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第34話 勇者と魔王

「よく来たな、勇者よ」


魔王城の最上階の最奥にある謁見の間に辿り着いた紫を出迎えたのは、玉座に座り、どこかで聞いたことのあるようなテンプレなセリフを吐いた魔王シャイターンだった。

頭にツノを生やし、見た者を怯えさせるほど恐怖に歪んだ顔、金色の瞳に巨大な図体。彼は、いかにも魔王といった禍々しい容姿をしていた。

紫は躊躇わず、電光石火の速さで魔王に近付くと、剣を振り下ろした。


「いない…!?」


ところが、既に魔王は消え、空虚を斬っていた。


「いきなり斬りかかってくるとはな」


後ろから、地を這うような恐ろしい魔王の声が聞こえた。


「速い…!」


紫は振り向き際に斬撃を放った。しかし、魔王はそれすらも回避すると、再び玉座に座っていた。移動したにしてはいくらなんでも速すぎる。紫は、魔王が何らかの方法で瞬間移動していると推測した。


「私は待ち侘びていたぞ。ここで、こうして、魔王として勇者を迎えること。絵に描いたようにテンプレなこのシチュエーション」


「テンプレ…? 一体、何のことを言っているの?」


「分からないのならいい。お前は、あまりテレビやアニメ、ゲームなどをやっていないのだな」


紫は懐かしい単語に思わず衝撃を受けた。それらは、ここ異世界に召喚されてから全く縁のなかったものだ。故に。


「どうして、あなたがそれを知っているの…?」


「ふっ。それは私も日本人だったからだ」


「そう」


紫はおもむろに左手で隠し持っていた剣を床に突き刺した。怪訝そうな顔で彼女の不審な行動を見る魔王。次の瞬間、剣から電気が溢れ出し、床一面に広がっていった。魔王は咄嗟に飛び退こうとしたが、床一面に広がっているため逃げる先がない。紫はその好機を逃さず、光の速さで接近すると右手で剣を振るった。魔王は再び瞬間移動で逃げようとしたが、なぜか魔法が使えない。焦る気持ちも虚しく、剣は目の前に振り下ろされていく。

魔王の頭が砕け散った。


「え…?」


紫は思わず驚きの声をあげた。本物のピエリアの剣の能力を使い、電気を通して魔王の魔力を封じたまではいい。しかし、いざ魔王を斬ってみると、まるで陶器でできた人形のように彼の頭は砕け散った。

床に散乱するツノ、顔だったパーツの数々。

砕けた人形の中から本物の魔王が姿を現した。

黒髪に黒色の瞳、幼さすら残した顔立ち。誰もが見惚れるであろう美貌。魔王は、一見、顔以外は普通の人間と変わらない容姿をしていた。

紫は驚きに言葉を失った。ツノの生えた姿を本物の魔王だと思い込んでいたからだ。


「この姿を見せるのも久しぶりだね」


彼は、先ほどまでの声と打って変わり、明るいテノールのような声で喋った。


「これが、あなたの正体?」


「うん、そうだよ。やっぱさ、魔王だからもっと威厳があって、誰もが恐れるような見た目の方がいいかなと思って」


「そう」


「紫も日本人なんでしょ?」


魔王に問われ、紫は驚きに目を見開いた。


「どうして私の名を…」


「知ってるよ、ヴィーシャから聞いたから。出身までは言ってなかったけど、名前と顔を見て確信したよ。君も、私と同じで日本から来たのだと」


「あなたも、そうなの?」


「ちょっと違う。僕は、転生者だ。前世は日本人だったけど、生まれも育ちもここだよ。」


「そうなのね。まさか、日本を知ってる者がこの世界にいるとは思わなかった」


「僕も、自分を倒しにくる勇者が同じ日本人だとは思わなかったよ」


魔王は肩を掠めた。


「でもね、今の僕にとっての故郷はここなんだよ。魔王は勇者に倒されると決まっている。でも、僕が倒れたらこの国に未来はない。自分の故郷を、国民を守るために、悪いけどテンプレは覆させてもらうよ? 僕は、勇者を倒す」


