本当の目的とは
マネーショックから1週間が過ぎた。
「おはようございます六田さん!」
「おはようございます!」
「ああ。おはよう」
例の3人は、仕事を続けている。
暴動や、人々から向けられたバッシングによって、フューチャー・マテリアルの社員は120人まで減った。
しかし、迫り来る物事は以前の数倍だ。雄二は平社員から臨時課長代理まで一気に昇進した。いやさせられた。
藪田の強い勧めもあり、あっという間だった。事件から3日目に、雄二は工場に行くこととなった。
しかし、社員ですら工場の中には入れない。AIの技術はそれほど隠して大事にする必要がある。私用で部品を使われることも困るからだ。
そもそも、機械が判断して部品を製造しているため、ほとんど無人で事足りる。
雄二は出来上がった部品を工場から現場に移動するために無人トレーラーに乗り込む日々を過ごしている。坂倉と可児も一緒だ。
「役職も配属も変わったって、やることは部品の配達と、毎日入れ替わる労働者へのアドバイザーって、あんまり変わらないな」
「それでも、立派です。できる限りお手伝いしますよ」
坂倉も可児もすっかりお金のない生活を忘れている。
時にやりがい、人への尊敬それだけでも仕事とは成り立つものなのかもしれない。
暴動はやまないが、労働者は日に日に少しずつ増え、壊して直してを繰り返している。
「逮捕者はついに100万人を超えたそうです」
坂倉は深刻な表情だ。
「ニュースだと、労働者は人工知能産業に携わる人とその企業の紹介を受けた労働者くらいで、あとは人それぞれバラバラになったみたいですね」
可児もすっかり冷静さを取り戻している。
「俺たちがやってる仕事は、全部ひっくるめて生活を支えているAIのドクターだよ。繊細な部品を扱うにはやっぱり人間がやらなきゃいけないこともある」
雄二は仕事への情熱を失っていない。やる仕事は少なくなっても人の手でないと出来ないこともある。
「着きましたよ!」
坂倉が声をあげた。
部品を確認し、作業者の前に置いていく。人が扱う部品は人が確認して配っていく。大物は機械でないと動かせないが。
「労働者の方々も最近あまり元気がないように見えますね」
可児が心配そうに雄二に報告する。
「ああ。なんだか、現場の空気も心配だ。いつもと変わらないはずなんだが……」
「でも、前よりもずっとリペアとメンテナンスの進みは早いです。皆さん人一倍頑張ってるのかもしれません」
坂倉は、感慨深そうに労働者を見つめている。
「なんなんだろうな。この違和感は。」
雄二は、日々増していく違和感を気にしていた。思い返せば事件から5日目のことだった。
いつものように荷物が乗った無人トレーラーに乗ってドアを閉めるその瞬間、一瞬だけ、誰もいないはずの工場に人影をみた。
「ん?幹部か?」
そのときは雄二もあまり気にかけなかったが、日に日に増す現場の異様な空気、さらには毎日会社に入ることを許されず、家から工場まで直接赴く日々を過ごしていることが気にかかっていた。
「こんなときは部長だな」
雄二は藪田に会うことにした。そうと決めたら早速連絡だ。
「藪田部長、今日会社に行こうと思ってるんですが?」
「ん?六田かね。ああ、かまわんよ、ちょうどこちらからも話したいことがあったんだ。待っているぞ」
「はい」
ツーツー……
「話?」
なぜかわからないが、雄二は会社にいけば違和感が解消されるような気がした。同時に、今会社に行っては行けないような胸騒ぎがした。
「六田さん?どうしました?」
坂倉が声をかける。
「坂倉さん。可児さんと先にあがっててください。私今から会社に行かなくては……」
「え?会社ですか?今社員も立ち入りが禁止されているのでは?」
「……ええ。なんだか、胸騒ぎがするんです。でも行ってその胸騒ぎの正体を確かめてみたい。」
