第11話 襲撃
国境の町 アンデラ
夕刻、一行は国境の町アンデラに到着した。アンデラは周りを城壁で囲まれた、人口が少ない小さな町だった。中世の面影を残した街並みはどことなくエモい。町ではなにやらお祭りをやっているようで、辺りは音楽で溢れ、火を持った人々が町を歩いている。かつてここの人々が拝火教を信仰していた名残りで、今では伝統的な行事となっているらしい。
「せっかくだからちょっと見ていきましょう」
そんなオリヴィアの一言で副団長以外の一行は祭りを楽しんだ。余所者が珍しいのか、歩く度に声をかけられ、お菓子を渡された。
紫は恐る恐るヘルワというお菓子を食べてみた。ヘルワはこの町の名物だそうだ。ふわふわした食感に、際限のない甘さが広がる。決して不味くはなかったが、1つで十分、そんな味だった。残りのお菓子は後でこっそりエドワードにあげた。
祭りの中心、町の中で一番大きな教会の広場では、民族衣装を身につけた男女が民族音楽に合わせて楽しそうにファンダンゴを踊っていた。紫は思わずバグパイプの美しい音色に聴き入る。ふと横を見ると、エドワードは早速町の可愛い女の子に声をかけ、踊っていた。やはり普段社交ダンスを踊っている貴族だからだろうか、ファンダンゴは初めてのはずなのに様になっていて、上手かった。それに町のどの男よりも顔がいいので、軽く周りの注目を集めていた。
「私たちも踊りましょう」
楽しそうに顔を輝かせたオリヴィアも所在なさげに立っていたジェイミーの手を取り、早速輪の中に入って行った。
だが、紫は遠くからダンスを見つめているだけで、入ろうとはしなかった。日本人に三拍子のリズムはインプットされていないため、どうしても踊れる気がしない。当然、紫はバレエなどの経験もなかった。
「紫、一緒に踊ろう」
その時、レオンが紫をダンスに誘った。
「...喜んで」
紫は一瞬戸惑ったものの、レオンの手を取った。
周りの真似をしてカーテシーをする。それからも見様見真似でなんとか動きをコピーし、踊りについていった。
剣術をやってるからか、2人の動きはダンスというよりむしろ剣舞に近かった。
音楽が終わり、ダンスも終わる。動いたせいか、紫の頬には赤みがさしていた。
「久しぶりに踊れて楽しかったわ」
同じようにダンスを終えたオリヴィアとジェイミーがやってきた。
「ツェルリーナちゃん可愛かったのに、逃げられちゃった」
エドワードも1人でやってきた。一緒にいたツェルリーナという女の子はどこかへ行ってしまったらしい。
「ねぇ、知ってる? このお祭りで一緒に踊った男女は結ばれるらしいよ」
「パートナーを変えて踊る場合はどうなるのよ…」
得意げに言い放ったエドワードに鋭いツッコミを入れたオリヴィア。
「ジンクスだよ、ジンクス」
一方、紫は胸がどきどきしていた。
(カップル…て、なに考えてるのよ私! レオンはただ、私に相手がいないから誘っただけ)
彼女は自分の考えを頭を振って否定した。
「それにしても人が多いわね。」
オリヴィアは改めて辺りを見回して言った。
「そうだね。今日は、この町の伝統行事、炎の祭典の日だから…」
ドカン、とエドワードが話している最中に大きな爆発音が響いた。
「何の音?」
皆、咄嗟に警戒態勢に入る。しかし、遅れて町の人たちから歓声が上がったことで、警戒を解く。
「…花火?」
「…なんだ」
皆ほっと息をつく。しかし、ジェイミーはまだ警戒を解いておらず、むしろ今まで見たことがないほど険しい顔をして言った。
「違う、花火じゃない。…北から夥しいほどの数の魔物の大群がこの町に近付いてる!」
ジェイミーは我を忘れて叫んだ。
彼の言葉に騎士団の皆は顔を青ざめさせた。
「まさか、そんな…。」
幸い音楽にかき消されて彼の言葉が聞こえなかったのか、誰も間に受けなかったのか、周囲に混乱は見られない。
「みんな、無事か!?」
その時、副団長のセオドアが駆けつけてきた。
「大丈夫です。副団長、さっきの音は、おそらく魔物が侵攻を始めた合図かと…」
ジェイミーは副団長の姿を見るなり咄嗟に駆け寄り、探知魔法を使って得た情報を辺りをきょろきょろ見回しながら話す。
「なんだと!? だが、魔物が侵攻したとなれば必ず指揮官がいるはずだ」
セオドアは驚きつつも冷静に状況を分析する。
「そうなんです、さっきから探っているんですけど引っ掛からなくて…。恐らく敵は、少し離れた、町全体がよく見えるような場所で見張っていると…」
その時、ジェイミーは何かを思いついたように顔を上げ、城壁を指差しながら叫んだ。
「そこ!」
ジェイミーが示した場所をセオドアが確認したのと、その場所から閃光が飛んできたのはほぼ同時だった。セオドアは危機を感じて咄嗟に回避する。しかし、ジェイミーに向かって放たれた閃光は見事に直撃し、彼は音もなく倒れた。
「ジェイミー!」
セオドアは咄嗟に彼に駆け寄る。少し離れた場所にいた他の皆も慌ててジェイミーの元に駆けつけた。オリヴィアは彼の状態を見るなりすぐさま魔法で治癒を開始する。
「もう、死んでる」
誰かがぽつりと、何の感情も感じない冷静な声で呟いた。
「嘘でしょう…」
オリヴィアは信じられないとばかりに首を振る。
「え…嘘…」
紫は目の前の惨劇が認識できずに呆然としている。
「俺はあいつを仕留める。レオン、ちょっといいか」
セオドアはレオンを呼び止めると何やら言葉を交わし、城壁の方へ去って行った。
「みんな、よく聞け。何が起こってるかわからない以上、絶対に逸れるな。とりあえずこの町を出る」
レオンは力強く宣言すると、早速皆は避難を開始する。
「紫、行くぞ」
彼の言葉を聞いていなかったのか、レオンは未だ呆然としていた紫の手を引いて歩き出した。
その時、町の人たちの悲鳴とともに広場に魔物が現れた。巨大な胴体に9つの首、猛毒を持った怪物、ヒュドラだ。普段はダンジョンの下層にいるような魔物だった。
回避しようにも、北からは魔物の大群が近づいているため、得策ではない。彼らは完全に挟み撃ちされた。
「…エドワード、オリヴィア。ヒュドラの注意を引け。無理に倒さなくていい、少し時間を稼いでくれればその間に紫を連れて逃げる」
レオンは苦渋の決断を下した。
「了解。僕たち精鋭にとってヒュドラなんて朝飯前だ」
「そうよ、私たちは王国騎士団の精鋭よ? その力、見せつけてやるわ」
2人は戦闘態勢に入るとヒュドラに向かって行った。
「また会おう」
「さようなら」
彼らは最後に少し振り向いて言葉を残した。
「…!」
レオンは唇を噛みしめ、紫の手を強く握りしめると駆け出した。




