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第13話 レオン死す

レオンは紫の手を引いて山の中を逃げ続け、ついに国境付近に到着した。


「紫、大丈夫か?」


レオンは彼女の様子を見るために一瞬立ち止まった。しかし、紫は聞いているのかいないのか、全く返事をしない。目の焦点があっておらず、表情も抜け落ちている。仲間が殺されたショックがまだ抜けていないようだ。レオンはそのまま紫の手を握り、走り出そうとする。


「お前が勇者か?」


ところが、先回りをされたのか、行く手を阻む者が現れた。邪魔をした男、ルドラの目線は確実に紫を捉えていた。


「違う、人違いだ」


しかし、レオンは咄嗟に嘘をつくと彼の横を通り抜けようとした。


「待て」


ルドラが立ちはだかる。


「長い黒髪に黒い瞳、東洋人の顔立ち…それに、ピエリアの剣」


彼は紫の容姿を丹念に見つめながら言う。


「事前にヴィーシャから聞いた勇者の特徴とそっくりだ。お前が勇者であるならば、お前を生かしてはおけない。これも、あの方を、そして我々の故郷を守るためだ…」


ルドラは自分に言い聞かせるように呟くと、いきなり紫に向かって光線を放った。

彼の動きをいち早く察知したレオンが間に割り込み、剣で攻撃を受け流す。


「紫には指一本触れさせない!」


ルドラは次々と光線を打ち込むが、レオンはその全てを余裕で防いだ。しかし、背後にいる紫を庇いながらだったので、思うように反撃ができない。

ふと攻撃がやみ、ルドラは突然地面に手をついた。そして、一瞬で土でできた一体のゴーレムを錬成し、重力を操って宙に浮かせた。自身も上空に転移した。


「紫、逃げろ」


レオンはゴーレムを見ながら言った。紫は、先ほどからただレオンが戦っている様子をずっと見ていた。


(私は…何をしているんだろう?)


生死がかかった争いの真っ最中だというのに、その実感が全くわかない。


(私はまた守られてばかり…。)


全て夢であればいいと思った。町が襲われてジェイミーが死んだことも、目の前の闘いも、全て悪夢であればいいと。


(でも、違う。これは夢じゃない。残酷だけど現実なんだ。なら、私は戦わなければならない。)


「いや。私はレオンと共に戦う!」


紫はそう宣言すると、立ち上がり、飛躍すると宙に浮いている土ゴーレムを斬りつけた。その隙にレオンもルドラに斬りかかる。それは、音速どころか光の速さに匹敵するほどの速さで、ルドラもあまりの速さに対応できず、首ごと跳ね飛ばされた。

紫は何度も土ゴーレムからの攻撃を交わしつつ斬りつけているが、なかなか防御力が高く、倒れる様子がない。

レオンが援護に入り、目にも止まらぬ早技でゴーレムの関節を斬りつけると、ようやくゴーレムが倒れた。そこにすかさず致命傷を与え、土ゴーレムはようやく土に還った。


2人は顔を見合わせ、喜びも束の間、先を急ごうと歩き出す。


「なに…これ?」


唐突に地面が光り出した。2人は咄嗟に光の中心部からなるべく遠いところに退避した。

次の瞬間、光が溢れた場所から無数の魔物が湧き出す。


「後ろ!」


レオンは振り返り様に剣を振る。後方にはいつの間にか無傷のルドラが存在していて、攻撃魔法を放っていた。


「なぜ生きてる?」


レオンは疑問を口にした。確かに、斬った感触はあったはずだ。


「あれはただの土人形だ。召喚の魔法陣を描くための目眩しにすぎない」


仕組みはこうだ。土ゴーレムを錬成した時に実は地面の下にルドラそっくりの土人形を錬成していて、上空に転移した瞬間に入れ替わった。レオンが斬ったのはただの土で、確かにそこには土の塊が落ちていた。

レオンは苦虫を噛み潰したような顔をしている。しかし、前の失敗を省みる間もなく次々と魔物は襲ってくる。レオンと紫はそれぞれ対処していたが、斬っても斬っても湧き出てくる魔物に苦戦していた。その間もルドラからの攻撃は止まらない。


「…紫!」


レオンが紫を庇って地面に倒れ伏す。刹那、空から目に見えないほどの速さで炎を纏った何かがいくつか着弾した。遅れて衝撃音が響く。紫はあまりに唐突のことで何が起きたか理解できずにいた。ルドラも驚いたように上を見ている。


「ゆ…かり…無事、か…?」


その時、上に覆い被さっていたレオンが身動ぎした。


「私は大丈夫。レオンは…?」


「そ…うか、なら...よかった...」


レオンは安心したように目を瞑った。


「レオン!?」


紫は慌てて飛び起き、彼の容体を確認する。先ほどの攻撃が直撃したためか、体に穴が空いていて、大量出血している。服もぼろぼろで、まだ息があることの方が不思議だった。


「そんな...いや! お願い、生きて!」


紫は何をしたらいいのかわからず、ひたすら狼狽する。


「紫、よく聞け。最後に伝えたいことが三つある。まず、紫を最後まで守ることができなくてすまない。それから、自由に生きろ。魔王なんて倒さなくてもいい。最初から、この世界の人間じゃない紫に魔王を倒す義務なんてなかったんだ。これからは、誰かのためではなく、自分のために生きろ。」


(自分のために...生きる)


紫は、レオンの言葉が心の琴線に触れるのを感じた。


「最期に...紫がいた世界では何て言うんだ...愛してるって」


「Aishiteru だよ」


「そっか...”Yukari,aishiteru”」


彼はたどたどしい日本語で愛を告げた。紫は驚いたように目を見開く。

瞳から、涙が溢れ出した。


「...じゃあ、死なないで! 私はもっとレオンと生きたかった! もっと、たくさん学ぶことだってある! レオンがいないと、私は...。レオンがいない世界なんて滅んでしまえばいい! だから、お願い...生きて...」


紫は思いの丈を叫びながら狂乱する。

しかし、レオンからの反応はない。もうすでに、息を引き取っていた。

紫は絶叫した。頭がずきずきと痛む。


「彼はあなたにとってそんなに大事な人だったのかしら?」


その時、後方から女の声が響いた。紫が振り向くと、ルドラの隣に見慣れない女の姿があった。


「私のレールガンはどうだった? まだ試作品の段階なんだけどね、うまくいってよかったわ。彼は記念すべき第一の被害者ね」


女は喜びを隠そうともせずに言い放った。対して紫は無言で俯いている。先ほどの攻撃でルドラが召喚した魔物は全滅していた。


「そして、あなたが第二の被害者になるのよ、勇者様?」


女はニタッと笑うと、手元にあるスイッチを押した。上空に浮かんでいた飛行船から再び放たれるレールガン。紫は即座に飛び退いて退避した。さっきからあまりの頭痛に彼女の言葉が一切入ってこない。まるで、頭の中が書き換えられているようだ。紫は痛む頭を手で抑えて顔を上げた。レオンの死体が他の青年の姿に重なって見える。確かに紫が見ているものなのに、他の誰かの記憶みたいだ。


「業盛...様...」


紫はほぼ無意識に呟いていた。

古い記憶の蓋が、開かれた。

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