はみ出したものは切るしかない
都内のとある高校。
俺、志水紺太は、隣の席の幼馴染、小名川新菜に話しかけた。
「なあ、なあったら」
「なによ。シスコン」
「ちょっ! いきなり人をシスコン呼ばわりはないだろ!」
「だって『シスイ コンタ』なんだから略してシスコンじゃん」
「だったらお前なんてオナ……」「それ以上言ったら殺す」
「まあ、呼び方なんてこの際、どうでもいいんだよ。今日さ。あれの日じゃん」
「なによ。あれの日って」
「ほら、あれだよあれ」
「アレを連発とか、まじキモイんですけど」
「ばっ! お前! 名前がアレだからって、アレを想像……」「それ以上言ったら殺す」
「だから。健康診断じゃん」
「ああ、そうだった。んで、それがどうしたの? 今さら体重測りたくないとか言うんじゃないでしょうね」
「それはお前だろ! 去年に比べたらずいぶんとお腹にお肉が……」「それ以上言ったら殺す」
「それがさぁ。ちょっと困ったことになってんだよ」
「だから何がよ!? はっきり言いなさいよね! あんた男なんでしょ!」
「おまっ! 声がデカい! 分かったよ。ちゃんと言うから。まずは落ち着けって」
「分かったわよ。さあ、言いなさいよ」
「だからさ……。パンツがさ……」
「パンツ!?」
「だから声デカいって!」
「パンツがどうしたってのよ!」
「……履いてきちゃったんだよ」
「はぁ!? むしろ履いてない日とかあるの!? マジでキモいんですけど!」
「ねえよ! それはお前の方だろ! お風呂あがった後は『かいほうかーん』って言って……」「それ以上言ったら殺す」
「だから履いてきちゃったんだよ。……妹のパンツ。しかもパンダがら」
「…………」
「……なんか言えよ」
「いえ、結構です。もう二度と話しかけないでください」
「待て、待て! 待ってくれよぉ!」
「いやっ! やめてよ! 変態! シスコン! ロリコン!」
「ロリコンは関係ないだろ! それを言うならお前だってベッドの下はBL本で……」「それ以上言ったら殺す」
「とにかく助けてくれよぉ。健康診断はパンツ一丁にならなきゃいけないんだろ。このままだと俺は変態認定されちまう」
「だって変態なんだからしょうがないじゃない」
「違うって! これには深い訳があるんだよ! 昨日風呂場の電気が壊れちゃってさ。真っ暗闇の中でパンツ履いたら、妹のだったんだよ。なんかキツイなあとは思ってたんだけど、これも『アソコが成長した』って思い込んでたんだ。だって俺、成長期だから」
「何が成長期よ。キモい。聞きたくない。もういいから話しかけないでよ」
「あーあ。そうかい。そうかい。もういいよ。お前を無二の親友だと思ってた俺がバカだった」
「ようやく気づいたのね。あんたはバカよ」
「おっと。手が滑った」
――ポロッ。
「ぬっひょおおおっ! そ、そ、それは『甲冑ラヴァーズ』の限定フィギア!! な、な、なんであんたが!?」
「おっと。これは明日香にプレゼントするんだった」
「なにっ!? 明日香に!? どうしてあんな女に貢ぐのよ!」
「別に。バカな俺の勝手だろ」
「くっ……」
「あーあ。健康診断の日に間違って妹のパンツを履いてきてしまった哀れな男に手を差し伸べない女なんかに、誰が超レアなフィギアをくれてやるかっての」
「…………分かったわよ……。手伝えばいいんでしょ」
「はあぁ? 聞こえなかったなぁ?」
「だから妹のパンツを履いてきちゃったあんたのことを手伝ってあげるって言ってんでしょ!!」
「ばっ! お前! 声がデカいって!」
「うるさいっ! んで、なにすればいいのよ!」
「知らない」
「うん、知らないわよねぇ。あはは……っておい! 知らないでどうやって手伝わせるつもりだったのよ!」
「うーん……。だったらまずは取り換えてみるか」
「何を?」
「俺の履いてるパンツとお前の履いてるパンツ」
