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AI  作者: もふもふ
8/12

大誤算


 マネー・ショックから3ヶ月が過ぎた。都心部では再建が急がれている。地方では、相変わらずの暮らしが続いている。表向きは……

 

 マネー・ショックから1ヶ月と半月が過ぎた頃。藪田は、フューチャー・マテリアルに退職届を提出し、都心部のスラム街に下っていた。

 

 「げぇっ、藪田剛一郎がなんでこんな場所に?」

 

 「フューチャー・マテリアルの大幹部だぜ……」

 

 「触らぬ神に祟りなしだな」

 

 スラム街には、再建にも何にも参加せずに日々を浪費するAI人間達が集まっている。人を追いやって何になるか。新しい未来が何だというのか。時代の流れに反抗的なAIが集まっているとも言える。

 

 廃墟のようなスラム街の隅には、印刷されたフューチャー・マテリアルの広告が破り捨てられていたり、壁に落書きされていたりと人間がいた頃と変わらない無法地帯の風景が広がる。

 

 「はっは。私の顔写真が燃やされているではないか。随分嫌われておるようだ」

 

 薮田はここ数日、大胆不敵にも単身、スラム街を風を切って歩いている。

 

 そんな薮田を気味悪がって、誰も触れたがらない。

 

 「一体、なんの真似だ? 俺らのことを嗅ぎ付けたというのかぁ? いや、そんなはずはねぇ」

 

 数日、姿を隠すこともなく街を練り歩く薮田の様子をずっと眺めている影がある。

 

 そして薮田がスラム街に姿を表してから、1週間目のこと。

 

 「薮田剛一郎だな? こんな場所に何しにきやがったんだぁ? あの胡散臭い大会社辞めてきたって話ぁ聞いてる」

 

 藪田は、スラム街の隅で寝転がり、気休めの休息をとるところだった。

 

 そこに、長髪に装飾品をジャラジャラと身につけた、身長が2メートルはあるだろう大男が表れ、藪田に話しかけた。

 

 「やれやれ。そっとしておいてくれたら良いのだ。何をしに来たわけでもない今の私が、行きたい場所に赴いた、ただそれだけだ」

 

 藪田は寝そべりながら背を向ける。まるで、毎晩そうして休息を摂っているからか、清潔なコートはボロボロになっており、白髭も相まってまるでホームレスのようだ。

 

 「てめぇ! 人間を追いやった張本人とも言えるやつが、今度はAIの国を見捨てて逃げてきやがったのか! 何様のつもりだぁ!」

 

 大男は、体格に見合う大きな斧を構え、藪田に向ける。

 

 「どうなんだぁ? 答えてみろ。ここは人からもAIからも逃げたような、どっちつかずの野郎が、羽休める場所じゃねぇんだよ」

 

 大男は今にも藪田に突撃しそうな勢いだ。

 

 「どこにも居場所はない」

 

 鮫島の言葉が藪田の冷えきった現状につきささる。

 

 「ああ、そうだな。私は自分の見据えた道中で道に迷い、取り返しのつかないことをした。人とAIの未来は、もう交わることはないのかもしれない」

 

 「知ったようなことほざきやがる!」

 

 ついに大男は斧を振り上げ、藪田に襲いかかった。

 

 「ぐぉらぁ!」

 

 藪田は、振り下ろされた斧を辛うじて交わす。しかし、大男の斧は執拗に藪田を追い回す。その度に藪田は、紙一重で避ける。

 

 「ちょこまかしやがる。くたばらねぇか!」

 

 殺意を纏って振り下ろされた斧を交わし、藪田は大男の右腕のひじの関節部分にしがみつき、腕をへし折った。一瞬の出来事だった。

 

 「ぐぅ、死に損ないのじじぃじゃなかったのか?」

 

 片腕で持つには、斧は重たすぎる。大男は藪田を睨み付けている。

 

 「マフィアに拐われて以来、護身術くらいはと思い、身につけておる。しかし、暴力で何かが解決することはないとは思わぬのか?」

 

 若者を嗜める老人と、ふてくされた若者がスラム街に立っている。人間と何も変わらない光景だ。

 

 「けっ。偉そうに説教なんか垂れやがってよ。それがどうした。暴力よりももっとひでぇ手段用いた会社を俺は知ってるぜぇ?」

 

 大男は開き直っている。

 

 「お前、名前はなんというんだ?」

 

 「コージーってぇあだ名で呼ばれてる」

 

 大男は観念した様子だ。

 

 「そうか。コージー。この場所に、人間を追いやることに異を唱え、都心部再建の阻止を目論む組織を束ねる親玉がいると聞いたが、本当かね?」

 

