第20話 騒動
グラナードの町は活気があり、どこか洗練された雰囲気があったフランツィアの都市とはまた少し異なっていた。人々の容姿も少し違う。フランツィアは明るい色彩を持った人間が多かったのに対し、スペランツァの人間は髪や目の色などがダークトーンだ。そのため、黒髪黒目である紫の容姿も顔の彫りの深さを除けば割とローカルの人間とマッチしていて、違和感も少なかった。
朝、宿を出発した紫は町の中心部に位置する冒険者ギルドに向かった。
「¡hola」
「buenos días 」
紫は早速建物の中に入り、スペランツァ語で受付嬢に挨拶した。
「ここは冒険者ギルドですか?」
紫はイングレ語に切り替えて質問した。
「はい、そうですよ。新規の方ですか?」
「はい。」
「でしたら、こちらの用紙にご記入をお願いします。代筆は必要ですか?」
「その必要はないです」
紫は事務的な手続きを終え、冒険者になった。冒険者はEからSまでランク分けされており、初心者である紫はEランクからのスタートとなる。自分のランクに合った任務を選択することが推奨されており、紫は掲示からできそうなEランク任務を探した。しかし、どれも薬草採取や害虫駆除など、大したお金にならない上、薬草の種類もよくわからない紫には不可能な依頼だった。そのため、無難にダンジョンに潜って魔石採取の任務をこなすことにした。
依頼自体はトーピの魔石採取という紫にとっては欠伸が出るほど簡単な任務だったが、ついでに他の魔物の魔石も採ってくればお金になる。そう考え、紫はグラナードのダンジョンに潜った。
今度はソロなので、戦闘はもちろん、魔石採取などの雑務も全て一人でこなさなくてはならない。周りを見てみると、皆フォーマンセルかスリーマンセル、少なくともツーマンセル以上で行動している人が多い。本当はパーティーを組んだ方が効率が良いことはわかっていたが、仲間を集める、又はどこかのグループに所属する気はなかった。
「任務完了の報告に来ました。これ、鑑定お願いします。」
任務を終えた紫はギルドに戻り、カウンターに今しがた集めてきた魔石が入った袋をドサっと置いた。受付嬢はあまりの重さに驚く。
「は、はい。」
中身は本当に全て魔石なのだろうか?ふとそんな疑問が浮かんだ受付嬢は、確認するため、袋を開け、言葉を失った。
中身は明らかに依頼のレベルを超えている魔物の魔石だったからだ。それも大量にある。更に驚くべきことに、それを持ってきたのは今朝方冒険者登録をしたばかりの新米冒険者だ。
彼らの様子を伺っていた他の冒険者たちも同様に驚愕を露わにしている。中にはすでに動き出す者もいた。
「あと、これもお願いします」
紫は思い出したように懐から何かを取り出し、再びカウンターの上に置いた。それは、綺麗に切り取られたミノタウロスのツノだった。受付嬢は驚きを通り越し、顔色を青ざめさせた。いつもは賑やかなギルド内も今は静まり返っている。
「あの、何か問題でも?」
さすがに異変に気がついた紫が怪訝そうな顔で尋ねる。
「い、いえ、何でもありません。ダンジョンは、その、何階層まで行かれたんですか?」
「うーん、30階層くらいまでかな? それ以上潜ると帰りが遅くなっちゃうので…」
(30階層といえば下層の入り口。ベテランのパーティーでさえ苦労するのに、それを初心者がソロで到達するなんて)
受付嬢は内心で戦慄した。しかし、すぐに普段の営業スマイルに戻った。
「そうですか。それでは、素材は全て鑑定し、買い取らせて頂きます。先に依頼達成の報酬をお渡しします。」
「ありがとうございます。」
紫は報酬を受け取ると、さっさとギルドの建物から出ようとした。
「シニョリーナ、ちょっといいかな?」
しかし、紫に近づいてきた1人の男が行く手を阻んだ。
