第25話 サハラ
サハラはアラビア語で砂漠
『バラディ』は、ラクダを調達し、食料や水などの準備を整えると、移動を開始した。灼熱の太陽が照りつける砂漠の中をラクダに乗ってひたすら進む。辺り一面砂だらけで、延々と同じ景色が続いていた。足跡はすぐに砂嵐によってかき消されるため、辿ることは困難だ。つまり、遭難したら渇死することは間違いない。しかし、ラティーファがいる限りその心配はない。彼女はまるで全ての道が見えているかのように、迷いなく先導した。
砂漠は、昼夜の寒暖差が激しい。昼は煮えたぎるように暑いが、夜は凍えるように寒い。
紫は、キャンプの外に出て空を眺めていた。満天の星空がどこまでも続いている。砂漠は遮るような物が何もないため、綺麗に見えた。紫はふと、砂丘の向こう側に目を凝らした。何か、光のような物が見えたためだ。
「なんだろう」
無性に気になった紫は暗闇の中、砂丘に近付こうと歩き出した。
「どこ行く?」
紫が動いた気配を察したラティーファが現れた。
「ちょっと、気になることがあって…」
紫は例の砂丘を指差した。
「あそこには砂漠の迷宮の入り口がある。迷宮は、強い魔物いっぱいいるから行かない方がいい。とても危ない」
ラティーファは紫のためを思って止めた。しかし、それは逆効果だった。
「迷宮? 強い魔物? ちょっと行ってくる。ラティーファはそこで待っていなさい。」
紫は嬉々として腰にある剣に目を向けると、早速砂丘に向かって歩き出した。
「私も行く。ユカリが心配」
ラティーファも紫の後をちょこちょこと着いて行った。
「なんか面白そうなことやってんじゃん!私も行く!」
キャサリンがキャンプの中から飛び出してきた。さっきまで寝ていたのだろう、銀糸の髪が少し乱れている。こうして3人は夜の砂漠を歩き、砂丘に向かった。
砂丘の中には本当にダンジョンの入り口があった。辺り一面砂で覆われている土地に、本当に突発的にできた感じだ。ダンジョンの中は洞窟になっていた。薄暗い堀の中を彼女たちはひたすら進む。
「もうちょと先に魔物の群れがある」
ラティーファが忠告した。普段は茶色い彼女の瞳は今、血のように赤く染まっていた。瞳術を使ったのだろう。
「ふっ、ようやくダンジョンらしくなってきたじゃない。ここは私が爆弾で…」
「いや、砂漠の中だと物資も限られているから、緊急時を除いて爆弾などの消耗品はなるべく使わないで。魔物の群れは、私が剣で対処する。」
言うが早いが紫は魔物の群れに突っ込むと、剣を薙ぎ払い、あっという間に片付けた。
「なーんだ、つまんない。まあいっか、ナイフで」
こんな調子で一行は進んだ。途中、やたらと戦闘力が高いグールが出てきたりしたが、いずれも紫の敵にはなり得なかった。小さなダンジョンだったらしく、割とあっさりゴールまで辿り着いた。ボス部屋の先にはオアシスがあり、そこでちょっと補給をしつつ休憩した。
休憩を終えると、一行はダンジョン捜索を終えた。
"انا شفتو يا لطيفة!"
ダンジョンを出た瞬間、紫はいつの間にか現れていた男たちに取り囲まれた。
ラティーファが男たちを見て怯え出す。紫は彼女の様子を見てなんとなく男たちの正体を察した。
"لطيفة، شو تعمل هنا. تيقي هنا"
1人の男が進み出て、ラティーファに向かってアラム語で何やら叫び出した。
ラティーファはそれを聞き、真っ青になった。それでも彼女はなんとか言葉を紡ぎ出した。アラム語で。
"لا. لا ممكن، بابا."
"شو قول لطيفة؟ انت مش تسمع بابا؟ "
"...ايوه بابا. انا اسف"
「ねぇ、何て言ってんの? 全然状況が飲み込めないんだけど」
ラティーファと男が会話している傍らで、キャサリンはこっそり紫に耳打ちした。
「大丈夫、私も分からない。でも多分、あの人たちはラティーファの部族の人だと思う。」
「ということは、彼女を連れ戻しにきたわけ?」
「多分ね。」
「それで、どうすんの?」
「もちろん、そうはさせない。私は彼女に約束した以上、彼女を守る。でもまあ、しばらく様子見しよう」
"إذا خنت عائلتنا، ستعاقب!”
男は激昂した様子で叫んだ。ラティーファは真っ青な表情のまま、今にも崩れ落ちそうだ。
"انتظر! لو رجع قلبي، سأسامحك"
その時、1人の若い男が隊から進み出た。男が驚いたような顔で若い男を見た。
"يا مصطفى..!"
ムスタファ、と呟くと、ラティーファも驚いたように彼を見た。ムスタファはラティーファを見ると、こっちに来るよう促すジェスチャーをした。しかし、ラティーファはゆっくりと首を振った。
"اوكي، لا أستطيع ترك ابنتي التي دنس شرف العشيرة. أقتل ابنتي بهذه اليد واستعيد شرف العشيرة."
頑なに拒むラティーファを見兼ねた男は、覚悟を決めた目で宣言すると、懐から銃を取り出した。
紫は銃を見た瞬間、反射的に剣を抜き、ラティーファを守るように立ち塞がった。
「あなたたちにどんな事情があるのかは分からないけど、私はラティーファに砂漠の案内を頼んだ。それが終わるまで、彼女には指一本触れさせない。」
「異教徒のお嬢さん、我が部族の争い事に巻き込んでしまってすまない。私は部族の長だ。」
隊の中央から部族の長だという年老いた1人の男がやってきた。彼は明瞭なイングレ語で穏和な笑みを浮かべながら紫に語りかけた。
「砂漠の案内には我が一族の別の者を遣わすから、どうかラティーファをこちらに渡してくれないか」
「それは断る。私がラティーファをあなた方の元に帰したら、彼女の命を奪うつもりでしょう?」
「そんなことはない! ラティーファは私の妻になる人だ。今、ここで大人しく戻ってくれたら、特別に彼女の犯した罪は見逃してやると言ったんだ。だからお願いだ。戻ってきてくれ、ラティーファ」
ムスタファは必死に言い募った。
「ごめんなさい、ムスタファ。私はあなたと結婚しない」
しかし、ラティーファははっきりと断った。それを聞いた男は再び激昂した。
「もういい、一族の恥さらしめ! 私が今ここで、一族の名誉を守る! 娘とて容赦はしない!」
男、ラティーファの父親は、銃に手をかけるとムスタファの制止も聞かずに引き金を引いた。辺りに爆音が響き、彼は銃を撃った反動で後ろによろけた。誰もが彼女の命はないと思った。しかし、ラティーファは無傷で立っていた。紫が銃弾の軌道を見切り、剣で弾いたためだ。
「これ以上彼女の命を狙うなら、こっちも容赦しない。あなたたちの部族が全滅するまで刃を振り続ける」
「どうあってもラティーファを帰さないつもりか、異教徒の娘よ。」
部族の長が険しい顔つきで聞いた。
「うん。」
「ならば、全力で取り返させてもらおう。我が部族の全兵力を使って。娘の処遇はその後で考えればよい」
"يلا!"
部族の長は一族の者にアラム語で指示を出すと、皆戦闘態勢に入った。紫も剣を構え、キャサリンもナイフを構えた。まさに、一触即発の空気が漂った。
アラム語パートはツッコミなしでお願いします…