 しまった!やはりフューチャー・マテリアルの差し金でこのスラムに。コージーは藪田に接触したことを後悔している。

 

 「知らねぇな。そんなもん」

 

 「私を信じろとは言わない。だが、人とAIの共存を、私はずっと願い続けてきた。私は、一度自分の信念を裏切ったのかもしれない。しかし、その償いとして、同じように共存を願う者がいるのならば! 私はこの命を賭けても共に歩みたいのだ」

 

 藪田は本気だ。全てを捨ててここに身を置きにきている。コージーは、藪田の迫力に圧された。

 

 「……ふふ、ははははは! じじぃだと言って悪かったなぁ。組織の話は、あるともないとも言えねぇ。だが、提案はしよう。数日ここに寝泊まりしてたら会えるかもしれねぇなぁ! 」

 

 コージーは斧を引きずりながら、そのままスラム街の中に消えていった。

 

 「空振りで終わってくれるなよ」

 

 藪田はそう願い、気休めの休息につく。

 

 フューチャー・マテリアルを中心に都心部では、新未来の象徴となるであろう街の再建に一層力を入れていた。

 

 しかし、大幹部の解雇は少なからず都心部の再建を目指すAI人間達を動揺をさせた。

 

 「ええい、里見! 構想はまだ出来上がらんのか! 」

 

 藪田が会社を去ったあと、都心部再建『ニュー・エラ計画』の総責任者は、里見仁という男に引き継がれた。

 

 「も、申し訳ありません鮫島社長……都心部はもともと複雑でして」

 

 「そんな言い訳は聞いておらん!」

 

 里見もフューチャー・マテリアルの中では古株ではある。もちろんAI人間だが、凡庸で特徴のない性格だ。

 

 鮫島としては、扱いやすさを重視した人選だったが、再建を足止めしてしまっている。

 

 「まったく、藪田1人がなんだというのだ。個性はあれど、AIはもっと合理的に物事を進められるはずだぞ里見」

 

 「は、はい……」

 

 この上ない大舞台に、里見は思考がうまくいかず、手が震えている。できませんとは、間違っても言えない。退くも進むも地獄だ。

 

 マネー・ショックから3ヶ月経った今もニュー・エラ計画に大きな進展はない。鮫島にとって、むず痒い日々が続いている。

 

 「くそ! 大誤算だ!」

 

 地下の雄二達は、地下で暮らす人々にAIとの共存を説いてまわる日々を過ごしている。

 

 雄二達の暮らす部屋は、地下の出入り口から歩いて10分。もはや周辺で六田雄二の名前を知らない者はいない。

 

 やがて、フューチャー・クリエイトなる組織を立ち上げ、多くの人々を巻き込んでいく。来るべき日に、地上へ出て戦う。その決意を持った人々が集う。

 

 「地上へでて、AIと向き合うことでこそ、人間の未来は切り開かれるはずなんだ。これまでに捕らわれ、日の光を浴びることなく一生枯れていくよりも、希望をもって立ち上がろうじゃないか!」

 

 雄二は資料館を見物した日から、自分の理想を曲げずに貫き通すことを決心した。

 

 「勇人、楓、リョウ、マリ。俺はやっぱり、地上に出る。AIが今やろうとしていることは、机上の空論じゃないか。必ず解りあえる。1人で出る訳じゃない。同じ希望を共有できる人々と共に訴えかけていきたいんだ」

 

 「雄二くんは、やっぱりずっと地下にいるような人じゃないんだな。その時は、俺も行く」

 

 リョウが真っ先に反応した。

 

 「私も、もちろん行かせてもらうわ」

 

 「雄二さんとなら、先のみえない戦いにだって一緒についていきますよ!」

 

 「私も行きます!」

 

 マリ、勇人、楓も雄二の意志に同調している。

 

 マネー・ショックから3ヶ月が経った今は、地下1600万人のうち、200万人がフューチャー・クリエイトに賛同している。

 

 潜在的な賛同者を含めるとこの数字よりも多いだろう。

 

 AIによる世界統治、人間の排除、長い目でみた滅亡、理想的な地球という将来は、達成よりも前にして既に崩壊しつつある。

 

 同じAI人間の中の反乱因子、地下の人々の決断、結束。

 

 その事実に気づけずにいることが、鮫島を中心としたニュー・エラ派のAI人間達の大誤算となるに違いない。

 

 都心部、スラム街の深部。白髪のホームレスが毎日未だ見ぬ誰かを待ち続ける。

 