「俺はBランクパーティー『アルコン』のリーダーだが、単刀直入に言う。俺たちのパーティーに入らないか? 今ちょうど…」
「お断りします」
紫は簡潔に断ると、再び歩き出した。
「じゃあ、僕たちのパーティーに入らない?『アルコン』と違って女の子もいるから安心だよ」
「ていうかあんた以外全員女じゃない」
数歩も行かないうちにまた別の男から声がかかった。紫は面倒そうに男を一瞥し、返事すらせずに通り過ぎた。男が従えていたのが俗に言うハーレムパーティーだったからだ。
「ちょっとまっ…」
「待て。まだ話は終わっていない」
建物から出ようとした紫の前に先ほどの男が立ち塞がった。ナントカというAランクパーティーのリーダーだったか。パーティー名は興味がなかったので覚えていない。
「勧誘ならお断りしましたけど」
「見た感じあんたはソロで活動してるんだろ? 多少は腕が立つにしても、女の子が一人で活動できるほどこの世界は甘くない。あんたは新人だからわかんないかも知れねえが…」
「どいてください。私は誰ともパーティーを組むつもりはありません。」
断ってもなお行手を阻み続ける男に痺れを切らし、紫は少し強めに言った。しかし、男は紫のセリフを聞いて眉を釣り上げた。
「なぜ断る? Bランクパーティーのリーダーであるこの俺が直々に誘っているんだ。パーティーに入ればあんたを一から鍛えてやる。新米冒険者を育成するのも俺たちベテラン冒険者の務めだからな」
「どうしてあなたたちの勧誘を断るのか…。それは、単純にあなた方と私とじゃ実力差がありすぎて足手まといにしかならないからですよ」
「なっ…!」
男は怒りで顔を真っ赤に染めた。
「調子に乗んなよ、新人が。それが俺たち先輩に対する態度か? 女のくせに舐めた口聞きやがって。死ぬより恐ろしい目に遭わせてやる。まず、お前をレイプして、まわして、娼館に売り飛ばしてやる。それは流石にかわいそうだから、特別にここで謝罪すれば見逃してやろう」
「そうですよ、謝っちゃった方がいいですよ。この人たち、腕は本物だからさっき言ったこと本当にやりかねないよ」
2人のやりとりを聞いていたハーレムパーティーの男が小声でそっと紫に耳打ちした。今や、ギルド中の人間がハラハラしながら成り行きを見守っている。皆、新人である紫が一応は謝罪し、この場を収めることを願っていた。しかし、紫は見事に彼らの期待を裏切る。真逆の行動に打って出た。
「わざわざ忠告ありがとう。でも、もういいよ。」
紫はハーレムパーティーの男に言うと、Bランクパーティーのリーダーの男に向き合った。
「どうして謝罪する必要があるの? 私ははっきりと事実を申したまで。実際、あなたたちは私よりも弱い。私が新人だろうが、女だろうが、それは関係ない。こんなことしている暇があったら訓練したらどうなの。これだからあなたたちはいつまで経ってもBラン…」
「黙れ!」
男は完全に頭に血が上り、自身の衝動のままに紫に拳を振るった。しかし、怒りで我を忘れた男の動きは隙だらけだった。紫は最小限の動作で容易に避け、逆に男の腹に猛烈なパンチをお見舞いした。まともに食らった男は反対側の壁まで吹っ飛んだ。
「てめぇ…!」
男はすぐに立ち上がると、平然と立っている紫に追撃しようと動いた。
「やめろ」
しかし、その時、1人の男が悠然と現れ、男の腕を掴んだ。
「ギルドマスター…」
彼らの周りにはいつの間にか人だかりができており、その中にいた誰かが呟いた。
「アーロン、何をムキになっている? 少しは周りを見ろ。」
「マスター、でもこの女が…」
「言い訳はいい。お前はしばらく反省してろ。」
見兼ねたギルドマスターが出張り、アーロンを諭した。一方、紫は興味がなさそうにその場を去ろうとした。
「お待ち下さい、ブリジットの勇者様。」
ギルマスの声に紫は足を止めた。




