオンでいい。今から紫に戦い方を教えてやる」


レオンは満足そうに微笑むと、紫に向き合った。


レオンは紫を闘技場跡に連れていき、早速訓練を開始した。剣の手入れの仕方から剣の構え方、初歩的な講義から始まり、軽い打ち合いまでやった。紫は意外に剣の筋が良く、教えたこともすぐに吸収するため、レオンの方も指導に熱が入って気がついたら夜明けまで訓練を続けていた。

日が昇り始めた頃、ようやく訓練が終わり、二人は宿に戻った。そう、朝帰りである。当然セオドアに怒られた。


「レオン、紫はまだ初めての戦闘で受けたダメージから回復してないんだぞ…。なのに夜通し訓練をするなんて…。そもそも、訓練するなら俺の許可を取ってからにしろ。まあ、過ぎたことはもういい。…はぁ、これだからローゼンテールの者は…。」


セオドアは呆れながらため息を吐いた。


「副団長、すみません。それとローゼンテールがどうかしましたか?」


レオンは全く反省していない様子で口だけ謝った。


「いや、なんでもない。とにかく、レオンは引き続きユカリに稽古をつけてやれ。適度にな。それと、この町にはもう少し滞在する。」


セオドアは今後の方針を打ち出し、また再度ため息を吐いた。


それから、紫は朝も晩も稽古に打ち込んだ。レオンがいない時も自主訓練を欠かさずに行った。しかし、戦況は悪化の一途を辿っていく。魔王率いる魔王軍は快進撃を続け、戦争に勝っていた。

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