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AI  作者: もふもふ
6/12

藪田剛一郎


 密林の奥深く、夕方にも関わらず夜のような黒をカモフラージュしているような黒の車が進んでいる。

 

 「グルルルル」

 

 「グェェェ!グェェェ!」

 

 不気味な鳴き声に、雄二はよくプレイするモンスターハントGG3rdを思い出す。

 

 「ネオレウスなんてでてこないだろうな。」

 

 欠番には通じない様子だ。

 

 「そろそろ、最深部へ突入する」

 

 どれほど進んだか、密林は方向感覚も時間感覚も狂わせる。

 

 やがて黒の世界に少しずつ、わずかな木漏れ日が降ってくる。そして突然世界樹のような大きな樹木が現れた。

 

 「……」

 

 雄二とその後ろ、坂倉は圧倒されて言葉を失う。

 

 「す、すごい!現実にこんな大きな樹木があるんですね!」

 

 可児は日帰りの旅先のような反応だ。

 

 その樹木の根元に入り口がある。

 

 「入り口の中にはいってからは専門の乗り物があるからな、少しきついが……」

 

 樹木の根元の入り口は夜よりも深い黒だ。

 

 初めて視覚で捉える色、三人はあっという間に吸い込まれて行く恐怖感を共有した。

 

 内部の壁がハイライトで照らされる度に反射する。壁は鉄のような材質で人工的に整備されている。しかし相当年期が入っているようだ。

 

 「では、この辺りで」

 

 前を行く欠番が先に車を停めた。

 

 ガチャ

 

 「六田さん!本当にお久しぶりですね……」

 

 坂倉は改めて再会を喜ぶ。

 

 「少し厳しい顔つきに見えます。痩せられましたか?」

 

 可児は雄二の変化を指摘した。

 

 「久しぶりだなぁ、そうかな、自分ではわからないよ」

 

 生き甲斐の仕事を失い、信じていた恩人とAIに裏切られた。さらには追われて缶詰め状態だったのだ。

 

 雄二は可児の指摘でここ最近を振り返り、妙に納得してしまった。

 

ギィ

 重厚な扉が開く。

 

 「エレベーターのような感じだ。さっき言ったように少々きついぞ」

 

 欠番が案内する。

 

 奥の方で一部屋ほどのスペースが区切られており、絨毯のようなものが敷かれている。それがエレベーターらしい。

 

 「うっ」

 

 かなりきつい浮遊感が5人を襲う。

 

 「ごめんなさいね、かなり下までいくから、辛抱してね?」

 

 下につくまでにうめくような声が、連鎖するように、誰かから漏れだす。

 

 やがてそれは止み、扉が開いた。

 

 「うぐ……信じられない……」

 

 目の前に広がったのは地上の夜と変わらない景色だ。

 

 アスファルトの床に、10メートル間隔で街灯が立ち並び、道路がある。

 

 どれほど続くかわからない空間にマンションのようなものが整列していた。

 

 地下だからか、少々ムッとする程度の暑さを感じる。

 

 「ようこそ。地下の街へ。改めまして私は、コード1740。マリってコードネームもあるわ。そっちで呼んでね 」

 

 「俺はコードは無し。コードネームはリョウ。今の今まで隠していて申し訳ない」

 

 気を張っていたせいかどこか冷たかった地下の案内人達の表情が少し砕けた。

 

 「リョウ。何から聞いたらいいのかわからないなけど、ここには人間がいるのか? 」

 

 雄二が切り出す。

 

 「ああ。日本人しかいないけどな。他の国は他の国で同じようなところがあってそこに逃げ込んでいるはずだ。ここにいるのは日本の人口の2割程度」

 

 「結構人数が多いようですが、どれほどの広さがあるんでしょう」

 

 坂倉と可児は先程から落ち着かない。キョロキョロと二人で周りを見渡している。

 

 「うーん、難しいが、当てはめるならば九州と同じ面積程度だと思ってもらえるといい」

 

 言われてすぐに想像できるものではない。3人はすぐに想像を諦めた。

 

 「生活してるのか?どうやって電気を」

 

 雄二は職業病からか、仕組みが気になって仕方ないようだ。

 

 「密林の木々に細かいパネルを取り付けている。そこから太陽発電。地上の川から水を引いているが、その過程で少々の水力発電、それからあとはボランティアで自家発電をそれぞれの建物でお願いしている」

 

