第21話 暗殺の女神と勇者
「勇者様、まさか生きていらしたとは…」
「だから、私はもう勇者じゃないから」
紫はギルド内にある応接室に通され、ギルドマスターと面談することになった。騒ぎを聞きつけて彼を呼びに行った受付嬢も臨席している。
「そうはおっしゃっても、ユカリ様はこの世界唯一の勇者様です。アンデラで魔王軍による襲撃にあい、勇者パーティーは全滅したと聞いた時はにわかに信じられなかった。まさか、勇者様が死ぬはずはないと。ですが、思った通りでした。やはり、勇者様は生き残っていらした…。ちなみに、他のお仲間の方は…?」
「全部本当よ。私たちは一度全滅した。私だけ奇跡的に復活できたけれど」
「…そうでしたか」
ギルドマスターは目を伏せた。
「話はそれだけ? もう帰ってもいい?」
「いいえ、話はこれからです。その前に、勇者様はこれからどうなさるおつもりですか?」
「さあ? 具体的には何も決めてない。でも、私の目標はただ一つ、魔王を倒すこと。そのために動くことになると思う」
「でしたら、ギルドとしても精一杯勇者様のバックアップに努めて参りたいと思います。まず、勇者様のランクを一番上のSランクにします。それから、任務は直接ギルドマスターを通してやっていただくことにしましょう。…勇者様に、一般のカウンターに並んでいただくわけにもいかないので」
「それは、こちらとしても助かる。他の町にあるギルドとかでも便宜を図ってくれるの?」
「もちろんです」
「そう」
紫は満足そうに頷いた。
「それから、先ほどはうちのギルドの冒険者の者が大変失礼いたしました。彼らもまさか、相手が勇者様だと知らずに軽はずみな行動に出たのでしょう。勇者様がお望みなら処罰も検討しますが…」
「その必要はない。相手との力量差も見極められずに感情のまま突っ込んでいくような奴は、私が手を下すまでもなくそのうちいなくなるでしょう」
「全くその通りですな」
ガハハ、とギルドマスターは笑った。受付嬢は引き攣ったような笑みを貼り付けていた。
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ギルドの建物から出た紫は、宿へ帰った。荷物を広げ、武器を点検する。結局、普段使い慣れた剣の方が扱いやすいだろうと、本物のピエリアの剣はまだ使っていなかった。扱いにくいと聞いていたし、いきなり実戦で使うのはリスクが高すぎた。今は練習相手もいないため、打ち合いもできない。これを使うのはまだ先になりそうだ、と剣を見つめながら紫は思った。
「お客様、お荷物が届いております」
その時、コンコン、という音とともにドアの向こうから少女の声が聞こえた。この宿の従業員だろうか、それにしても荷物を頼んだ覚えはないのに、と思いつつ、紫は返事をした。
「今行きます」
紫は部屋の扉に手をかけ、少し開いた時に気がついた。確かに荷物を頼んだ覚えはない。さらに、死んだことになっていた紫に荷物を送ってくる人物というのも見当がつかない。百歩譲って荷物を送る人がいたとしても、なぜ紫がこの宿に宿泊していると分かったのだろうか。現実的にありえない状況だ。つまり、荷物などない。これは罠だ。
しかし、そう気づいた時にはもうすでに遅かった。
「荷物なんてあるわけないじゃん。死ね!」
宿の従業員に扮した何者かが僅かな隙間を開け、紫の急所にナイフを突き立てようとした。しかし、紫は咄嗟にナイフの柄を掴んで止めた。
「さすがに一撃じゃいかないか。」
襲撃者の少女は部屋に押し入ると、別のナイフで紫を斬りつける。紫も掴んだナイフで攻撃を受け、時に交わし、対応した。紫は襲撃者の少女を観察した。年は14,15くらいか。綺麗な銀髪に淡い瞳の人形のような美少女だった。可愛い顔をしている割にナイフの使い方がうまい。攻撃の一つ一つが鋭く、速い。武器は違うが、まるでレオンのようだと紫は思った。実力も拮抗しているように見える。
