第3話 ちょっぴりハードな旅の始まり
リングア先生の部屋
「今、大陸は世界大戦の真っ最中だからです」
始まりは、ルーシー帝国の冒険者が無謀にも魔大陸を冒険し、そこで大量の天然の魔石を発見したことにあるという。元々天然の魔石はあまり採れないため希少価値が高く、資源として使われるため欲しくない国などなかった。
「特に我が国ブリジットは、魔導革命が成功したため、国の更なる発展のためにも大量の魔石が必要だったのです。ところが、狡猾なルーシー帝国は魔石を独り占めするため、魔大陸の近代化に貢献するなどとうそぶいて魔大陸の植民地化を進めました」
「そんな…」
「しかし、そんなことをブリジットが許すはずがありません。ルーシー帝国の暴挙を止めるため、エルヤバーンと同盟を組んで南東に軍隊を派遣しました。帝国軍はそれに対抗し、いよいよ武力衝突して最初は小さな小競り合いだったのが世界大戦へと発展しました。それに加えて魔王率いる魔王軍も戦いに参加し、三つ巴の状態で争うこととなったのです。」
思ったよりも複雑で、救いようのない状況だった。
「少し長話になりましたね。もう時間です。」
リングア先生は自身の腕時計を見て言った。
「ありがとうございました!」
紫は机の上にある教材を片付けると、立ち上がって礼を言った。
「勇者様、今、世界は混迷を極め、大変難しい状況にあります。魔王を討伐するのだって様々な困難が伴うでしょう。」
リングア先生は真剣な眼差しで言葉を紡いだ。
「ですが、私は勇者様がいつか故郷に帰れることを祈ってます」
それは、どこか憂いを帯びた言い方だった。
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それからまもなくして勇者の旅は始まった。
出発の前の日の夜は宮殿で盛大なパーティーが開かれ、王族、国内の貴族、他国の使者などが出席した。
次の日の朝、紫は大勢の人に見送られながら護衛の騎士たちとともに馬車で出発した。行く先々で勇者は歓迎された。一行は時間をかけながらも進んでいき、ようやく港に辿り着いた。ブリジット王国は島国なので、外国に行くには船を使う必要がある。そして、国境を越える前に護衛の騎士たちとはお別れした。
ブリジット王国を出国してからは、王国騎士団副団長セオドアと彼が騎士団の中から選んだ数人の精鋭とともに向かうことになっている。早速勇者一行はフランツィア行きの船に乗り込んだ。
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紫は長い黒髪を風で揺らしながら甲板に立っていた。彼女はふと腰にある宝剣、ピエリアの剣に視線を向けた。これは、出発する前にヴィクトリア女王から賜ったものだ。
-これで、魔王を倒さなくてはならない。でも、本当に自分にそんな力があるのだろうか? 自分は、勇者としての役割を果たせるのだろうか?
「ユカリちゃん、紅茶をもらってきたからお茶にしましょう」
紫がぼーっと海を見ながら考え込んでいる間に、今回の旅の仲間である騎士団の精鋭の一人、オリヴィア・セイモアがやってきた。短い金髪に青い瞳の美女だが、美しいというより麗しいという言葉の方が似合う雰囲気だ。彼女は男が多い騎士団の中でも珍しい女性騎士だ。そして旅の仲間の中で紫以外唯一の女性メンバーだった。やはり、メンバーの中に同じ女性がいるということは心強かった。
二人は船の中に移動し、紅茶を口にした。
「ユカリちゃんは異世界から来たのよね? ユカリちゃんのいた世界って、どんなところ? 異世界なんて全く想像がつかないから興味があるわ」
オリヴィアは紫に質問した。
「私がいた世界は、魔法や魔術とかはなかったけど、科学が発達していて便利なところでした。」
「へぇ、魔法がない世界なんて想像がつかないわ! じゃあ、魔術師とかもいないのかしら? 魔物とは剣だけで戦うの?」
「いえ、少なくとも私が知る限り、私の世界に魔物はいませんでした。」
紫の返答にオリヴィアは驚愕を露わにした。
「魔物がいない世界なんてあるのね…。きっとその世界はとても平和な世界だったのでしょうね」
「そんなこともないですよ。私がいた日本…国は、平和でしたが、政治的な対立から内戦している国、若者によるデモが激化し内戦直前の国(香港)、人道的危機に瀕している国、貧しい地域など、必ずしも平和ではなかったですよ。」
「そうなのね。やっぱり、どこの世界でも戦争はあるのね」
オリヴィアはそう言うと悲しそうに目を伏せた。
「そうですね…」
紫は相槌を打ち、紅茶を飲んだ。すごくいい香りだ。
「ところで、オリヴィアさんはどうして騎士になろうと思ったんですか? 女性騎士の方って、少ない気がして…」
紫はずっと疑問に思っていたことを口にした。
「自由を得るためよ」
彼女はきっぱり答えた。
「自由…?」
「そう。騎士の象徴である剣は私を自由にする。私は、実はセイモア家っていう大貴族の娘なの。幼い頃から蝶よ花よと育てられて、何かに不自由した記憶はないわ。このままお母様のように誰か貴族の青年と結婚して、奥方になって、子供をもうけて、そんな人生を送るんだって思ってたわ。」
そこでオリヴィアは一旦言葉を切った。
「でもね、それってすごく不自由だなって思ったの。貴族は一見お金も地位も権力も全て持ってるように思えるけど、たった一つ、自由がないのよ。そんな生活の中で私が自由だなと思えた瞬間は、剣を振っている時だけ。でも結婚したら剣の代わりに楽器を持たなきゃいけない。だからね、剣を仕事にできる騎士を目指したの。確かに女性の騎士は珍しいけど全くいないわけじゃない。私は家族に内緒で騎士学校の試験を受けて、合格したわ」
「すごいですね…!」
紫には騎士学校の倍率など知る由もなかったが、そうまでして合格できたのは容易ではなかっただろう。
「でも、親御さんに反対とかされなかったんですか?」
「当然大反対されたわ。だから、私は屋敷を出て行って騎士学校に入学して、それ以来一度も実家に帰らずに騎士の仕事を続けているわ。」
「並大抵の覚悟ではないですね…」
「そうよ。でも後悔はしてないわ。だって、自分が選んだ道なのだから。」
オリヴィアは、迷いなど一切感じさせない様子で言い切った。
「ユーカーリーチャン、何飲んでんの?俺も一緒に…」
「見れば分かるでしょ、エド」
ガールズトークに異物、でなく、精鋭メンバーの一人、エドワードが乱入してきた。オリヴィアは呆れたような表情をしている。
「いいじゃん、俺も一緒にユカリチャンとお話したいなぁ。二人きりで」
「あ、じゃあ、私も…?」
紫は困惑したように言った。
「あまりユカリをいじめるな。困ってるだろう」
そこで救いの手を差し伸べたのが、同じく精鋭メンバーの一人、レオン・ローゼンテールだ。エドワードは金髪に緑色の瞳で軽い感じのイケメンであるのに対し、レオンは銀髪に淡い水色の瞳のクールなイケメンだった。
「そうよ。女の子を口説くのはいいけど、それは他所で済ましてちょうだい。」
オリヴィアが呆れたように諌める。
「冗談だってー」
「はぁ、エドも女さえ絡まなければいい奴なんだが…」
レオンはため息をついた。どうやら相当女癖が悪いらしい。
「みなさん、会議を始めるそうなので集まってください。」
その時、最後の精鋭メンバー、ジェイミーが皆を呼びにきた。
「「「「了解!」」」」
これから、旅の方針を決める作戦会議が始まる。