第24話 精霊の目を持つ少女
1人の少女が騒動の渦中に割り入ってきた。
黒い衣装で全身を覆い、華やかなヴェールを被っている、褐色の肌をしたマグリブの少女だった。彼女は激昂している店主に近付くと、アラム語で何事かを囁いた。
"بص لي،عيوني"
男はしばらく少女を見つめ、やがて表情から怒りを消した。彼女はサミールにも同様のことを呟いた。騒動を見ていた人々も何事もなかったかのように散ってゆく。
「あれ、俺こんなとこで何やってんだろう…。仕事に戻らなきゃ」
「僕も店に戻らないと」
店主とサミールはそれぞれ自分の持ち場へ戻って行った。紫は不可解なものでも見るように二人の様子を観察した。あれだけの騒動の後なのに、明らかにおかしかった。この不思議な現象を作り出した原因と思わしき黒衣の少女に目を向けた。
「よく分からないけど、助けてくれてありがとう。」
"انت يوكاري..؟"
少女は何事かを呟き、紫を見上げた。紫はアラム語のパートは分からなかったが、自分の名前を言われているのは分かった。
「どうして私の名前を…? さっきの能力といい、あなたは一体何者なの…?」
"انا لطيفة"
「ラティーファ? あなたの名前はラティーファというの?」
"ايوه"
少女は大きく頷いた。ラティーファは、イングレ語が話せないようだった。
「そう。さっきはありがとう。じゃあ、私たちはもう行くから。さようなら」
紫はキャサリンとともにその場を去ろうとした。
"ما بروح!"
しかし、ラティーファが何事かを叫び、紫の袖を軽く引っ張った。彼女は驚き、思わず立ち止まる。
「何?」
"بص لي عيوني"
ラティーファは真っ直ぐ紫を見つめながら言葉を呟いた。紫は、不思議と彼女の瞳に惹かれた。彼女の瞳は、血のように真っ赤な色をしていた。
(行かないで、紫。私を助けて。私は瞳術使いのラティーファ。今、命を狙われている。私を救えるのは、紫だけ。ブリジットの勇者よ)
ラティーファは実際には話していないのに、まるで話しているかのように見えた。彼女の言葉が言語という枠組みを超えて紫の脳内にダイレクトに入ってきた。
「あなたは私を知っているの? それに、命を狙われてるってどういうこと? 詳しい話を聞く必要があるから着いてきなさい」
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紫はリアドの部屋を取り、ラティーファを案内した。リヤドは、中庭付きの邸宅という意味で、貴族の邸宅を宿に改装したものだ。
部屋の中に入った途端、キャサリンは自らの頭に巻いていたスカーフを秒で外した。ラティーファも、扉が閉まった瞬間に黒衣を脱いだ。彼女の黒い衣に隠されていた衣装が露わになり、紫とキャサリンは驚きで目を丸くした。彼女はヘソ出しスタイルのコスチュームを着ていたからだ。胸周りは豪華に宝石が飾り付けられ、腰回りには鈴がついていて、動く度にシャンシャンと綺麗な音が響く。ヴェールの下には燃えるような紅蓮の髪に、息を呑むほど美しく、エキゾチックな美貌が隠されていた。しかし、なんというか、彼女の全体的に妖艶すぎる姿は刺激が強すぎた。
「マグリブの女の人ってみんな黒い服の下にこんなエロい衣装着てんの…?」
キャサリンがドン引きしながら呟いた。それを聞いたラティーファは、慌てて手を振って否定した。
「違うみたいだよ」
「そう。ならなんであんたはそんな衣装着てるわけ?」
キャサリンはなおも追求する。
"عشان لازم أعيش"
ラティーファはアラム語で事情を話したが、それを理解できる人はいなかった。
「翻訳の魔導具があればいいけど…」
紫は思わず呟いた。すると、それを聞いたキャサリンが反応した。
「翻訳の魔導具ならあるよ。」
「え! キャス、それを早く言いなさいよ…」
「てへっ、忘れてた。」
キャサリンはあざといポーズをして場を白けさせた後、自分の荷物から翻訳の魔導具を取り出した。
「じゃあ、早速質問するよ。命を狙われてるって言ってたけど、どういうこと?」
『私は一族の名誉を汚した者として処刑される運命にある』
ラティーファの言葉に2人はぽかんとした。一族だの、名誉だの聞き慣れない単語が並んだからだ。
「よく分からないけど、複雑な事情がありそうだね。それで、どうして私の名前を知っていたの?」
ラティーファは少し考え込んでから答えを紡ぎ出した。
『私は、精霊の目という幻術などの瞳術を使える特殊な目を持って生まれた。私は砂漠の民でとある一族の出身だが、精霊の目を持っていたから私の目を欲した部族の長の息子に嫁ぐことになった。ところが、彼は保守的な人物で、結婚したら私を屋敷に閉じ込めると宣言した。その未来を回避するため逃げ出そうとしたが、精霊の目は未来をも見通す。私は捕まって一族の名誉を汚した者として殺される未来が視えた。命を守るために心を殺すしかない。そう思って祝言までの日々を過ごしてきたが、結婚式のためにこっちに来てから全く違う未来が視えた。私は式を抜け出し、ユカリとその銀髪の娘を砂漠に案内している未来が視えた。命も心も守る、そのために私は未来を実現した。式の最中に席を外し、幻術で踊り子の衣装を奪って扮し、瞳術でユカリたちの居場所を探した。それでスークに行き、あなた達と無事巡り合えてここにいる。』
「それは、大変だったね。それであなたはどうしたいの? あなたが言ってることは本当。私たちは砂漠を案内してくれる砂漠の民を探していた。もし、あなたが砂漠を案内してくれるというのなら、私は全力であなたを守る。」
『私は砂漠の民。あなたたちを砂漠に導くことができる。』
「じゃあ決まりね。ああ、あとイングレ語も教えてあげる。キャサリンが」
「ぇえ、私!?」
「まあどっちでもいい。あと、私はあなたを守るけど、歯向かう敵には容赦しない。最悪、あなたの部族と対立することになるかもしれない。」
『族抜けをした時点で一族を敵に回す覚悟はできている。』
「そう。なら、遠慮する必要はないね。とりあえず、今後の方針は決まった。準備が整い次第砂漠を抜ける。私たちは『バラディ』という名前のパーティーで活動してるけど、ラティーファも一時的に加入してもらう。私たちの目的はただ一つ、魔王を倒すこと」
こうして、精霊の目を持つ瞳術使いのラティーファは、一時的とはいえ勇者パーティーバラディに加入し、魔王討伐という目的の元動くことになった。




