第18話 勇者召喚の真実
そこは、なぜか夕暮れ時だった。頬に何か液体のようなものが滴り落ちるのを感じた紫は目を開いた。
視界に涙を流したアテナが映り込む。
「私、死んだの」
紫は彼女の姿を確認し、冷静に自分が置かれた状況を察した。
「そうだよ。あなたは自爆に巻き込まれて…それで…うっ」
アテナは嗚咽を漏らした。
「そう。約束、守れなくてごめんね。」
「約束なんて、どうでもいい。私はあなたに生きていてほしかった」
紫はそっと泣きじゃくるアテナを抱きしめるため、起き上がろうとし、失敗した。体が全く動かなかった。
「無理に動かないで。あなたの体は私が神粘土で作ったばかりだから、まだ馴染んでないの」
「そう」
「私、ずっと空からあなたのこと見てた。だから知ってるよ。あなたが私との約束を守るために頑張ってたこと。全部、全部見てたから」
アテナは涙声で必死に訴えた。
「でも、全部無駄だったね。私は死んで、もはや約束を果たすことはできない。今までやってきたことも全て無意味だった」
涙を流し、感情的になっているアテナに対し、紫は無表情で淡々と告げた。心底どうでもいいという風に。アテナは、そんな紫の変化に驚いた。
「そんなこと言わないで。確かにあなたの命は尽きたけど、あなたのやってきたことに無意味なことなんてなかった」
「いや、私は無意味なことしかしなかった。そもそも、この世界の人間じゃない私に魔王を倒す義理なんてない。最初から、アテナのいる世界の人たちで解決するべき問題だったんだよ」
紫は正論を述べた。確かに、その通りだった。
「それじゃ、だめだったの。どうしても、使徒の力が必要だったの。」
「使徒の力? それはどういう意味?」
紫は首を傾げた。アテナは少し沈黙したのち、勇者召喚の真実を語り始めた。
「どこから話し始めたらいいんだろう…。とりあえず、この世界、いや、どの世界にも神様がいて、神様の使い、神の使徒が存在する。神の使徒は一見普通の人間にして、世界を変える力を持っている。うまく使徒の力を覚醒させれば、世界を改変し、やがて発展していく礎となる。」
「例えばどんな人?」
「それは歴史を紐解いていけば自ずと分かる。ユカリのいた世界にもいたはずだ。国を作り、発展し、数々の戦争に打ち勝ち、およそ普通の人間にはできないようなことをやり遂げた人物。又は、後の世界にも影響を与えるような作品を残した芸術家。或いは…挙げていてはキリがない」
古代ローマで活躍した英雄カエサルや、今でも頻繁に演奏されている作品を数多く手掛けた天才音楽家モーツァルトなどがそうなのだろうか、と紫は思った。
「ともかく、いつの時代も神の使徒は存在する。それは私の世界も例外ではない。様々な神の使徒がいて、それぞれ世界を発展させていく、そこまではいい。しかし、イレギュラーなことが起きた。」
アテナは紫が今まで見たこともないような険しい顔をしていた。いつもの柔らかい雰囲気も鳴りを潜め、なんというか、少し神様っぽい。口調も先ほどから変わっている。
「かつてこの世界の神は争っていた。国土は荒れ果て、人々は疲弊し、結果的に新たなる神、邪神を生み出した。邪神は荒廃した世界を更に荒らし回り、世界を破滅に導いた。しかし、別の神が邪神を滅ぼすことに成功し、それ以来、神が人間界に直接干渉することは固く禁じられた。だから、皆今度は間接的に干渉し始めた。邪神の眷属である破壊神は自身の使徒として魔王を生み出し、世界を再び破滅させようと企んだ。それに対抗するため、別の神が使徒として勇者を生み出す。そんなことが何世代にも渡って続いた。今回も破壊神の使徒である魔王が誕生し、私は魔王に対抗する勇者を生み出した。彼女が成長し、使徒としての力を覚醒させれば魔王は倒せるはずだった。しかし、私はミスをし、少女を失ってしまった。」
「失敗したの?」
「うん。わ、私、生まれてから数百年しかたってない新入りの神様だからっ。ともかく、彼女を失ってしまっては魔王を倒す術がなくなる。となれば、別の世界から神の使徒を連れてくるしかない。そういうわけで私はユカリのいる世界に降り立ち、勇者となりうる素質を持った人物を探し始めた。その時にユカリを見つけた。出会った時はなんの力も持っていなかったが、上泉家は使徒の家系で条件さえ満たせば力を覚醒させることができる。」
紫はアテナの言葉に心当たりがあった。レオンを失ったあの時、確かに未知の力が湧いてくるのを感じた。
「その条件とは、戦いの最中に大切な人を失うこと。条件が揃ってユカリは勇者の真の力を引き出すことに成功した。使徒である魔王は使徒でなければ勝てない。だから、どうしてもユカリが必要だったの。ごめんなさい、私の世界の事情に巻き込んで。」
「いいよ、もう。でも私は死んだからこの世界はどうなるの?」
「破壊神のモノになるだろう」
アテナは悲壮な表情で言った。
「そう。」
「大分神粘土も馴染んできたね。ユカリの本体は爆発に巻き込まれてほとんど使えなかったから、粘土を捏ねて一から作り直したの。私は、ユカリがいない世界なんて受け入れない。ユカリには、何があっても生きていてほしい。例え、掟を破ろうとも。ユカリは、私の唯一の親友だから。実はね、ユカリを生き返らせる方法が一つだけあるの」
「本当に? そんなことが可能なの」
「うん。でも、それをやると私は神界から追放されてしまうかもしれない。でも、そんなことどうでもいい。ユカリが生き返るなら、私はなんでもやる。」
アテナは横たわっている紫の体に両手を乗せると、何事か呟いた。
“ritorna alla vita”
アテナの両手から緑色の優しい光が円状に溢れる。光を通じて紫の体に命の灯火が惜しみなく注ぎ込まれ、止まっていた心臓が動きだした。体も色を取り戻し、徐々に体温が上がっていく。それに比例して紫の体が薄く消え始めた。
「蘇生術は成功したみたい。ユカリ、もうここには戻ってこないでね。あと、私との約束なんてもういいから、何にも縛られずに、ユカリの望むように生きて。それが私の願いよ。」
「アテナ、ありがとう。あなたから貰った命、大切にするね。もうここには来ないから。さようなら」
「さようなら。ユカリ、愛してる。」
紫の体は完全に消え、アテナだけが残った。