魔王は何もない空間から銃を召喚すると、標準を合わせ、紫に向かって発砲した。魔法で加速されている分、弾丸は普通の銃より速いスピードで着弾する。しかし、紫は見事に軌道を見切り、剣で弾を両断した。


「この程度じゃダメか。」


魔王は銃を亜空間に放り出すと、かわりに別の物を召喚した。それは、先ほどの小銃よりも威力も破壊力も遥かにパワーアップされた、ガトリングガンだった。


紫は本能的に危機を感じ、標準から逃れようと飛び退こうとした。しかし、魔王がガトリングガンを発射する方が僅かに速かった。

撃ち放たれる無数の銃弾を、紫は剣で両断した。しかし、魔法で加速されている上、数が数だ。全ての弾を回避するのは難しく、時々避けきれなかった弾が掠った。致命傷は避けているといえど、確実にダメージが溜まっていた。

紫は一旦離脱し、固そうな椅子の後ろに隠れた。


「無駄だよ」


紫は本能的に飛び退いた。刹那、椅子が爆発する。予め爆弾を仕込んでおいていたのか。キャサリンみたいな手を使うな、と紫は思った。

呑気に考える間も無く、紫は逃げた先にも迫り来る魔王の銃弾を避けるので精一杯だった。


「っ…」


紫は銃弾を避けつつ、自身のスカートの中に手を入れると、煙幕を掴み、思い切り投げた。周りに充満する煙に視界が塞がれる。標的を見失い、銃弾は明後日の方向に撃たれていた。紫はその隙を使い、素早く本物のピエリアの剣を回収すると、魔王の武器であるガトリングガンに向けて魔力封じの電撃を放った。攻撃は見事に当たったが、魔王は何事もなかったかのように攻撃を続けた。煙も晴れ、紫は再び狙われた。しかし、しばらくするとガトリングガンは弾切れを起こした。

紫はそれを狙っていた。魔力封じは、物理攻撃に対しては何の意味もない。ガトリングガンに当てたところで効果は期待できない。しかし、紫は交戦中に見抜いていた。彼が全く弾を補給している様子がないこと。物理攻撃である以上、弾も無限ではない。では、どこから持ってきているのか。魔王は瞬間移動の魔法を使っていた。ということは、時空間魔法で弾を補給しているに違いない。なら、魔力の供給を断ち切ってしまえばいい。

事実、ガトリングガンは弾切れを起こし、魔王の攻撃は止んだ。


「その剣の能力は厄介だね。まあいい、次の手はいくらでもあるから。ねぇ、最後に一つ聞いていい?」


魔王はガトリングガンを再び亜空間に放り出し、完全に攻撃をやめた。


「最後じゃないけど、いいよ」


「君はどうしてそこまでして戦うんだ? 僕は元日本人といえど、転生したからもう完全にこの世界の人間だ。でも、君は違う。異世界から来た君が命を賭してまでこの世界の人間のために戦う動機。それが一体何なのか、僕は知りたい。まさか、無駄に正義感溢れるイキリ勇者ってわけじゃないよね?」


魔王は最後小馬鹿にしたように言った。紫の額に青筋が立つ。


「まず、あなたは大きな勘違いをしている。私はこの世界の人間のために戦ってるわけじゃない。私の目的は、魔王を討伐すること。それさえ達成できれば、この世界の人間なんてどうでもいい。」


「なら、どうして」


「それは…大切な親友との約束を守るためよ」


「へぇ、お友達との約束を律儀に守るためだけにここに来たの?」


「そうよ。それが、嘘に塗り固められた私の人生の唯一の真実だから」


「何やら深いワケがありそうだけど、僕も自分の故郷を守るためにも引くわけにはいかない。」


魔王は黒色の瞳をすっと細めた。


「全力で戦おう。出し惜しみは無しだ!」

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