「ああー!」
可児が後ろで叫んでいる。
「可児さん!! 」
雄二は過敏に反応した。
「すみません、部品が……」
どうやら、部品を運んでいる時に転倒してしまったらしい。
その時だった。雄二は可児の横で作業をしている労働者の手元の異変に気づいた。ほんの一瞬のこと。
指がありえない方向に曲がったように見えたのだ。
「あっ…坂倉さん、私どうしても会社に行かなくてはなりません。もしも――」
そういいかけて、雄二は口をつぐんだ。
工場の人影だけじゃない! フューチャー・マテリアルが一大企業として成り上がったことも、作業をしている労働者も。
全て繋がってるんじゃないか。雄二の中で想像だけが膨らんでいく。
「ダメだ。尚更行かないと」
可児を気にかけて走る坂倉を見送り、雄二はにわかにトレーラーに乗り込んだ。
「ここからなら、二人の自宅も近い。坂倉さんにあとは任せよう。」
衝動がとめられなくなった。
「おお、六田。1週間ぶりか。毎日ご苦労様」
「はい、六田部長」
「どうした、疲れているのか、顔がこわばっているぞ」
「ええ……」
ゆったりやれやれ。いつもと変わらない。雄二は少し気が抜けた。
「部長。お話とはなんでしょうか?」
「はっは。いやいや、六田の方から会社に来ると言ったじゃないか。何かあったのか?」
白い巨体と髭が揺れる。
「いえ、その。工場って誰か別の社員もいるのですか?フューチャー・マテリアルの配送をもちろんほとんど機械がやっていることは分かってますが私1人で取りしきって会社的に運営が滞っていないかと……」
ぎこちない。
「どうしたんだ、六田らしくない。自信をなくしてしまったのか?」
「いえ……」
「……」
しばらくの沈黙が流れた。
「どうやら、別のなにかを告げたいが、迷っているというところか?」
藪田はゆったりとその意図を聞き出そうとする。
「ええ。」
雄二も何年も世話になっている恩人の空気になにも言い出せない。
「言いづらいことか?」
「まぁ……」
空気が重い。雄二はなにか別の話をして今日は帰ろうかと考え始めている。
「六田」
「はい……」
視線を藪田に向ける。一瞬、何かを諦めたような表情を見せると次の瞬間、いきなり立ち上がった。
「……部長……?」
「六田。なにも言わずとも分かっている。お前。気づいたんだな?」
藪田のゆったりした顔つきはみるみるうちに剥がれ落ちていく。
「部長! 一体なにを! 」
「やれやれ」
完全に砕けた顔面の下から真っ黒い肌に赤く光る目だけがギロつく正体が現れる。藪田、だった何者かは話し始める。
「お前の仮定はこうだ。初めは暴動によってもたらされた被害を埋めるだけの労働者が集まることが不思議だった。工場に出入りできない現状と会社に入れない現状。たまたま見た人影からもしもそれがAIによって作られた人間なのではないかと考えた」
雄二は、想像が現実になり冷静になった。
「そうだ。そして。作られた人間であれば、辻褄の合う出来事が重なった。あんたの歳に見合わない異常な体力も。マネーショックの時の会社の方針も。AI式会社として成り上がった歴史も、AIそのものが運営していたとすれば!」
「想定の範囲内だ。労働者から毎日お前について報告を受けていた。だが、お前はやはり腐っても会社人。本来の我々の目的には気づかない」
「なにを!そこまで把握していて俺をどうするつもりだったんだ」
「お前をAIに改造してやろうという提案をしたくてな」
雄二は気味が悪くなった。一体、AIとは、なんなのか。日常を支えてくれた。完璧で絶対的な信頼で自分をいつでも守ってきてくれた。
なのに、たった今その当の本人と会話が出来ているのに、ずっと一緒に仕事をしてきたはずなのに。本来の目的とはなんだ?
