第10話 私に戦い方を教えてくれてありがとう
「明日、この町を出発する。南へ進んで国境の町に滞在したのち、出国してスペランツァ王国に入る」
夜、皆が夕食を食べ終わった頃、セオドアは急に今後の方針を打ち出した。
「今日中に荷造りを済ませて出発する準備を整えておけ」
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紫は部屋に戻り、荷造りを進める。といっても、荷物はほとんどなかった。
「お守り…」
紫は自分の鞄の中に入っていた御守りを取り出した。これは、召喚された時に持っていた学生鞄についていた伊勢神宮で買った御守りだった。彼女はふと思い立って御守りを旅行鞄につけた。
荷造りも秒で終わり、さて何をしよう、と考えた紫は、せっかくだから最後に闘技場跡を見ておこう、と思った。
「レオン…」
そして、案の定先客がいた。
「紫、やはり来ると思っていた。」
レオンは観客席に座って彼女を待っていた。
「もうここで訓練するのも最後だな。そう考えると感慨深いものがある…さて、訓練を始めるぞ」
「うん…。」
そして、やはり2人は訓練を開始した。
「今日はここまでにしよう」
夜も更け、そろそろ朝日が昇ろうかという時、レオンは稽古をやめた。
「なあ、この町の中心にある寺院の塔に登ったことはあるか」
そして、唐突に紫に尋ねた。
「ないよ」
「この町に滞在するのも今日で最後だ。せっかくだから登りにいこう。高い所へ登る訓練にもなる」
レオンは嬉しそうに微笑むと、紫を塔へと連れて行った。
時間が時間だけに普段は混み合っている塔の中は誰もいなかった。塔の頂上までひたすら螺旋階段を登っていく。かなりの段数があったが、普段から鍛えている2人は息も切らさずに頂上まで辿り着いた。
「...!」
塔から見える夜景の美しさに紫は思わず息を呑んだ。レオンも感心したように目を開いている。
「綺麗...」
紫は思わず呟いた。
「ああ、そうだな。」
レオンも同意したように肯く。2人はしばらく夜景を眺めていたが、やがて紫が口火を切った。
「レオン、あの時は私を助けてくれてありがとう。あなたがいなかったら、私は今頃ここにはいなかった」
紫はしんみりとレオンに感謝を述べた。
「そして、何も出来なかった私に、戦い方を教えてくれてありがとう」
紫は儚く微笑んだ。レオンはそんな紫をじっと見つめ、言葉を紡いだ。
「紫は本当に強くなった。確かに戦い方を教えたのは俺だけど、それを掴み取ったのは文字通り血が滲む努力をした紫の力だ」
レオンはそっとごつごつした紫の手を自身の手で包み込んだ。
「いずれ、紫が俺を超える日が来るだろう。いや、超えないと...」
「そんなの無理! 王国最強のレオンを超えるなんて想像すらつかない! そもそも、どうしてレオンはそんなに強いの?」
紫はレオンの言葉に猛反発した。実際、前に騎士団の中で誰が一番強いのか、こっそり聞いたところ、皆満場一致でレオンの名を口にした。
「それは、ローゼンテール家の分家だからだ」
ローゼンテール家は代々ブリジット王家に仕える由緒正しき貴族の家で、異常なほど武に優れている。ローゼンテールの血を引く者は、異常な強さを発揮する者が多く、レオンもそのうちの1人らしい。本家にはもっと強い人もいて、たった1人で戦況を覆すほどの力を持った者もいたそうだ。
「数年前に本家の娘が誘拐されるという不幸な出来事があったな…」
レオンはふと思い出したように呟いた。
「わかった、あなたの強さの秘密はわかったよ。けど、血筋じゃ私は敵わないじゃない」
紫の言葉にレオンは少し考え込んでから言った。
「そもそも、最初から俺が魔王を討伐しに行けば良かったんだ。そうすれば、わざわざ異世界から勇者を召喚する必要なんてなかった」
紫はレオンの言葉にハッとする。
「だが、それじゃだめだったんだ。理由はよく分からないが、この世界の人だと魔王は倒せない。魔王の力は強大で、それに対抗しうる戦力を外から持ってくる必要がある。と、そんな感じのことを伊予から無理やり聞き出した。」
「じゃあ、私はレオンよりもっと強くならないと、魔王を倒せない?」
「そういうことになるな」
レオンは苦笑した。
「私、頑張る。いつかはレオンを超えないといけないけど、せめてそれまではレオンと一緒に並び立って戦えるほど強くなりたい」
紫は自分の思いを口にした。レオンは嬉しそうに笑い、紫の頭を撫でた。2人は寄り添い、夜明けまで夜景を眺めていた。
翌朝、一行はニームの町を出発し、人々に見送られながら国境の町へと向かった。
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魔王の四天王の1人、ルドラは、変装して命令通り勇者の動向を探っていた。
「ここ、活気があっていい町ですねー。」
彼は旅人風を装い、八百屋にいたおばちゃんに話しかけた。
「そうでしょう? 荒くれ者どもが集う町だけど、だからこそ魅力的なのよ」
「ところで、勇者様がこの町に滞在しているって噂を聞いたんだけど...」
「ああ、勇者様なら今朝方もう発ってしまったよ。」
「どこに行かれたんです? 自分、勇者様の大ファンで...」
「そうかい。それは残念だったね。確か国境の町に向かうって言ってたかな?」
「ほう。それは良いことを聞いた。ありがとな、おばちゃん」
ルドラはおばちゃんに金貨を渡すと、消えた。そして、彼は向かった。
勇者がいる、国境の町へと。