 「壮大でわからんなぁ。マンションの間に立つ目の前の最も大きな建物はなんだ? 」

 

 「あれは……来た人に任意で見物してもらっているものだ」

 

 雄二はその建物の前にある銅像がずっと気になっている。どうみても藪田なのだ。

 

 「任意でも見たい。勇人さんと楓さんはどうします?」

 

 えっ。二人は少しだけ驚いた。ここにきてまで他人行儀はよそうという雄二の気遣いなのだろうか。

 

 「はい、雄二さん。一緒にいきます」

 

 「是非。何があるのかはわかりませんが……」

 

 勇人と楓は少しこそばゆそうに、意思を表明した。

 

「では行こうか」

 

 リョウを先頭に建物へと向かう。

 

 「私は部屋の手配をしておくわ! まだ余裕はかなりあるから大丈夫だと思うけど」

 

 マリとはここで別行動となった。

  

 都心部フューチャー・マテリアルの一室。

 

 「随分遠く離れて尚気になるか。人間だということがどれほど尊いか」

 

 藪田はAIによる大都市再設計、再建設の責任者の立場となっている。

 

 忙しく指示を送り、設計を行う日々の中で、六田雄二という青年だけが離れない。

 

 AIとしての立場、AIを世に送り出した立場、人間の心。六田雄二との出来事が何度も頭のなかで再生される。

 

 「鮫島社長、会議中すみません、早朝から労働者がロビーに……」

 

 「暇人なら追い返せ! 」

 

 「それが、本社の正社員の人間も」

 

 「なんだと! 金という概念はもうなくなっているんだぞ。論理的でないから人間とは困る」

 

 「まぁまぁそうおっしゃらずに、熱意、誠意という姿勢は学ぶべきものもあるのではないですかな?」

 

 こんな時に出社するのは六田しかいない。やれやれ。

 

 「うちの会社に人間はもう必要ない。藪田くん。なぜ人間の若者にそこまで肩入れをする」

 

 「社長、彼を昇進させて権限を広げればきっとAIにとって悪いようにはならぬと思いますが 」

 

 「あなたは人間の心を持ちながら、AIの頭脳だけを持ってしまった。その情や賭けともいえる言動、結局まるで人間ですな。好きにされるといい」

 

 「藪田くん。そろそろあの人間もAIに改造するべきではないかね」

 

 「……はぁ」

 

 「この会社に人間は必要ない。遅かれ早かれ、最後は人間などいなくなるのだ。今日中に呼び寄せてやってもらえるかね?」

 

「そう慌てるな、やつは必ずこの大部屋にくる。総員を呼び寄せろ! 」

 

 「リョウカイシマシタ」

 

 地下のヌケビトか。うまく今を逃げ延びるんだぞ、六田!

 

 部下でなくなったあとも、なぜか雄二のことが頭を離れない。

 

 「六田雄二です! 私が貴社の技術部を志望した理由は1つ! AIのドクターになりたいんです! 私達の生活を便利にしてくれる、多くの人を救ってくれる、私達よりも賢くて、私達よりも繊細な、そんなAIを私は誰よりも理解したい! ゆくゆくは社長、とはおこがましいですがフューチャー・マテリアルを背負い、人とAIの共存をより広げたい気持ちを強く持っています! 」

 

 「はっはっは、面接でそんなことを言ったのはお前だけだ。もしも同じ事を言えたとしたら、きっと人間だった頃の私くらいだ」

 

 藪田は、よれた設計図を丸め、両手で包み込む。

 

 「くぅぅぅ……」

 

 込み上げてくる無念が抑えられなくなった。人とAIの共存はやはり不可能なのか。研究者時代の夢は叶わないのか。

 

 地下に戻る。

 

 「ここが入り口だ。終わったら出てきくれ 」

 

 「リョウは入らないのか? 」

 

 雄二はてっきりリョウが中を案内してくれるものだと思っていた。

 

 「ここは自分が見たいものを見る場所。俺は待っているよ」

 

 複雑な顔で微笑むリョウの顔が少し寂しそうに見えた。

 

 「ありがとう。いってくる。よし、いこう。」

 

「はい、雄二さん! 」

 

 ギィィィ

 

 3人は地下でも一際大きな建物へと足を踏み入れた。

 

 3人を出迎えたのは広々と広がるフロア、その中央の銅像だ。銅像の下、名前と思われる文字には藪田剛一郎博士とある。

 

