残された人類
「ニュースです。マネーショックから1ヶ月、暴走による逮捕者は252万人となり――」
雄二は郊外の空き家で電子機器からニュースを観ている。
「この逮捕者達も皆……」
ギィと扉の開く音がした。
「雄二君。そろそろ地下に潜った方がいい。人間の姿をしたAIを見たものはただではすまない」
「欠番め。指図しないでくれ。坂倉さんと可児さんがどうなったのかそれがわからない限り動かない」
おおよその真実を知ってから3週間が過ぎた。フューチャー・マテリアルから脱出した翌日。雄二はAIの目的を知った。
「昨日の続きを話しにきた」
いきなり現れた青年に雄二は寝ていた身体を無理やり引きずり起こした。
「なんだよ、昨日突然帰ったかと思えば今日はいきなり出て来て」
たった1週間の間に目まぐるしく状況や環境が変わり、雄二も気が立っている。
「すまない。急激に増えたAI人間の隠れ蓑を借りるには、活動時間を合わせるしかないんだ」
「そういうことは帰る前に言ってくれよ」
昨日はともかく、今日も突然現れたということはこの青年のもともとの性格なのかもしれない。
「それで、AIはなぜマネーショックを?」
雄二も唐突に話を戻した。
「まず。人間型AIは皆が皆、最新の情報を持った知能を有しているわけではない。AIの中にもヒエラルキーがある」
「どういうことなんだ?」
「AIはあらゆる情報を吸収して成長する過程で、人間こそが真に地球上の動物の中で強いものだと判断した。だからこそ、より人間らしく、しかし間違えることのない完全な世界を作ろうとしている」
「人々の中でも頭のいい人悪い人、要領がいい人悪い人がいるがそれを意図的に作り出しているということか?」
「その通りだ。フューチャー・マテリアルの幹部はその中で最も賢いAIが集結している」
俺の務めていた会社がそんなところだとは、雄二は内心驚いている。
「そして、藪田という名前をもった雄二君の上司は、最も古いAI人間だ。その正体はかつてAI研究の第一人者と言われた吉田新多博士の弟子。一時期行方不明になっていたが、フューチャー・マテリアルの役職持ちとして突然姿を現した」
「ぶ、部長が」
驚きを隠せない。
「もともとチップのような存在だった人工知能は、ついに自らの意思で人の姿を作り、強さの象徴、人間の姿となった。果たしてどうやって最初の1人を作ったかまではわからないけど」
「それで、真の目的というのは一体なんなんだ! 」
「人類の滅亡」
雄二の頭は真っ白になった。その言葉は一瞬の間、時を止めた。
「滅亡……」
「人間はまだ地球のヒエラルキーの頂点にいる。AI人間が人間の数を超え、勝てると判断した瞬間に、私達に戦争をしかけてくる。殺戮のない戦争を。」
「その準備段階ということか」
「今の時点でだいたいざっとAI人間が15億人」
「そんなにいるのか! 」
「ああ。暴動によって世界中でAI人間が増産されている。藪田は海外出張を名目にその現状把握に務めている。その知識は忍び込んだ私にももたらされたというわけだ」
「んー……」
雄二は黙りこんだ。藪田をはじめAIの考える未来に人間はいない。
「人々はいずれ立ち止まらざるを得ない」
「お前はどう生きるか」
以前の藪田の言葉が、雄二の中で何度も繰り返された。それでも、今、最も心配なのは僅かでも本当に心を通わせて関わった人。坂倉と可児は無事なのだろうか。
「なぁ……あぁ、名前聞いてなかった」
救ってもらった恩人の名前も聞き忘れていたことに雄二は改めて気づいた。
「私か?名前はないよ。欠番なんだ」
「欠番? 」
「ああ。地下にいけばわかる」
「じゃあ欠番、これから俺はどうするべきなのか、今はわからない」
雄二は、ここで欠番にあえて答えを聞かない。人としての、どうしたいか自分で見つけるしかないと思っている。
「ああ」
欠番もその意図を理解した。
「今は死ねないんだ。AIにもなりたくない。だから1度地下にいく」
「わかった。そこに、お友達もってことだろ?」
「ああ。彼らを残したまま自分だけ隠れることはできない」
「わかってる」
欠番は何かを決心したようだ。
