地下へ
ついにマネーショックから1ヶ月が過ぎた。暴動もピーク時からかなり減少傾向にある。逮捕者は関東だけで400万人に達した。
減らない人口と、金の概念がないのに労働者が確保できている矛盾にようやく世の中がざわつき始めた頃だ。
「復旧作業に務め、治安を回復する」
櫛原首相はこのタイミングで労働力の確保に見通しがたったとするメッセージを発信。
野党とネットワークにおける国民の猛反発の末総辞職に追い込まれた。
とは表の動きで、もちろんAIが絡んでいる。
「櫛原さん、これでは矛盾だらけですな。時期が早すぎる。人間は納得しませんよ」
フューチャー・マテリアル社長の鮫島、さらにその横には藪田の姿がある。
「申し訳ありません、しかしこの現状を放っておいても国の信頼は回復出来ませんから……」
櫛原は下を向いたまま顔をあげることができないほど落胆している様子だ。
「櫛原さん。国の役割はもうほとんどありませんよ。何しろ財政がなくなった。経済などいずれ死語となる。公的サービスに対価が必要なくなったんです。税金の使い道を決める予算審議なんてものもない」
鮫島は冷たく言い放った。
「警察、消防、救急、介護、教育……今回暴動を起こした哀れな人間達がその身をもって今度は世の中の役に立つ」
「ええ……」
櫛原は鮫島にものを言うことができない。首相にしてもらった恩もある。
「もっとも、教育はもはや意味がありませんがね。皆同じように優れた情報を生まれたときから持っていれば、環境などに左右されることはない。地球は1度リセットしなければならない」
「……」
ついに櫛原は俯いたまま何も話さなくなった。
「とにかく、あと一歩で人間は滅亡するところまで来ている。今乱されては困る。大人しくしていただいてもよろしいかな?未来に生きる世界をあなたは保証されているんだ」
翌日から、櫛原は野を下り東北で食料生産に勤しむこととなる。もちろんAI農夫として。
「ニュースをお伝えします、櫛原洋総理大臣が本日、議員を辞職することを発表しました。またAIは、政府を解体する判断を下した模様です」
「いよいよ国じゃなくなってきたな。相当準備が進んでるらしい」
雄二は苦虫を噛み潰したような顔だ。
「雄二君。二人を連れて地下へ行けるぞ!」
欠番が部屋に飛び込んでくる。あらゆるAI要素を限りなく取り除いた結果部屋のオートロックさえ使えなくなってしまっている。
「欠番……もういいや、それで、行けるのか?」
「ああ。俺たちの仲間が二人と接触していたんだ。それに、ある程度人が集まった」
「まて、集まったってどういうことだ?」
「出来うる限り多くの人間を地下に導いて救える限り救うしか、今は方法がないんだ。入り口は遠い。なるべく多くの人を導かなくてはならない」
「それはつまり残された人を置いて、先に逃げるということか……」
雄二はそういうことが嫌いだ。
「致し方ない。時間がないんだ。それにAIの目的は人類の殺害ではない」
欠番も自分に課された宿命を貫かなくてはならない。
「地方はどうなるんだ、都心部は危機的な状況を身をもって実感している。けど、地方の人達は何も知らずにどうにかなってしまう人もでるんじゃないのか?」
両親もいるはずだ。都心部で過ごすうちは限りなく人との接触がなくなってしまった。しかし、血の繋がりは別だ。
「そうはいっても私たちもスーパーマンじゃないんだ! それに、すぐに全てを変えるつもりはないはず」
ガラガラガラガラ
「な、なんだ? 」
ウーーーーン
街を警報が包む。大きな振動は郊外のこの場所の近くからではないことはわかった。
「都心部の方だ! 」
雄二はいてもたってもいられなくなった。
「ダメだ! 都心部には私の仲間がいる。あなたのお友達も必ず連れてくる! 」
欠番は必死に雄二を止めようとするが、今にも振りきりそうだ。
「俺だって! 人間なんだ! 」
ピクリ
雄二の動きが一瞬止まる。
「そりゃ仲間がどうなっているか心配さ。けど。産まれたときから背負った宿命の為、皆戦っている。同じ立場で戦ってるであろう仲間を信じることも、雄二くんにはできないんだ! 」
「……」
信じる。そうだ行動で示すことだけが気持ちじゃない。きっと、また地下で会える。雄二は欠番の言葉に考えを変えた。
こいつやこいつの仲間がきっと皆を救ってくれる。雄二があの時救われたように。
「いざ地下へ」
「はい」
時同じくして都心部。
「きゃあ! 」
突然の振動に可児は倒れこむ。細かな部品が膝に食い込んだ。
「これは、一体…… 」
坂倉もまた、尻餅をついた。
ウーーーーン
突然サイレンが鳴り出す。
「ついに、関東地区の制圧に乗り出したのね」
あの時の女性だ。坂倉と可児は顔を見合わせている。
「制圧って一体どういうことですか? AIは我々の暮らしをとても便利にしてくれた、最大の味方ではなかったのですか! 」
揺れ動くなか坂倉は女性に問いかけた。
「じゃああれを見なさい! 」
女性が指を指す。周辺の建物が爆破されていく。
「あれが現実よ。ここがそうなら世界中の首都みんな同じね。首都圏の制圧。AIはたった今、人間に戦争をしかけた! 殺戮のない戦争を……! 」
「そんな……」
「話しはあとよ。私の乗り物に乗って!」
「……」
二人とも動かない。坂倉が唐突に叫びだした。
「この際ですから! 私達はある人と会うまでここを離れるわけにはいかないんです! 」
可児も続く。
「マネーショックが起きてから私達は働いてきた! それは自己満足なんかじゃない! 」
「あの人は、なにも告げずに私達をかばってどこかへ消えたのかもしれない、裏切って今も建物を壊しているかもしれない! あなたが現れ、AI人間の存在を知ってからもずっと考えてきた! それでももし生き残るのならあの人と一緒に生き残りたいんです! 私達はあの人と共に働くことで、この情勢の中からから救われたんです! 」
ガラガラガラガラ……ドゥン!
