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第29話 ルーシー帝国

資金を集めたバラディは、オットマン帝国の首都イスティクラールから船でルーシー帝国へ向かった。


「さむーい!」


ルーシー帝国はオットマン帝国の気候と違い、少し肌寒かった。しかし、北に行けば行くほどもっと寒くなるらしい。キャサリンは既に文句を垂れ、紫が呆れたように見ている。寒さに慣れていないのか、ラティーファも口には出さないもののぶるぶると震えていた。対してリーザは平気そうな顔をしていた。

ルーシー帝国内は行けるところまで汽車で移動することになった。


「なんか同じ景色ばっかでつまんなーい。もっとこう面白いことはないのかな? 例えば、急にテロリストが来てハイジャックされたり…」


「キャス、縁起でもないことを言わないの。もし本当にテロリストが来たらあなたを囮にしてみんなで逃げるから」


「えーっ、ひっどーい。」


キャサリンはわざとらしくムッとした膨れ面になった。


「…可哀想なキャサリン」


「もちろん冗談よ」


「あははっ、皆さん面白いですね」


やりとりを聞いていたリーザはコロコロと笑った。


「…そう?」


「はい。ところで、ずっとお聞きしたかったんですけど、勇者様以外の皆さまはどういった経緯で旅にご同行されているのですか?」


リーザはずっと疑問に思っていたことを口にした。


「色々あったのよ。まあ、鉄道の旅も飽きてきたし、暇つぶしに丁度いい。騎士団の皆が全滅してから新たな仲間を得るまでの話をしよう」


それから、紫は聞くも涙、語るも涙な身の上話をした。というのは半分嘘で、彼女はあくまで淡々と事実を話した。しかし、キャサリンの前職などグレーな情報はうまく誤魔化した。


「…というわけで、今に至るのよ」


「そうだったんですね。では、キャサリンさんはブリジットのご出身で、ラティーファさんは砂漠の民のご出身と」


「そういうことになるね。」


「で、あんたはどうなのよ、リーザ?」


キャサリンはリーザに質問した。


「私はブリジットの出身です。この間まで魔術アカデミーで学んでいましたが、飛び級で、首席卒業を果たし、今回の魔王討伐の旅の補充メンバーとして選抜されました。」


「そう、優秀なのね。」


紫は簡潔にコメントした。


「アカデミーに入る前はどうしてたの?」


キャサリンが尚も質問を重ねる。


「え、えっと、普通に過ごしてました。」


リーザはなぜか少し動揺した。キャサリンはそんな彼女の様子を見つめていた。


「へえ、普通にねぇ。」


汽車は進む。ルーシー帝国は、領土が広く、大半が何もない土地だった。たまに都市に停車する以外は、ほとんど同じような景色の中をずっと進んでいくような感じだった。


やがて、汽車は終点駅に着いた。


「みんな長旅で疲れたと思うから、ここで一泊していく」


そこは、ルーシー帝国内でも屈指の保養地だった。町の大半が緑で覆われ、空気も綺麗で、なにより温泉が有名だ。貴族の別荘なども集結しているエリアだ。


「いいですね。久しぶりに温泉にゆっくり浸かりたいです」


「あんた、温泉入ったことあるの?」


「え、えぇ、まあ、昔家族と一緒に…」


「へぇ。」


「温泉、楽しみ」


彼女たちは早速温泉に向かった。キャサリンは初めての温泉に大はしゃぎで、ゆっくり湯に浸かっていた紫に叱られていた。ラティーファは、裸同然の水着姿に慣れないらしく、そわそわしていた。一方リーザは慣れた様子でリラックスしていた。


「じゃあ、私は上がるから」


紫はさっさと上がると部屋に引き上げた。しばらくしてから他のメンバーも部屋に上がると、紫は既に爆睡していた。


「寝てる」


「…きっと、お疲れなのでしょう。」


皆、紫の寝顔を見つめた。


「じゃあ、私もそろそろ寝よっかなー」


「あの、私は所用があるので少し失礼します」


リーザは部屋を出ると、どこかへ去っていった。後にはそれを見つめるキャサリンとラティーファが残った。


---


«здравствуйте, принцесса Елизавета.»