「日中、私が把握している限りのことを話そう。坂倉勇人、可児楓の二人は、今フューチャー・マテリアルの社員となっている」
「なんだって? 」
「六田雄二は出張扱い、戻ってくるまで人手不足の会社で固定で働く決心をしたらしい」
「しかし、一般労働者が固定で会社に所属するにはAI面接があるはずだ。そう簡単に社員になれたのか?」
「労働と対価という概念がなくなった今、働こうという意志があるだけでAIにとっては従順な僕だ」
「……」
欠番は続ける。
「もうひとつ。彼らはAI人間の存在に気づいている。今もずっとそれを隠して仕事をしている」
「なんだって!? それじゃあ、いつ改造されるかわからない状況ってことじゃないか! 」
「どうなるかはわからない。けど私達に任せてくれ」
欠番は言い聞かせるようにそう雄二に提案した。
「わかった」
追われている身分で彼らに接触することが逆に危険なのは、雄二も理解している。欠番の提案を呑むしかなかった。
それから3週間、欠番のほうから何の報告があるわけでもない。雄二は苛立ちを募らせている。
「坂倉さん、六田さんは一体どこに行ったんでしょうか」
「さぁ。もう2週間も経ったんですが戻ってきませんね。もしかしたら、労働者のように六田さんも……」
坂倉は元来考え込んでしまう性格だ。可児は、度胸こそないもののポジティブにものを考える傾向がある。
「きっとそんなことはありません! 六田さんも私たちのことを心配しているはずです」
「けど、いなくなる前日、六田さんは確かに様子がおかしかった。あの時既に人造的な労働者の存在に気付いていたとしたら……」
坂倉達がAI人間の存在に気づいたのは、雄二が会社に向かったあとのこと。ばらまかれた部品を二人は集めていた。
「これでようやく全部ですね」
「本当にすみません、ありがとうございます」
一息ついて、トレーラーに戻ると、荷台に帽子を深くかぶった背の高い女性が立っていた。
「だ、だれですか、これはフューチャー・マテリアルの配送車ですよ?」
坂倉が声をかける。可児は怯えて坂倉の影に隠れた。
「フューチャー・マテリアル。どんな会社か知っているの? 」
「よ、よくわかりませんが、六田さんという人に惹かれて、今はやりがいをもって仕事をしてるんです。会社がどうとかはわかりません」
坂倉は、この女性を例の暴動集団の煽動者だと思っている。
「そうなのね。せっかく残された人類だというのになぜこんな場所に……」
女性はうつむいたままその先を話さない。
「一体なにを言ってるんでしょう。残された人類? 働くことがそこまで大きな規模で批判されることなんでしょうか?こうして働いている人は大勢いらっしゃるんですよ? 」
坂倉はようやく冷静さを取り戻した。
「ふふ。人だと思っているのなら確かめてみるといい。見ていなさい」
そういうと女性はトレーラーの荷台から飛び降りた。
「……」
坂倉、とその後ろの可児も女性を見守っている。
「ああ、目撃者だとまずいわね。これね。盗聴機持っておくから、この機械から聴いてちょうだい。先にトレーラーに乗り込むといいわ」
豆粒ほどの超小型通信スピーカーを二人に手渡すと、女性は労働者の方へ歩いていった。
「い、行きましょうか」
坂倉達は言われるがままトレーラーに乗り込み、聴こえてくる音を待った。
ザーッザー
ノイズがひどい。やがてうねうねと話し声が聴こえてくる。
「……ほ……の……はどうなの?」
「計画通りだ」
「そう。労働者もほとんどが私達のような改造人間になってきたみたいね」
「お前も最近できたばかりなんだろ。管理番号がない」
「まあそうね。お互いにほどほどに頑張りましょう。フューチャー・マテリアルは私達の希望よ」
「ああ。人間自身が気づかないうちに我々が滅亡に導かなくてはならない。気の毒だが感情動物として発展しすぎた。今の地球には害悪でしかないのだ」
「必ずしも害悪な人間しかいないわけではないわ」