と、悠長に考え事をしている場合ではない。紫はどんどん後方に追い詰められていて、反撃の機を伺ったが、攻撃を防ぐので精一杯だった。
「あなたは、誰? 何が目的なの?」
「私の目的は勇者様、あんたを暗殺することよ!」
「なぜ?」
「そんなのしーらない。私はただ、任務だからやってるだけ。」
「任務? 一体誰からの任務だというの?」
「それは…って、そんなの言うわけないじゃん! あはっ、馬鹿じゃないの!?」
「その依頼人に言って。任務は失敗したと」
「それはどうかな?」
少女はニヤッと嫌な笑いを浮かべた。次の瞬間、紫の足元が爆発した。煙が立ち込め、紫の姿が消えた。少女は事前に部屋に爆弾を仕込んでいたのだ。それが爆発し、見事に紫にヒットした。さすがにあの爆弾をくらえば生きてはいられないだろう。少女はそう思った。
「かかった!勇者様だからもう少し強いと思ってたんだけど、あっけなかったなー。はーあ、つまんない。もっと遊んでおけばよかった」
「望み通り、遊んであげる」
煙が晴れ、無傷の状態の紫が姿を現した。
「げっ!なんで生きてんの!?」
「そんなの、回避したからに決まってるじゃない。もう爆弾はこりごりよ。依頼人の見当はもうついてる。あなたも魔王の手下でしょう? なら、あなたを生かしておく理由もない。」
紫はいつの間にか手にしていた剣を振りかぶると、少女に斬りかかった。しかし、彼女もナイフで応戦する。金属のぶつかり合う音が響いた。
「私が魔王の手下? んなわけないじゃん! 私はただの暗部の人間だよ?」
「魔王の手下じゃない? それじゃああなたは…」
「暗殺の女神マリーよ。依頼達成率は100% つまり、私があんたの暗殺任務を引き受けた時点であんたは私に殺されることが確定した訳よ」
(敵は魔物だけじゃない)
紫はふと、前に言われたセオドアの言葉を思い出した。言われた時はなんとなくスルーしていたが、今になってその意味がやっと分かった。
「あなたを殺そうと思ったけど、やっぱりやめた。もしあなたを殺したとしてもすぐに別の刺客が送り込まれてくるだろうから。そのかわり、誰が依頼したのか力尽くで吐かせるから」
「ふん、できるもんならやってみなさい!」
マリーは自身の太もものホルスターに手を伸ばすと、数本のナイフを確実に紫の急所を狙って投げつけた。紫はナイフの軌道を正確に見切り、その全てを剣で弾いた。しかし、今の攻撃は陽動。マリーは右手に隠し持ってたナイフを紫に向かって突き刺した。
「っ…!」
紫は咄嗟にマリーの腕を掴み上げると、そのままの衝撃でナイフを取り落とした。一瞬の隙をつき、間合いを詰めると、彼女の首筋にピタッと剣先を当てた。
「もう遊びは終わり。いい加減吐いてもらうよ。依頼主は誰?」
「私を追い詰めたつもり? その思い込みが命取りになるんだから!」
マリーは突然何もない空間に向かって何かを投げつけた。紫は思わず視線を追う。彼女の注目を逸らすことに成功したマリーは、間合いから飛び出した。
その時、部屋中が眩い光で満たされた。マリーが投げつけたものは閃光手榴弾だった。まともに光を見てしまった紫は、視界が塞がれた。マリーは気配を消して紫の背後に回り込むと、首の動脈を狙ってナイフを突き立てた。ところが、あるべき感触がこない。次の瞬間、優位に立っていたはずのマリーは部屋の反対側まで吹き飛ばされた。自分の行動は完全に見切られていたのだと気がついた時にはもう遅い。振り向き様にマリーに蹴りを入れた紫は、なおも彼女を追い詰め、馬乗りになってナイフを取り上げた。
「ど、どうして…。目は潰したはず…」
「そう、あなたの表情が見られないのは残念ね。でも、視界が塞がれたところで機動力は落ちない。気配と音で簡単に感知できるから」
「そんな…あんた化け物よ…」
「もし、少しでも動く素振りを見せたら私は容赦なくこのナイフであなたの息の根を止める。助かりたいのなら素直に私の質問に答えて。あまり拷問は得意じゃないから」
「わ、わかった、全部話す…」
紫による尋問が始まった。