 白髪白髭は荒れ狂いちぢれ、顔面は幾度かの雨で少々剥がれ落ち、火傷の傷を隠すために移植した黒いカーボンが露になっている。

 

 ロングコートは、ジャケットほどの丈にまで短くなり、見るからにみすぼらしい。

 

 「ほらよ、じーさん!」

 

 スラム街に過ごす者達は、たまに硬貨を投げつけてくる。老人ホームレスの周りに、無数の硬貨が散らばっている異様な光景だ。

 

 本来ならば、硬貨にプレミアがつく為、1ヶ月過ごすのに十二分なほどの金になっただろう。数ヶ月前ならば。

 

 つまり、スラム街のAI人間は、ホームレスが藪田剛一郎だからこそ、硬貨を投げつけている。

 

 「はっは、平等院鳳凰堂か。人とAI。どちらが重くても、どちらが軽くても、バランスは取れぬ。対等に支えあってこそ羽ばたける」

 

 落ちぶれても、どんな目に遭っても、何をみても、今度こそは信念を曲げまい。藪田はそう決めている。

 

 何週間が過ぎただろうか。今日こそは。そう祈り待ち続ける、いつもの夜だった。

 

 「……ぬ? なんだ、身体が言うことを効かぬ」

 

 突然のことだった。藪田は強力な重力のようなものを感じた。

 

 辛うじて、僅かに視線をあげる。そこには無数の足が見える。

 

 「へっへっへっへ。誰か待ってやがんのか、この無法者の街で目障りなんだよ!」

 

 あまりにも惨めな姿にまで落ちぶれて、最初は敬遠していたAI人間達も接触しやすくなってしまったようだ。

 

 「ぐぅ、待ち人はお前達ではない!」

 

 そう吠えてみたものの、無数の足と混ざって、凶器もちらついて見える。万事休すか。

 

 「フューチャー・マテリアルの考える新未来に全てのAI人間が賛同すると思っていたのか?」

 

 ぬぅ。自分の犯した過ちが重くのしかかっているようだ。

 

 「すまなかった、悪かった。とんだ思い上がりだったのだ」

 

 うつ伏せに地面に締め付けられながら、藪田は辛うじて言葉を述べる。

 

 「思い上がりで済むのかよ。否応なしに改造された人間の気持ちが、お前に分かってたまるものか」

 

 言葉もない。無数に広がる足のうちいくつかが蠢いたかと思った瞬間、藪田の身体を電撃が流れたかのような激痛が走った。

 

 「ぐはぁぁ!」

 

 投げつけられた凶器が、藪田周辺の重力に引き寄せられ、身体に沈んでゆく。人の痛みを知るため、AI人間にも痛覚は残されている。

 

 「物理的な痛みで、償えると思うなよ藪田剛一郎。俺達の気持ちなど、分かってほしいとは思わない。じわりじわりとなぶり殺してやるよ」

 

 ぐぅ、の音も出なかった。許されない過ちは、新たな過ちを呼ぶ。連鎖の歴史をAIが引き継いだだけに過ぎなかったのだ。藪田は激烈な痛みのなかでそんなことを考えている。

 

 「やめねぇか! てめぇら!」

 

 コージーの声だ。

 

 「コ、コージーさん! 」

 

 物凄い形相で集団を睨み付ける。さっきまで騒いでいた集団は、四方八方に散っていった。

 

 同時に藪田を襲っていた強力な重力も解かれた。

 

 「あーあー、こりゃあ磁場を狂わす細工がしてある硬貨だなぁ。遠隔操作でその周辺の重力を何倍にもできるって代物だ」

 

 コージーは磁石をつかい硬貨を吸い取り、革製の大袋に詰め込んでいく。それから、無造作にズブリズブリと藪田の身体から凶器を抜いていった。右腕はリペアが済んだらしい。

 

 拷問の経験があるからか、藪田は声をあげずに意識が浮いていきそうなほどの痛みに耐えた。風穴を通る風はやや冷たい。

 

 「藪田ぁ、これが現実だぜ。それでもお前、人とAIの共存を叫べるのかぃ?」

 

 コージーが問いかける。

 

 「無論だ。やったことをなかったことにはできない。受け止めて前へ進んでいくしかない。それが私なりの償いなのだ」

 

 コージーはボリボリと頭の後ろをかいて、はぁと一息つくと、藪田を担ぎ上げた。

  

 「じゃあ、連れていってやるよ。お前が、行きてぇと願ってやまない場所によ」

 

 みすぼらしい老人を、大男が担いでいく。担がれた肩で、藪田は意識が遠のいていった。

 

 

 

 

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