宿から少し離れた、暗い路地裏でリーザは一人の男とルーシー語で会話を交わしていた。


«Привет.»


«Как дело?»


«не плохо»


リーザはさっと辺りを見回し、誰もいないことを確認すると、男に何か書類のようなものを渡した。男はざっと書類に目を通すと、路地裏を去り、人の波に消えていった。

リーザは男を見送ると、何事もなかったかのように自らも去ろうと歩き出し、急に足を止めた。次の瞬間、リーザの頭上すれすれにナイフが飛んできて、すぐそばの壁に突き刺さった。


「ひっ…」


リーザは恐怖に竦み上がった。一体誰がナイフを投げたのか。


「こんばんは、エリザヴェータさん」


ナイフを手に持ったキャサリンがリーザの目の前に現れた。


「キャサリンさん…どうなさいました?」


リーザは一瞬表情を固くしたものの、すぐに笑みを浮かべ直した。


「それはこっちのセリフよ。今更とぼけたってムダ。私は全部見てたんだから!」


「一体、何を見ていたって言うんです?」


リーザは余裕の笑みを浮かべたままだ。


「全部よ、全部! あんたが怪しげな男とルーシー語で話してたとことか、何か渡してたところとか。私は最初からあんたはなんか怪しいと思ってたからずっと着けてきたわけだけど、やっぱり黒だった! これではっきりした。あんたは、ルーシー帝国のスパイってわけね!」


キャサリンはリーザに向け、ビシッと指を指した。


「…そうですか。全て見られてしまっていたのでは仕方がない。私も、詰めが甘かったわ。でもね、私は祖国のためにも、任務を遂行しなければならない。こんなところで失敗するわけにはいかないの。だから、キャサリンさん、あなたにはここで消えてもらうわ。」


リーザはすっと笑みを消すと、いつの間にか手にしていた杖を振った。彼女の白い指がまるで指揮者のようにしなった。杖先から氷のような吹雪が飛び出し、刃を形作ってキャサリンに直撃した。しかし、キャサリンはナイフで氷の刃を全て弾いた。


「ふん、やれるもんならやってみなさい!」


リーザは間髪を入れず、杖を下に向けると地面から氷の刃を出現させた。キャサリンは反射的に飛び退いた。が、足場が次々と氷の刃によって固められていく。動きが完全に読まれていた。


「っ…!」


キャサリンは避けきれなかった刃が刺さった痛みに耐えつつ超人的な動きで壁を伝って上方に移動した。リーザの目線はキャサリンを捉え、杖を空に向け、振り下ろした。キャサリンはほぼ反射的に飛び退いた。刹那、雷が落ちた。


「あっぶなーい。ちょっと髪の毛焦げちゃったかもー」


キャサリンは片手で自身の髪の毛を触り、気にする素振りを見せた。リーザは彼女のふざけた態度を見てボルテージが上がりかけた。


「余裕でいられるのも今のうちよ」


リーザは逃げ場を塞ぐように、今度は何本も雷を落とした。と同時に爆発音が響いた。


「きゃっ…!」


リーザは反射的に氷の壁を作り、自らの身を守った。キャサリンが雷攻撃を見越した爆弾を仕掛けていて、見事に爆発した。


「うしろ」


「!?」


リーザは突如真後ろから声をかけられ、振り向いた。しかし、そこには誰もいなかった。


「なんだ」


彼女は前を向いた。瞬間、彼女が誇る氷の絶対防御が崩れた。キャサリンがナイフを持ってこちらに向かってくる。リーザは何か対応しようと杖を構えようとし、手に馴染んだ杖がいつの間にかなくなっていることに気が付いた。


「ないっ…!」


彼女は半狂乱になって焦ったが、時既に遅し。キャサリンのナイフが自身の首に向かって振り下ろされた。

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