振動はみるみるうちに三人に近づいてくる。さっきまでいた労働者は消えている。
「六田雄二は我々が保護している! 」
女性は二人に向けて、力強い言葉を降らせた。
「えっ……」
女性の言葉に今一度二人は顔を見合わせた。力強い声を今は信じるしかない。
「いざ、地下へ」
坂倉は膝を負傷した可児に肩を貸した。ようやく、女性の導く乗り物に乗り込んだ。
「退屈だなぁ、なんで乗り物の中にディスプレイがないんだ?」
雄二は見慣れない乗り物の中で退屈している。
「プレミアがつく乗り物だ。手動運転の電気自動車なんて。都心部に住む人間には普通は一生お目にかかれない」
「どこに向かってるんだ?」
雄二の足は小刻みに動き続けている。貧乏ゆすりだ。
「樹海へ」
「樹海? 」
「ああ。地下の入り口なんて探られたらおしまいだからな。磁場が狂っている樹海の一部であれば上空から探すことも困難なんだ」
「へぇ、そんな穴場があるんだなぁ」
「動物が過ごす場所としてAIは匙を投げたようだがな。いかなる干渉も大自然にはかなわないこともあるもんだ」
「それで、あとどれくらいかかるんだ?」
「ざっと6時間。追跡を受けない乗り物だと時間はかかる。しかも自動運転道路を避けなくちゃいけないから迂回している」
欠番は運転に集中しているせいか、淡々と述べる。
「ずっとこれかよ。座席は立派なのに、映画もニュースも観れないなんて……」
雄二は話し相手も娯楽もない車の中で退屈しきっている。
「見たことのない乗り物ですね、何ですかこれは」
坂倉も同じく乗り物が気になっていた。
「あなた達は中心部の人間の中でもかなり保護が遅くなった。1ヶ月の間中心部の人たちを空から移動させてたんだけどね。今は車で我慢してもらうわ。」
「わぁーすごい。外の景色が。これ映像じゃなくて本物の景色が見えてるんですよね? 」
可児はときめいている。
「戦争……ですか。」
坂倉の一言が三人を現実に引き戻した。
「ええ。都心部人口は気づかないうちにほとんど空になった。既存の建物を壊して、新たな未来を創るための設備が整えられる」
「世界中でおなじように? 」
坂倉は目まぐるしい変化の中でも状況は知っておきたかった。
「首都圏の制圧は、一斉に行ってこそ意味がある。AIは地方を全て網羅するほど普及しきっているわけではない。いやあえて網羅させなかった。残った人間が結束し、反撃してくる力を弱めるため。無駄な衝突は環境汚染の危険があるために避けている」
「完璧なんですね」
「そうね。暴走しだしたら成す術ないわ」
「すー、すー」
可児は長時間の車旅の疲れと、度重なる出来事のせいか、眠っている。
こちらは都心部。
「首都制圧、成功ですな」
「ああ。思いの外うまくいった。200弱の国全て、制圧成功だ」
藪田と鮫島はオフィスの最上階から街のようすを眺めている。
「まるで廃墟ですな」
「今はだ。火災が起きないよう細心の注意を払って1度ゼロに戻ったんだ。これからが勝負さ」
鮫島の口角があがる。
「私はまだ生かされていてよろしいんですかな? 」
藪田はじっと街を見据え、視線を動かさない。
「我々は進みすぎたんだ。人間とハーフの藪田博士がいなければ、今度は我々が人の歴史の二の舞になる。常に折衷案で計画を進め、ここまできた。人間といえども、誰一人として死んだものはいない。もう少し付き合っていただこう」
鮫島の目つきは一瞬鋭くなり、やがて不気味な顔つきに戻った。
「確かに進みすぎたようだ。もしも蓄積された人の心が、産みの親である私を消すことを良しとしないのであれば、不確定要素を情で残してしまうことになるぞ鮫島。それは理想の未来の中で最もあってはならないことだ。産みの親をも超えてこそ、新しい未来を創るということだろう」
「……フッ」
しばらく考え込むと、鮫島は静かに最上階室を後にした。
「地下にまで追い込めばもうなにもすることはないだろう。AIが人間を絶滅させることはできない。あとは、地方か」
藪田はもうしばらく街を眺めると、部屋をでていった。
「さぁ、ここからずっと地下の入り口に向かって潜っていくわ」
2台の車が、樹海の中を下っていく。前後で再会を喜んでいた。
「六田さーん! お久しぶりです、無事だったんですね! 」
真っ先に窓を明けて声を出したのは可児だった。
「あの日から、六田さんがいなくて心細かったですよ! 」
坂倉も続く。
「ああ! 二人とも無事でよかった! 本当によかった! 」
「ふふ」
欠番も、その仲間の女性も今は再会に喜ぶ3人の様子に思わず微笑んでいる。きっと希望はある。人の繋がりはいつもそう思わせてくれる。
都心部での、AIによるクーデターは地方で変わらない生活を送る人々を動揺させた。
しかし労働人口層の都心部一極集中という目論みは早くから進められており、地方の平均年齢層は高い。
AIはここまで、詰め将棋をしているかのような鮮やかさで、手を汚さず、すなわち地球環境を汚さず人間の地上からの駆逐を進めている。