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第26話 世界で一番綺麗な瞳


"يلا!"


部族の長が指示を出し、手を上げたのを合図に一族の者は攻撃を仕掛けた。飛び交う銃弾に、紫は剣で、キャサリンはナイフで対応する。ラティーファは、ただ戦いの様子をずっと見ていた。


「やっぱりここは爆弾で一気にやっちゃおうよー。人数が人数だし、C3で一気にドカン と」


「だめに決まっているでしょ。彼らは弱い。私一人で十分。」


紫とキャサリンは余裕で攻撃を交わしながら会話した。紫は銃弾の軌道を避けきり、発砲者の懐に飛び込むと剣を振るった。一人、また一人と倒れていく。急所は全て外してあった。


(このままじゃ全滅する…。一族も大切だし、仲間たちも大切。でも、両者が争ってる。私はどちらかを選ばなきゃいけない。両方助かるためには、私が…行くしかない)


決意を固めたラティーファは自ら激戦地に飛び出した。


「まって! お願い、もうやめて。」


突如飛び出してきたラティーファに皆何事かと驚き、動きを止めた。


「攻撃、一旦やめ!」


族長も空気を読んで攻撃を止めた。


「ごめんなさい。全て私が悪かった。一族を裏切り、勝手に出て行ってしまって本当にごめんなさい。私は皆の元に戻り、自分が犯した罪の罰を受けるから、どうか、ユカリたちには手を出さないでください」


ラティーファは族長の前に進み出ると、彼の目を見て真摯に謝った。紫とキャサリンは彼女の予想外の行動に驚き、言葉が出ない。他のまだ意識がある一族の者も皆見ていた。


「最初から素直にそう言っておけば良かったのだ。約束通り、その異教徒の娘には手を出さない。お前への処罰については追って沙汰を下す。とりあえず、撤退するぞ。」


長は合図を送り、撤退の準備を始めようとした。


「待って。私はまだ納得してない。あなたたちの元に帰したら殺されると分かっているのに、ラティーファを送り出すことはできない」


しかし、そこで紫が待ったをかけた。


「だからラティーファは殺さない! 帰ったら、式の続きをやって彼女を正式に妻にする」


ムスタファが反論した。


「ラティーファはあなたとの結婚を嫌がっていた」


紫の的確すぎる言葉にムスタファはショックを受けたような顔になる。


「もういい、彼もこんな娘をそれでも嫁にすると言ってくれているんだ。彼に感謝し、さっさと式を挙げよう。」


彼の心が変わらないうちに、と父は心の中で付け加えた。


「ラティーファ、あなたはそれでいいの?」


「…仕方がない。私が行けば、全ては丸く収まる。」


ラティーファは俯き、目を合わせずに言った。


「そう。あなたがそう言うのなら私は無理には止めない。でも、これだけは言わせて。あなたは、狭い鳥籠の中で生きることを望んでいるの? もし、円満に解決するためには仕方がない、自分が犠牲になるしかないとか思っていたらそれは大間違い。それは美しい自己犠牲でもなんでもなく、ただの思考停止だよ。本当に自分の未来を変えたいなら、あなた自身が行動するしかない。私は、ラティーファは狭い鳥籠で生きるような人間じゃないと思ってる。そんなのもったいないよ。まあ、どう生きるかは自分で決めなさい。たった一度しかない、あなたの人生なんだから」


ラティーファは、紫の言葉を聞いて時が止まったような衝撃を受けた。


「思考停止‥」


思えばそうだった。彼女の言ってることは間違っていない。自分は、皆が助かるにはこうするしかないと思い込み、楽な方に流され、他の解決策すら考えようとしなかった。


「この異教徒の娘が言うことには耳を貸すな。さあ、ラティーファ、行くぞ。」


父が娘の手を引き、連れて行こうとした。


「お父様、待って。私は、やはり行けない。」


「なんだと!?この期に及んでまだ逆らうというのか!」


「違う、私は話がしたい。話をして説得を‥」


「もういい!」


父は再び拳銃を取り出した。それを見たラティーファは、悲しそうな顔で血の涙を流し、呟いた。


"يا عفريتة"


物凄い地鳴りとともに砂嵐が吹き荒れた。


「うわっ、何事だ!?」


皆、思わず目を瞑った。しばらくして再び目を開くと、そこには炎を纏った巨大な精霊がいた。


「まさか、お前…」


「炎の精霊イフリータを召喚した。かつて、これで我が一族を襲った部族を全滅させた。」


炎の精霊を見た者は皆恐怖した。


「私は、さっきも言ったけど話がしたい。」


「わかった、話を聞こう、ラティーファよ」


族長が出てきた。


「私は三つあなたたちに要求したいことがある。まずひとつ目は、ムスタファとの婚約を破棄すること。2つ目は、族抜けする私を追わないこと。3つ目は、一族の名誉を守るための手段としての殺人を今後一切禁止すること。」


「全て却下だ、そんなもの」


父は娘の要求を聞き、呆れたように言った。しかし、ラティーファはそれも見越していたのか、表情一つ変えずに続きを話した。


「まだ話は終わっていない。もし、上記の約束が守られなかった、或いは守らなかった場合、私はイフリータを使って一族を滅ぼす。いつまでも古い慣習に囚われ、こんなことを続けている一族に未来はない。守るべき伝統と、悪しき風習を履き違え、いつまでも時代錯誤なことをやっているような部族は、今後、この残酷な世界で自然に淘汰され、やがて消滅するだろう。だったら、私が今ここで、一族を滅ぼす」


ラティーファの血のように赤い瞳が光った。それに呼応し、イフリータが動き出す。


「待て。ラティーファよ、お前が言ったことは確かにそうだろうな。近年、開発に伴い、我々砂漠の民の住む場所は失われつつある。それは、部族間の抗争に発展していく。最近では生き残るために都市部に進出していく部族も少なくはない。そうした状況で、我々が伝統的な暮らしを守り、コンサバティブな生き方を貫いていくのは難しいだろう。時に、寒いと分かっていても窓を開け、空気を入れ替える必要はある。私は一族を率いる長として判断を下す。ラティーファの要求を全てのもう。息子との結婚を白紙にし、今後一切ラティーファに対して干渉しない。一族内での殺人も今後一切禁止する。破った者には、それ相応の罰を与えよう。皆、異論はないな?」


族長は一族の者を見回した。誰も異議を唱える者はいなかった。族長は、ラティーファに右手を差し出した。彼女も手を出し、両者は互いに握手を交わした。


こうして、ラティーファの一族の者は引き上げた。


「ラティーファ、本当にもう行ってしまうのか? 一族の元にはもう帰ってこないのか?」


去る直前、ムスタファはラティーファのところに行った。


「うん。」


「…そうか。ラティーファとの結婚は白紙になった。今更かと思うが、最後に一つだけ言わせてくれ。私は、ラティーファが精霊の目を持っているとか関係なしに結婚することを望んでいた。」


ラティーファがムスタファの告白を聞き、驚きに目を見開いた。


「ラティーファの目は世界で一番綺麗だ。」


"بحبك موت، يا لطيفة"


ムスタファは今度こそ去って行った。彼の瞳には、涙が少し光っていた。

بحبك موت=あなたを死ぬほど愛してる


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