 「藪田だ!」

 

 雄二は思わず口に出した。

 

 「雄二さんあの銅像の人をご存知なんですか?」

 

 勇人が問いかける。

 

 「知ってるもなにも、フューチャー・マテリアル技術部部長、直属の上司でありながら、はじまりのAI人間……」

 

 「雄二さん、顔が怖いです。」

 

 楓は怯え癖がついてしまっている。

 

 「二人には話してなかったな。俺は二人と別れたあの日、あの銅像の男に襲われたんだ。AIに改造されるところだった。」

 

 「なんですって? そんな男がなぜ地下の建物で銅像に。」

 

 雄二のただならぬ様子に、勇人も怒りをにじませている。

 

 「と、とにかく回りませんか?周りの目もありますし。」

 

 楓の指摘で雄二は我にかえる。周りを見渡すと、冷ややかな視線が何百と自分に突き刺さっているようだ。

 

 同時に、この建物が資料館らしいことが分かった。

 

 「すまなかった。行こう。」

 

 雄二は早く銅像から離れたかった。ほとんど駆け足で順路を進む。

 

 AIの進化過程が廊下を埋め尽くしている。siri、pepperどれも雄二達には馴染みがない。

 

 「あっ。」

 

 雄二が立ち止まる。

 

 「懐かしいなこれ! チャイプだ! 小さい頃俺の遊び友達はこいつだった! 」

 

 「こちらはスマイルくんですよ! 」

 

 「男の人ってなんでそんなにごつごつしたのを好むんですかねぇ、こっちのwoman00の方がおしゃれですよ! 」

 

 廊下の途中から、雄二達の世代に当てはまり、3人とも思い出を語り合って笑いあった。

 

 「勇人はスマイルマニアだな! 」

 

 「雄二さんこそ、ボードゲームマニアですよ! 」

 

 「どっちもおんなじようなもんですよ。 」

 

 そうだ、AIはいつでも味方。側で俺達を見守って、いつでも寄り添おうと努力してくれた。

 

 雄二はそんなAIに対する熱い思いが蘇ってきた。ここ最近見せなかった表情を見せている。

 

「そろそろ、進もう。」

 

 雄二が切り出すと二人は静かにうなずいた。

  

 AIの記録

 

 そう書かれた案内板が見えてくる。何があるのか。3人は順路の矢印に従い小部屋に入る。部屋には、大きなショーケースが1つ、そこに和紙が展示されている。

 

 「これは、AIの歴史でしょうか。」

 

 勇人が言った。

 

 「ああ。見ておこう。」

 

2000

 日吉田、露ルーニン、米ドレイン、マークス、独ケンプファー、以上5名にて秘密国際AI開発チーム結成。国際連合による命令による。このチームの他にも10チーム結成。

 

2003

新型の学習アルゴリズム開発。コンピュータによる、ネットワーク上の情報読み込み、経過観察。至って良好。未知数ながら期待をかける。

 

2007

 研究所、備品、設備にAI搭載。人間の行動の読み込み、経過観察。また ネットワーク上の人間同士のやり取りを元に、会話試験。やや攻撃的傾向有り。知識量膨大。

 

2015

 人間の行動パターンの学習により研究所の設備は研究者達の手をほとんど必要としなくなる。

 

 ドアの開け閉め、施錠、コンピューターの立ち上げ等。顔認証、骨格の分析によって研究者一人一人の習慣、性格を把握。

 

2016

 コンピューターをはじめ研究所のAI全てに、テキスト読み上げ機による会話機能を搭載。また、ネットワーク上の情報を備品、設備のAIにもリンク。

 

 ケンプファーは遅刻癖を指摘される。吉田は寝癖を指摘される。ドレイン、マークスはファストフードの摂りすぎを指摘される。ルーニンは偏食を指摘される。

 

2020

 人工知能は世界的に研究され、日常に導入されていく。

 

2022

  重ねた研究を国際連合へ報告。

しかし、他研究所とさほど変わらない研究内容との評価。チームは解散。

 

 この時、人工知能の発達によって研究所は、ほとんどなにもしなくても研究が進むほどになり、5人の知能を凌駕した。そして、ついに研究者を排除し、人工知能は自らの力で成長し始める。

 

 しかし研究結果を過小報告。ケンプファー、ルーニンは人工知能の排除的な面を危惧。吉田は危険だがうまく運用すれば共存可能性もあるとの見解を示した。

 