「はぁぁああぁぁ!? バッカじゃないの!? あんたと私のパンツを取り換えたところで、がらがパンダからバラに変わるだけでしょ!」
「おお。今日はバラがらだったか」
「うん! だって健康診断でしょ! だからちょっと高級感のある……って、殺す。殺す。殺す」
「待て、待て! 今のはお前の自爆だ。俺は悪くない」
「妹のパンツを履いてきたあんたが全部悪いに決まってるでしょ」
「じゃあ、どうするんだよ!? 俺とお前のパンツを取り替えられないんじゃ、万事休すじゃないか!!」
「そもそもパンツを取り換えて乗り切れると思ってたあんたの頭が万事休すだわ」
「ううっ……。生まれて17年。健全ボーイとして名を馳せてきた俺がこんなところで挫けるなんて……。なんて世の中は不公平で絶望で溢れているんだ!」
「シスコン……」
「これで終わりだ。俺は残りの高校生活を変態として過ごさねばならないだろう。きっとご近所さんにも噂が流れるに違いない。そうなったら引っ越すしかないよな……」
「………いや……」
「だってしょうがないだろ! 俺が変態ってことは、家族みんなが変態って烙印を押されるに決まってるじゃないか! そうなったら俺たち家族は今の場所で住めない! 引っ越すしかないんだよ! お前とももうおさらばだ! よかったな! こんな変態と別れられて! せいせいしただろ! いいだろう。これは餞別だ! もっていけよ! せいぜいこのフィギアを見て、幼かった頃の思い出に浸るんだな!」
「いやよ!! 私は絶対にいや!! シスコンがどこか行っちゃうなんて、そんなの考えられないもん!」
「だったらこうしようぜ。この最大のピンチを乗り切ったら、俺は引っ越さなくてもすむ! そしたら俺と付き合ってくれ! 俺は……。俺はお前のことが大好きなんだよ! 妹の次に!」
――ガラガラッ。
「おはよう! みんな! 今日は健康診断だぞぉ! 先生も受けることになっているからな! こうしてパンツ一丁できてやった!」
教室の生徒は一斉に吐き出した。
「「ぐはああああっ!」」
「ん? どうした?」
「せ、せ、先生!? どうしてTバックなんですかぁ!? しかもガーターベルト付きの網タイツ!!」
「ん? ああ、これか。これは先生の勝負下着だ。周囲は透けているけど、肝心なところはしっかりガードしてあるのが秀逸だよな。あははは!」
生徒たちの顔が真っ青になっている。
このままでは先生が変態になってしまう……。
……と、その時だった。
――バンッ!
突然立ち上がったのはクラス一の秀才にしてイケメン。
「みんなは大事なことを忘れている!!」
「なにっ!?」
――バッ!
イケメンが服を脱ぎ捨てた。
なんと彼のパンツは『フリフリ付きの白いレース』。
つまり女性ものの勝負パンツだったのだ!
「今は多様性の時代!! どんなパンツだろうと受け入れるべきだ!!」
一斉に女子たちが色めきだつ。
「きゃああああああ!!」
「しかし!! 先生は間違っている!」
――カツカツ。
細身のイケメンとマッチョな高校教師が今にもくっつきそうなくらいに接近する。
そしてイケメンが口を開いた。
「健康診断はパンツ一丁!! 網タイツは禁止です!!」
雷のようなイケメンの一喝。
余韻が教室に漂う。
しばらく続いた静寂の後、黒光りしたマッチョな先生が「ふっ」と笑った。
「負けだ。俺の負け。これを脱いだら、お前にはかなわない」
「いえ、先生もナイスパンツでした」
「じゃあ、行こうか」
「ええ。白衣の天使が僕らを待ってます」
「よし! そいつらに見せつけてやろうぜ! 真のオトコってやつをよ!」
「はいっ! 先生! みんな! ついてきて!」
こうして紺太のピンチは過ぎ去った……。
……かに思えたが……。
「あ……」
「どうしたのよ?」
「パンツが小さすぎて、はみ出して……」「それ以上言ったら殺す」
(了)
いつか黒歴史になるんだろうな……。
この作品。
京野うん子氏に敬意を表します。