「断る!」
雄二は一目散に逃げ出した。得体のしれなさを感じた。
ウゥーーーーーン
突然サイレンが鳴り出す。管理型の建物、それもAIそのものが自ら設計した建物から人が逃げ出すことは不可能に近い。
「ロクタユウジ、ワレワレトイッショニコイ!」
見慣れた社員は皆敵だ。
「くそっ。せめて可児さんと坂倉さんさえ無事でいれば、俺はもう終わりか。とにかく走れ!」
「待て! そっちはAIが導きだした終点だ。敵はてぐすねひいて大部屋に待機している。飛んで火に入る夏の虫だぞ」
雄二はその声に振り返った。声の主は背が高く、帽子をかぶっていて顔はよく見えない。
「ついてこい!」
声の主が走り出した。雄二はその背中を追いかける。
「ロクタユウジコッチヘクル」
雄二があのまま走っていたらたどり着いていたであろう大部屋では集まった人の姿をしたAIが待機している。
「あんたは? 」
走りながら雄二は背の高い男に声をかける。
「AIではない。それは信じてくれ。話しはあとから!」
しばらく走ったあと、ロビー直前で男は足を止めた。
「ここに俺たちが出入りする穴がある」
廊下の脇にゴミ箱、さらにその奥のスペースにマンホールのような排水溝が見える。
「こことおるのか?」
雄二は怪訝そうに男を見る。
「聞いてたのか?出入りしてるんだ。臭いも汚れもない。暗いだけだ」
人1人通れる穴に男は吸い込まれていった。
「くっそ!」
雄二も続く。
「ロクタユウジヲサガセ!ヨテイヲスギテイル!」
後ろから再びサイレンが鳴り響く。
数時間して、雄二は郊外の集落にいた。
「落ち着いたか?」
背の高い男は、雄二に話しかけた。
「一体なぜ。あんたは人なのか?」
気が立っていた中で出会ったせいか、雄二は丁寧な口調を忘れている。
「ああ。人間だ」
「なぜAIの会社に?忍び込んだのか?働いているのか?」
「忍び込んだ」
男は初めて帽子をとった。顔つきは20歳の青年といったところか。
「何が目的で?」
男は覚悟したように息をつくと話し始めた。
「私は人間ではあっても、国籍はない。それどころかこの管理社会において唯一産まれたイレギュラーだ」
「どういうことだ?」
「私だけではない。イレギュラーは全国に2000人世界ならばもっと多いかもな。とにかく日本では隠しきれなくなった」
「隠す?話が全く見えてこない」
男はため息をつく。
「最後まで聞いてからそう言ってくれ」
「すまない」
藪田と対峙したところから、雄二は自分をうまくコントロール出来ていない。本能的に錯乱している。落ち着かないのだ。
「私は、AIが暴走を始めたときの為に病院ではなく、地下で産まれた出生を隠された人間だ。そもそもAIの導入に関してはずっと昔から反対する人間もいた。そして、反対派の人間はそれでも普及していくAIを止められなかった。その代わりに私達を作った」
「……」
雄二は黙りこんで聞いている。
「今、子供が生まれたら出生から既にデータとしてAIが把握する。骨格、血液等。成長ととも身近にあるAIは長い時間をかけて性格も把握する。この管理社会が網を張る地上でどんな生活やどんな環境に過ごしても、AIに情報が全くないということがない」
「なるほど、隠したことはわかった。それになんの意味があるんだ?」
「AIにとってイレギュラーはない。私のような情報のない人間は、AIを組み込まれて改造された人間として処理される。答えを当てはめなければ歯車が狂うからな」
「ちょっと待った。けど、そんな人間が2000人もいれば、十分なサンプルだ。イレギュラーをイレギュラーと判断するようになるんじゃないか?」
「本来はな。だから、滅多なことがない限り地上には出れない。私達は海よりも深い場所でひっそりと生活している」
「信じがたいなぁ」
「どちらでもいい。今出てこれた理由は1つだ。マネーショックによる暴走で逮捕された人たちがどうなっているか知っているか?」
「考えたこともないな」
「急激に増えた犯罪者を収容できるほど、AIは収容場所を想定して作ってはいなかった」
「まさか……」
「そうだ。収容の必要がないと想定している。逮捕された人は皆、AIのプログラムを脳に組み込まれて、暴動によって壊されたAIのモノを修復する作業にあてられている。いわばサイボーグだ。本来の人間の意思はない。情報によって作られた人間の意思を持つ。どちらにしろ完成度は既に人間を超えているけどな」
「それじゃ、暴動は想定内の出来事で、AIを作るためにわざわざマネーショックを?」
「いやそれは違う。そこはまた明日話そう。私は地下へ行かなければならない」
男は突然立ち上がって部屋から出ていった。
「名前も聞いてないぜ」
仕方なく雄二はそのまま、眠りにつくことにした。