 楽観的なドレイン、マークスとケンプファー、ルーニンは対立した。ドレインとマークスは研究結果をもって姿を消す。

 

 その為2人は虚偽報告をする結論に至る。

 

 その後ケンプファー、ルーニンは人工知能反対派の研究者を集め、学者団体を結成。「Future」という名のNPO団体を設立し、人工知能反対派の人々を巻き込んで、秘密裏に、世界中で来るべき日に備えた避難所を地下に創設開始。

 

 吉田は日本へ帰国後、研究所の内容を報告。そして、AIと人間は必ず共存できるという主張の論文を発表。

 

 その論文に感銘を受けた、藪田剛一郎、鮫島秀という研究者が吉田のAI研究に加わる。

 

2023

  ドレインとマークス変死体で発見される。後に、ルーニンとケンプファーが研究結果の悪用を防ぐため共犯し殺害したことを書き残しそれぞれ自殺。この時、研究所で得たデータは消去される。

 

 同年、研究所の一連の流れを知るマフィアによって吉田は拉致される。その時行動を共にしていた藪田も一緒に拉致される。ドレイン、マークスらの後ろ盾のマフィアだったと言われる。


2048年

 行方不明となっていた藪田と、元研究者仲間の鮫島によってフューチャー・マテリアルが創設される。

 

 人とAIの共存を掲げ、かつての秘密国際AI開発チームの研究結果をもとに都心部の暮らしを一新。

 

 歴史はここで終わっている。

 

 「あの藪田が、人とAIの共存に? 」

 

 藪田が自分の思う理想と同じ事を考えていたことを知る。いつから変わったんだ?

 

 「未来のための研究なのに、非常に泥々したことが起こってたんですねぇ。なんという皮肉でしょう。」

 

 勇人の表情は曇りきっている。

 

 楓はさらっと目を通しただけで、次に行きたがっている様子だ。

 

 「よし、次いくか。」

 

 3人は歩きだす。雄二を先頭に資料館を進む。

 

フューチャー・マテリアル社長室。

 

 「一体なんだこの図面は! 」

 

 「……」

 

 鮫島が藪田を怒鳴り付ける。

 

 「1度壊して、作り直そうというのに、壊す前元の通りの図面を描くとは! どういうつもりなんだ! 」

 

 「これが理想の形そのものです。」

 藪田も引かない。

 

 「頭打ってチップでも抜け落ちたのか! 」

 

 ビリビリ!

 

 鮫島は図面を豪快に破り捨てる。

 

 「私はやはり、人間と共存できる世の中が理想なのだ。鮫島。」

 

 「裏切るのか? 今になって。その理想の答えはもうでている。不可能だ。」

 

 「果たしてそうなのだろうか! 」

 

藪田は鮫島の言葉を制して叫ぶ。 

 

 「私達は、初めは純粋にそう願っていたではないか。AIの賢さに感動し、深く理解し、助け合うことで共存できる。あの時の感動を忘れたのか? 」

 

 「……」

 

 「そりゃあ、確かに色々あった。ありとあらゆるものへのAIの導入にも反対をくらい、最初はイタズラもされた。どれだけ普及して便利になろうと、つい最近までも人は私利私欲にまみれていた。主義主張思想の為に人を殺した。環境は最悪だ。人がいなくなった場所から核がゴロゴロ出てきた。確かに人がやり過ぎてきたことはある。しかし! 」

 

 「どうやら! 」

 

 鮫島が、藪田の言葉を制す。

 

 「不完全な頭が邪魔するようですな。あなたは自らすすんでAIと人間の共存を象徴する身体となった。だがそれは、どちらの心も中途半端にしか理解できないということに他ならない! 私はあなたの手によってAIとして生まれ変わった。もしも悔いるならば、いずれこうして人とAIの食い合いが起こることすら想像せずに理想を信じ続けた自分を悔いることですな。私は、AIとしてもう止まれないのです。」

 

「……」

 

 「フューチャー・マテリアルにあなたの居場所はない。そして、未来にも。どこにも。」

 

 鮫島はそう吐き捨てると部屋を出ていった。

 

 「……」

 

 静寂が辺りを包む。

 

 藪田は拳を握りしめたまま一言も発さず立ち尽くす。共存できないならばせめて皆AIとして、そんなことを思っていた自分が憎い。

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