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第1話 プロローグ

その日は雨が降っていて、朝だというのに外は暗かった。

ゆかりは窓から外を眺め、若干憂鬱な気持ちで起き上がった。今日もいつもと変わらない1日が始まるのだろうか、そんなことを思いながら。

身支度を終え、階下に降りるとすでに台所には母親の姿があった。父親も新聞を広げ、コーヒーを飲んでいる。紫は朝の挨拶を交わし、テーブルについた。


「紫、そういえばこの間の定期試験の結果はどうだったの?」


母親がふと思い出したように紫に尋ねた。しかし、尋ねられた彼女は一瞬表情を固くして答えた。


「まあまあ、だったよ。」


「まあまあって?」


「全教科の平均が大体80点くらい」


紫の言葉に母親は失望したようなため息を漏らす。


「受験まであと1年しかないのよ? そんな成績じゃあ第一志望は愚かどこの大学も受からないわよ! 本当にちゃんと勉強してるの?」


「私は…」


「紫は毎晩遅くまで勉強してるよ。それに、成績だって母ちゃんが言うほど悪くない。紫の好きなようにさせてやりなよ。そもそも第一志望だって…」


その時、思わぬ援護が入った。いつのまにか居間に現れていた紫の弟だ。


「あなたに何がわかるって言うの? 私は紫のためを思って…!」


「もういいよ、白。私、もっとちゃんとみんなの期待に応えられるように頑張るから」


「紫は…いつもそうだ。みんなのためなんて綺麗事言って…自分の意思を貫いたことなんてないだろ! それじゃあまるで…」


「いい加減にしなさい。2人とも遅刻するぞ」


口論に見兼ねた父親が新聞を閉じ、忠告した。彼の言葉に白はバツが悪そうな顔をして行ってしまった。居心地の悪くなった紫も彼に続いて部屋に戻った。


「行ってきます」


紫は荷物を取ると、誰もいない空間に向かって呟いた。傘を持ち、玄関のドアを開ける。外はまだ秋だというのにすでに冷たい空気が流れていた。やはり、群馬は寒い。紫はそう思った。だが、そんな群馬も紫は嫌いではなかった。


---


キーンゴーンカーンコーン、とチャイムの音が鳴り、教室は喧騒を取り戻した。


「これで授業は終わりです」


早速帰り支度を始めている者もいる。

紫は今日の授業が終わった解放感から軽く伸びをした。


「ユカリー、ちょっとお願いがあるんだけど…」


「なに? アテナ」


その時、紫の唯一無二の親友であるアテナがやってきた。彼女は転校生で、外国から来たらしい。ストロベリーブロンドの髪に、神秘的な瞳を持つ、モデルすら逃げだすほどの美少女だ。


「実は、美術の課題がまだ終わってなくて…今日締め切りなんだけど…その…手伝ってくれたらなって…」


「なんだ、そんなことか。いいよ、でもちょっと生徒会の仕事が残ってるから終わり次第美術室に行くね」


「ユカリー、ありがとう!」


アテナは嬉しさのあまり紫に抱きついた。


「…本当に、ありがとう…」


彼女は紫の背中でそっと目を伏せた。


---


生徒会室で書類仕事を終えた紫は、約束通り美術室に向かっていた。校舎の地下に降り、扉を開けると部屋にはアテナしかいなかった。彼女はキャンパスの前に座っていた。


「何描いてるの?」


紫は彼女のキャンパスを覗き込む。そこには、まだ未完の人物画らしきものが描かれていた。


「人物画描いてるんだ。難しいのに、すごいね。で、誰なの?」


「私の、大好きな人」


アテナは少し頬を赤くしながら答えた。

その初々しい反応に紫も驚く。


「アテナ、好きな人いるの!? 知らなかった。どんな人? この学校の人?」


「そうだよ。だけど、恥ずかしいから誰かは言わない!」


アテナは顔を背けた。


「そうなんだ。まあいいや、それで私は何を手伝えばいいの?」


「いいよ。この絵はもう完成しないから」


どこか寂しそうな表情をアテナは浮かべた。


「どういうこと? だって提出期限は今日までで…」


困惑する紫を他所にアテナはどこか遠くの方を見つめながら呟いた。


「私、もっとここにいたかった。この絵も完成させたかった。ここでの生活は悪くなかったし、それに何より…ユカリとずっと一緒にいたかった」


「どうしたの? まるでいなくなっちゃうみたいじゃない」


「そうだよ。私の役割はもう終わりだから」


「それってどういう…」


「ねぇ、ユカリは神様って信じてる?」


「神様…? うーん、いないとは思わないけど、会ったこともないから絶対にいるともわからないし…」


「神様は本当にいるんだよ。あなたの目の前に」


「え?」


アテナは立ち上がり、突然指を鳴らした。カチッという音とともに美術室の扉の鍵が閉まる。紫は驚いたようにアテナを見た。


「とは言っても私はこの世界の神様じゃない。別世界の神なの。」


「アテナが別世界の神…? でも、どうして異世界の神様がここに…?」


紫は困惑したように疑問を漏らした。


「あなたを探しに来たの。私の世界を救ってくれる人を」


「私を…?」


「うん。ユカリ、一生のお願い。」


アテナはその神秘的な瞳で真っ直ぐ紫を見つめて言った。


「私の世界を救って」


「いいよ」


紫は一切迷う素振りを見せず、即答した。それがどれほどの困難を伴うものなのか予想もせずに。


「本当に…?」


「うん。私に本当に世界を救う力があるのかどうかわからない。でも、それでも、他の誰でもない、アテナの、私の大好きな親友の一生のお願いだから。断る理由なんてないでしょ? 私、約束するから。必ず、アテナの世界を救うって。」


アテナの頬を涙が伝った。


「ユカリなら、私のお願い、聞いてくれると思った。本当に…ありがとう」


アテナは微笑んだ。


「それで、どうすればいいの?」


「見て。もう始まってる。」


紫は辺りを見回し、驚いた。確かに美術室にいたはずなのに、周りには何もない空間が広がっていたから。


「そろそろお別れだよ。ユカリ、元気でね。」


アテナは涙を拭って言った。


「うん。また、会えるといいね」


紫は笑顔で言った。しかし、紫の言葉にアテナは顔を曇らせた。


「だめだよ。そんな日は永遠にこなくていい。また私に会う時は、紫が…天国に行くって意味だから」


「そっか。アテナは神様だもんね。じゃあ、何年後になるかわからないけど、いつかまた会える時を楽しみにしてる。それまでに、絶対に約束守るから。さようなら」


紫の姿がだんだん透明になっていき、やがて消えた。


「さようなら。…ユカリ、愛してる。ずっと、ずっと空の上から見てるからね」

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