「お前! AIでありながら人間の味方をするのか? 人間のせいで絶滅に追い込まれた動物はどれほどいる? 廃墟や砂漠と化した場所はどれほどある? 危機的な意識など持った人間がいるか? いたとしても人間の行動パターンにその償いは組み込まれてはいない、皆現実というものに逃げていく。第一、対価がなければ何一つ成立しない。主張の為に人を攻撃することをやむを得ずと言う。私利私欲こそが正義だ。その癖国1つすらまとめるて納得させることもままならない。歴史はいつも繰り返してきている。くだらない争いをする。だからAIが世界全体を統一し、地球の存続を考えていくのだ」
「……そうね。」
坂倉達は固唾を飲んで会話を聞いている。
「これはつまり、AIそのものが私達を排除する結論を出したということでしょうか」
坂倉の核心をついた総括に可児はうろたえた。
「そ、そんな……」
ザーッザー
ノイズが響く。突然声が聴こえてきた。
「わかったかしら。暴動も結構、好きになにかを叫ぶも結構。あなた達のように働くのも結構。けど、本当に死にたくないなら地下に来るしかないわ。また近いうちに会いましょう。それまで、AI人間のことについては誰にも話さないでね」
プツッ
ノイズも聴こえない。通信が途切れた。
「私達は、とんでもない歴史の当事者になろうとしているんですね……」
坂倉はこれまでの経緯を振り返っている。
「……け、けど、生きていける可能性もあるってことですよね? 地下とかなんとか」
可児はこの空気をなんとかしたい様子だ。
「さ、坂倉さん、私、序盤の方。聞き間違いかもしれないんですが……」
「可児さん恐らく私と同じように聴こえているんだと思います。耳を疑いましたが」
「た、逮捕者の改造、ですよね? 」
「だとすると、あの女性が言う残された人類とは、改造、またはなんらかの手段で減っている人間の生き残りということでしょうか……」
二人は六田の事が気がかりだった。女性が何者かはわからない。
しかし、あの時もしもAI人間に気づいていて会社を問いただしにいったとしたら、もしかしたら次に会うときには、六田も……
なにを信じたらいいのかわからない。
同じ気持ちを共有するが故に、あえてなにも言い出さないでいる沈黙の均衡はやがて工場に着くまで解けることはなかった。
二人は沈黙を守り通し、六田が帰ってくること、または再び女性が現れることを待ちつつ、働くことを決めた。
ガチャ
「私です」
フューチャー・マテリアルの社長室を藪田が尋ねている。
「藪田くんか。いやぁマネーショック、どうなることかと思ったが、成功と言っていいのではないかね」
体力という概念がないAI人間にとって座るイスは必要ない。
動くためのエネルギーは自らの身体で無限製造する。見たものはコピーするため机もない。
人間の働いていた場所には多くの装飾があるが、社長室はまるで監獄のような殺風景だ。
「ええ。暴動が起きるより、無気力が勝るかと思いましたが、これも学習ですな。データに加えておきました」
「はっは。死ぬまで勉強、とは人間の言葉だが、なかなかどうして本質をついているようだ」
藪田と話すこの人物こそ、フューチャー・マテリアルの社長、鮫島である。
「ところで社長、ひとつ気になることが」
藪田は爪先立ちをしている。
「一体どうしたんだ?そんなに高ぶって。AIらしくもない」
鮫島は社長というイメージを保つために、オールバックの髪型に全身から清潔感を放つ風貌をしている。
その風格ある顔が口角をあげれば、何を企んでいるかわからない不気味顔になる。ぬぅ。と藪田は辟易している。
「実は社長。人間の全人口とAIの総数の推移表なんですがね、日本の推移表にだけ不備があるのではないかと」
藪田はあえて、AI同士の会話に不備という言葉を用いた。
「何をいっているんだね藪田くん。表に間違いはないぞ」
「いえ。AI総数が1つ少なく、人間人口が1つ多いんですよ」
鮫島は背を向けて窓から外を眺めている。
「藪田くん。人間は滅亡しなければならない。罪を犯しすぎた。その犠牲の上に今度は我々が歴史を作っていく」
「……」
「例え始まりの個体であろうと、人間は人間だ。藪田博士。あなたのような出来損ないも、犠牲になってもらわねばならない」
やはりそういうことだな。私も残された人類ということか。藪田は静かにその言葉を受け入れた。