第4話 謁見
船上
「まず、魔大陸に渡るためにはルーシー帝国を経由する必要がある。」
王国騎士団副団長セオドアはテーブルの上に地図を広げ、ルーシー帝国を指差した。
「ルーシー帝国に入国する最短ルートはこれだ」
彼はそう言い、フランツィア王国からルーシー帝国を直線で描いた。
「ところが、ここを通ると紛争地域に突入する。だから大幅に迂回して、フランツィア王国を出たらスペランツァ王国に行き、マグレブ王国に向かってそこから砂漠を突っ切る」
副団長の言葉に精鋭の皆はサッと青褪めた。
「流石にそれは無茶ですよ!砂漠を越えるのに何日かかると思ってるんですか!?」
早速エドワードが口を開いた。
「そうよ、そのルートで行けば数ヶ月はかかりますわ」
オリヴィアも加勢した。
「僕も、そう思います…」
ジェイミーも自信なさげに賛同した。レオンは固く口を結んだまま地図を睨みつけている。
「じゃあ紛争地帯を通っていくか?」
「…」
だが、そんな反対意見も副団長の鶴の一声で抹殺された。
「もうすぐこの船はフランツィア王国の港に到着する。王国に入ったら王都に向かい、フランツィア王に謁見する。」
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フランツィア王国王都
港に着いてから馬車で移動し、勇者一行は王都に辿り着いた。王都にある宮殿は、ブリジットの宮殿とはまたちょっと違った、それでも贅を尽くした造りの豪華な宮殿だった。
正装に着替えた勇者一行は謁見の間に入り、待機した。ほどなくしてフランツィア王アンリ4世と王妃マリーが現れた。
紫は事前に教えられた通りにカーテシーをする。
「面をあげよ」
フランツィア王の低い声に一行は顔を上げる。アンリ4世はさすがフランツィア王だけあり、威厳があった。マリー王妃は、ヴィクトリア女王とはまた違った美しさをもつ女性だった。ヴィクトリア女王が野に咲く白百合だとしたら、マリー王妃は大輪の薔薇。さすがフランツィア国内のファッションリーダーと言われているだけある。
リーダーであるセオドアが一歩前に進み出て発言した。
「私はブリジット王国王国騎士団副団長のセオドア・ヴェインと申します。簡潔に申しますと、すでに書面にて申し上げた通り、我が国ブリジットは勇者召喚の儀に成功し、勇者とともに魔王を討伐し戦争を終結させる計画を実行に移したため、陛下に挨拶に参りました次第でございます。」
「ほう。して、勇者は?」
セオドアに促され、紫は一歩前に出た。
「私が勇者ユカリ・カミイズミです」
王は紫に射抜くような視線を向けた。思わず彼女はたじろぐ。
「そうか。魔王を倒すことで救われる命も少なくはないだろう。フランツィア王国はブリジット王国の同盟国として最大限支援する用意がある。」
「陛下の慈悲深き御心、感謝いたします。」
セオドアが代表として礼をし、謁見は終了した。
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勇者一行はそれぞれ客室を与えられ、今日は宮殿で一晩休むことになった。とはいえ、まだ寝る時間ではないため、副団長を除いた皆は自然と居室に集まった。ちなみにセオドアはフランツィアの旧友に会うとか言ってどこかへ行ってしまった。
「フランツィアのティーも香りが良くて美味しいわ」
オリヴィアが元貴族令嬢らしく優雅に紅茶を飲んでいる。
「そうか?俺はブリジットの紅茶の方が口に合うな」
レオンは少しティーに口をつけ、感想を言った。
「私はどっちの国のお茶も好きです…」
紫は控え目に呟いて紅茶を煽った。
「ユカリちゃん…」
「それにしても、今日の謁見は少し緊張しました。他国の王様に会うのは初めてだったので…」
紫は思い出したように呟いた。
「そうね、ユカリちゃんは初めてなのよね。私たちは一応貴族の出だし、職務上そういった機会はたまにあるけれど…」
「僕は平民ですけどね…」
オリヴィアの言葉にジェイミーが反応した。
「そうだったわね、ごめんなさい。」
「ジェイミーさんは私と同じ平民なんですか!? というか、他の皆さんは全員貴族ということですか?」
紫が驚きとともに疑問の声をあげる。
「そうだよ。そもそも基本的に王国騎士団は貴族出身でないと入れないんだ。ジェイミーは例外だけどね。僕は一応伯爵家の出身で、オリヴィアは大貴族の娘。レオンはあのローゼンテール家の分家の出だ。」
部屋の隅に置いてある観葉植物を眺めていたエドワードが、紫の疑問に答えた。
「そうなんですね…。だから皆さんああいった場に慣れてらしたんですね。私なんかマナー通りにやるので精一杯でした。なんだか王様の威圧感がすごくて…」
「それは私も思ったわ。というか、これは私の勘に近いけど、あの王様は…」
オリヴィアは何かを言いかけ、急に口を噤んだ。不審に思った紫が何事かと辺りを見回すと、レオンも不思議に思ったのか片眉を跳ね上げていて、ジェイミーは紫と同様に何が起こったのかわからずにきょろきょろしていた。そして、エドワードはとある一点、観葉植物を睨みつけ、普段からは想像もつかないような威圧的な雰囲気を醸し出していた。エドワードはそのまま観葉植物の方に向かうと、皆が注目する中、おもむろに植木鉢の中に手を突っ込み、何かを引っ張り出した。
「どうやら、これがフランツィアから僕たちへのお・も・て・な・しらしいね」
エドワードは目だけ全く笑っていない笑顔でそう言うと、手に持っているものを握りつぶして破壊した。
それは、盗聴の魔導具だった。